結局、何も考え付かないまま一日が終わろうとしていた。
 昨晩一方的に別れられた後、浩司は混乱と絶望で朦朧とした頭のまま自宅へと帰った。
 帰った後はただ蒲団を被り眠っただけ。
 そのまま朝が来て、いつもと同じように学校に行って、気付けばもう下校の途中だ。
 学校にいた間に何をしたのかよく記憶していない。
「浩司……大丈夫?」
 いつもぼんやりとしていたのは確からしい。今現在でさえ、隣を歩く氷が心配そうに見ているのだから確信も持てる。
「大丈夫だって」
 気もなく答える。
 正直、今の浩司はこうして会話を交わすことでさえ億劫だったのだ。
 頭にあるのは、自分には何ができるか、ということだけ。確かに関わることを止めてしまえばそれだけで終わる。こうして悩む必要もまったくなくなるだろう。
 だが、それは浩司自身が許さなかった。
 深入りすべきではない。そんなことは最初から分かっていたことだ。日常から離れてしまうことなど好き好んでする必要はない。人は退屈でも日常に生きるべきなのだ。
「そうだ、飯買ってかないと……」
 ぼんやりと呟く。
 その呟きは当然のように、隣を歩いていた氷の耳にも届いていた。
「あ、わたしも付いてく。ちょっと買いたいものがあるから」
「……じゃあ、行くか」
 やはりぼんやりと呟く。
 氷は心配そうな表情を浮かべ、浩司はそれに気付くこともなく歩く向きを変えた。
 
「ねぇ浩司」
「……ん?」
 機械的に買い物を終え、自宅へと向かって歩く道の途中で、氷が決心したかのように声を掛けた。
「なんか……あったの?」
 その言葉に浩司はぴくり、と反応した。
 何かあったのかという問い。答えは、当然、あった。
 だが浩司はその内容を告げることはできない。言ったところで氷にはまったく理解できないだろう。
 それならば告げないほうがいい。
 こんな現実と非現実の境界が曖昧な世界のことなど、できるならば知らないほうがいいことだ。
 知って得をすることなど何もない。
 視えないものに警戒しろと言っても、できるはずのない話だ。
 だから告げることも、相談することも浩司にはできない。
 できること、それは夜の街に出ることを控えさせるような言葉を掛けることだけだ。
「別に……なにもないって。それよりも氷、最近物騒だから夜はあまり出歩かないようにしろよ?」
「例の連続失踪事件のこと?」
 氷の口から出た言葉は、浩司の記憶にはないことだった。
「失踪事件?」
 故に、浩司の口から出たのは疑問の言葉だ。
 そんな事件あったのか、と記憶を辿ってみるが、少なくとも知っている事件ではない。
「知らない? 最近……もう一週間くらい前からかな。隣街の女の子が失踪する事件が増えてるんだけど」
「いや、知らない。もしかして最近評判になってたりするのか?」
「それなりにニュースでやってるよ。まだ誰も見つかってないし、もう四人もいなくなってるし」
 知らない事件だ。
 ニュースは結構観ているつもりだったが、偶々すべて外したのだろうか。
 だが考えてみれば、その事件はまだただの失踪事件でしかない。偶然という線も捨て切れず、被害者が出たわけではないために大々的に騒ぐこともできない。
 浩司は別段気に留めた風でもなく頷いた。
「じゃあ、それも踏まえて」
「はいはい」
 氷も軽く答える。
 その答えに浩司は満足したわけではないが、氷のことだ。夜に出歩くなんて真似はしないだろう。

 ――夜の帳はもう降りてきている。
 
 その事実をふと感じ取ったとき。
 昨日と同じ、どうしようもない違和感が浩司を襲った。


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