1st R. 幻想曲を奏でて

 

 

 

 

 

「ねぇクレス、ここ?」

「その…はずなんだけど」

 

 クレスたちはある遺跡へと、その足を向けていた。

 日差しが容赦なく降り注ぎ、果てしなく暑い。

 だが、この空間は、その熱を失っていた。

 

「何も…あるようには見えませんね」

 ミントの言葉。

 そう、此処は確かに遺跡だ。それに間違いはない。

 いかにもといった鬱蒼とした森の中に佇む石造りの建造物。歴史を思わせる傷痕。

 ただ…その傷痕は、遺跡そのものの形を失ってしまうほどに侵食していた。

 

「さすがに騙されたんじゃねぇか?」

 溜息を吐きながら、チェスターが言った。

 

 時間を遡って説明するまでもない、単純な出来事。

 町の人に、魔物が住み着いたと聞き、調査と退治を引き受けた――それだけのことだ。

 別に見返りがあるわけでもないし、それに何もなければそれに越したことはない。

 

 だが――

 この食い違いの大きさには違和感しか沸かなかった。

 

 魔物が住み着いた。

 そう町の人は言った。大きな魔物が、森に入った人間を襲うと。

 そして、決まってこの遺跡へとその姿を晦ませると。

 なのに、そんな形跡はまったくない。

 

「―――魔物どころか、動物の形跡すらないようだ。…まったく、町の噂も当てにならんな」

 その言葉で、違和感が、疑惑へと変わった。

「……動物のいた跡もないんですか?」

 これだけの、隠れる場所もあり、そして寒さも凌げる様な遺跡の朽ちた跡なのに、それは変だ。

 魔物の形跡がないのなら、それはそれでいい。

 だが、他の生き物の形跡さえないのは…見過ごせることではなかった。

「ねぇクラース…ここ、マナの濃度薄くない…?」

「ん…? 確かに、多少希薄な気配はあるが…それほどか?」

 うん、とアーチェが頷く。

「マナが薄いところは確かにあるけどさ、ココまで薄いのは変だよ、絶対」

 

 元来、マナは魔物…魔族にとって害以外にはならないものだ。

 それ故、魔物はあまりマナの満ち溢れた世界に出ようとはしない。

 つまり、マナの薄いこういった場所は、魔物にとって絶好の隠れ家となるのだ。

 ――だが、此処に魔物は存在していない。

 そんな形跡などどこにもない。

 マナの薄い、魔物のいない場所。

 有り得ない、場所。

 

「クレスさん」

 突然掛けられた声に振り向く。

「どうしたんだい、すずちゃん?」

「はい、この付近を見てきたのですが…此処には、魔物だけでなく、生きる物の気配までもがまったくありませんでした」

「それってどういう――」

「ですが、生き物の居た形跡はありました。……各所に、僅かですが血の匂いと、血痕が」

 

―――それじゃあまるで、姿のない化け物が、生き物を全て、喰らい尽くして行ったみたいじゃないか。

 

 ざわり、と木々が鳴った。

「マナが…濃くなった…!?」

 アーチェが驚愕の声を上げる。

 ざわりざわり、と木々が鳴り続ける。

 森が鳴り、

 空気が鳴り、

 地面が鳴り、

 最後には、全ての音が消えていた。

 

―――リィィィィン

 

 甲高い、何かが共鳴するような音。その音に耳を抑える。だが音は消えない。まるで直接頭に響いてくるかのように鳴り続ける。

 そんな中、気配を感じ取った。

 

「―――ッ。みんな、来るぞ!」

 叫び、全員に注意を促して自らも腰の剣―――時の名を冠す魔剣、エターナルソードを抜き放った。

 剣を腰だめに構え、気配を探る。

――― 一体。

 気配を感じられるのは一体のみ。疾い。その速度はあのガルフビーストにも匹敵する。さらに、気配から感じられるその大きさは…巨大だった。

 

 ザザザザザ―――!

 

 草木を掻き分ける音が響き、緊張の糸を引いていく。

 

「――くッ」

 来た、と思った時にはすでにガードしなければ遅かった。それほどまでに疾い。間一髪で何とか防ぐ。

 そして、そこに存在した事実に驚愕した。

「何アイツ、見えないじゃん!」

 空中のアーチェが叫ぶ。

 そう、姿が見えないのだ。クレスは何とか防ぐことができたが、見えない相手ではいつまで防げるかわからない。

 まずは姿を視認できるようにならなければ話にならない。

「攻撃を加えるんだ! おそらく姿が見えないのは保護色のようなものに違いない。

 ダメージを受ければ、その場所は保護色を形成できないはず―――アーチェ!」

「りょーかいっ」

 クラースの言葉にアーチェがさらに上昇し、精神を集中させる。

「皆はミントの近くに寄れ」

 ミントのまわりにアーチェを除く全員が集まる。

 襲い来る気配だけの相手。それを何とか捌いていく。

 全身の神経がピリピリと痺れる。極度の緊張状態。いつまで捌けるかわからないという恐怖から来る緊張。

 ―――と、そこに唄うような声が響き渡った。

 

 

―――天光満つる処に我は在り

―――――黄泉の門開く処に汝在り

 

――――生を司るもの

――――――死を司るもの

――――――――舞曲を舞うもの

――――――――――舞曲を奏でるもの

――――――――――――天光満つる処より黄泉の門開く処へ

――――――――――――――生じて滅ぼさん

 

 

 呪文という力ある言葉に、マナが急速に収束する。互いに相乗的に増幅し合い―――爆発する!

 

「ファイアストームッ!」

 刹那、炎の嵐が巻き起こった!

 すべてを焼き、炭へと帰す炎の輪舞。アーチェの眼下で死の赤が唸りを上げた。

 周囲一体を巻き込めるこの魔術を選んだことは正しい。

 避ける事が不可能な範囲魔術だ。確実にダメージを与えられたはず。

 

 炎が散っていく。

 猛りを上げていた炎はその勢力を失い消えていく。

 そして、その中心に―――――

 

 ガァァアアァアアアアアアアアアアッ

 

 見たこともないようなモンスターがいた。

 炎に焼かれ、その姿は既に鮮明だ。3メートル近い巨体。鋭い爪と牙。四肢を地に立て、捕食獣を思わせる強靭な身体。

 そんなモンスターが痛みに叫びを上げ、暴れていた。

 

「クレスッ!」

 アーチェの声に答えるように、消えきれていない炎の中から白銀の斬閃を引き、閃光の如き動きで飛び出した!

 飛び出した元を見れば、そこには全員がいる。ミントの周りに集まったのは、バリヤーを効率よく展開するためだ。

「はぁああああ!!」

 足元からすくい上げるような逆袈裟の斬撃。それがヒットする刹那の前に、

「…シャープネス!」

 ミントの法術が付与される。

 

 ザン

 

 という肉を断つ音。逆袈裟で振り上げた刃を返し、そのままに振り下ろす。

 が、それは斬られながらも体勢を持ち直したモンスターの爪に阻まれた。

 即座にクレスは地を蹴って後退した。そこを鋭い一振りが通り過ぎた。その爪はブレストプレートを掠め、地に突き刺さる。

 クレスがさらに後退する。と同時に後ろで待機していた者たちの攻撃が炸裂した。

「豪天ッ!」

「曼朱沙華ッ!」

 チェスターの弓から放たれた矢が紫電を帯び、

 すずの投擲した手裏剣が炎を纏う。

 雷と炎が突き刺さった!

 モンスターが叫びを上げ、動きを鈍らせる。そこに壮絶なマナの奔流が駆け抜けた。

「―――来たれ。水を守護せし者―――ウンディーネ!」

「―――出でよ。神の雷―――インデグニション!」

 クラースの声に答えた水の守護者が大剣を奔らせ、

 そこに追い討ちにように絶大な力を持った雷が着雷!

 

 大音響を奏で、辺りを土煙が立ち込める。

 緊張が走る。さすがにあのモンスターも多大なダメージを受けているだろう。これで倒していれば何の問題もないが、もし倒せていなかったら―――?

 

 ゾク…ッ

 

 急に感じた悪寒に、バックに跳ぶ。

 その刹那、足元から岩柱が撃ち上がった。あのガルフビーストとまったく同じ攻撃。もし避けていなかったら全身を貫かれてしまうところだった。

 ―――しかし、避けたのはクレスだけだ。

 悲鳴が上がる。避け切れていないのだ。足元から不意に撃ち上がってくる攻撃を瞬間の判断だけで避けるのは無理に等しい。

 撃ち上がる岩柱が撃ち貫こうと唸りを上げる!

 

 瞬間、世界が【停止】した。

 クレスたちを除いて全ての事象が動きを失った。

 ミントのタイムストップだ。

 

 その僅かな静止時間の間に、全員が岩柱から離れる。これで致命傷を受けることはないはずだ。

 

 静止時間が途切れるのと同時にクレスが疾駆する。

 元いた場所から瞬間移動したようにしか見えないモンスターは多少戸惑いはしたようだが、クレスを迎え撃つべく体勢を低くした。

 

 が、クレスを迎え撃たせるわけにはいかない。

「鷲羽ッ」

 クレスの脇を抜けるように貫通性を持った矢が奔る。

 その矢はモンスターの四肢を撃ち抜き、その動きを奪った。

 

 そして、次の瞬間にはクレスが肉薄する。

 

 流れるように、斬り、突き、薙ぎを絡め、最後に足元から蒼い斬閃を奔らせた!

「次元―――」

 蒼い斬閃は光を纏い、刃と成して斬り上げる。その光、まさに次元を斬り裂く【時】の力の具現。

「―――斬ッ!!」

 返す刃は大上段からの斬閃。モンスターが両の爪をクロスさせ、受け止めようとして―――それすらも切り裂き、蒼の斬閃が空間を奔った!

 

 ザン

 

 という音すら生易しい、次元を断ち切る音が耳に響く。

 そして――――

 断ち切られた次元の中心にいた、その存在は、

 

 跡形もなく、

 

 気配すらも残さず、

 

 一瞬の内に、

 

 

 消し飛んだ。

 

 

 

 

「ハ、ァ―――」

 息を吐き出し、自分を落ち着ける。

 緊張状態から解放され、全身から一気に力が抜ける。

「ヒール!」

 少し離れたところで、ミントが傷ついた仲間たちの治療をしていた。見るところ、命に関わるほどの傷を負った者もいないようで安心する。

 

 ―――と。

 

 不意打ちのように、突如地面が轟音を発して…揺れた。

 

「な、なんだ!?」

 轟音は止まらず、また揺れも収まらない。荒廃した遺跡の壁や柱が音を立てて崩れ落ちる。

 

 数秒? 数分? 揺れが収まったときには、辺りは見るも無残な光景と化していた。

 もはやそこは遺跡、と言うよりも、廃墟、と言ったほうがしっくりきてしまう。

 それほどまでに、今の地震はダメージを与えた。

「だい、じょうぶか…みんな」

 クレスが周りを見回し、仲間の姿を確認して行く。

―――あぁ、全員無事だ。

 安堵の溜息が漏れる。

 あれだけの倒壊の中、誰ひとり怪我を負っていない。

 奇跡と言ってもいいほどのことだろうが、そんなことはどうでもいい。全員助かったのだから、それでいいではないか。

 

「クレスさんっ」

 

 突然、ミントが声を上げた。

 その声にクレスが、どうした? と疑問の声を掛け、

「あれを…」

 指し示す先に、視線を送る。

 

―――そこには。

 

「剱?」

 一振りの装飾煌びやかな剱が、その存在感を辺りに誇示し、地面に突き刺さっていた。

 

 その剱に眼を奪われた。

 なんて綺麗で、力強い。

 その剱は、煌びやかに装飾されているのに、まるで実戦の為に作られたかのように機能美に映える。

 まるで神具のよう。

 

 剱に魅せられ、ゆっくりと近づく。

 目の前にして、よく見ればどこか不思議な雰囲気を醸し出している。

 そう―――エターナルソードのような、秘められ力を内包する。

「ねぇクレス。抜いてみたら?」

「あぁ」

 アーチェの言葉に、柄に手を掛け―――握る。

 そのまま力を込め―――抜く!

 

 瞬間。

 

「うわっ」

 光が爆発した。

 その光はクレスたち全員を包み込み、そして一気に収束する。

 

 光が消えたかと思えば―――

 

 

 

 

 

 そこには既に誰もいなかった。

 

 

 

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