苦労人

− 苦労するには訳がある −

 

「なんで、俺が…」

 ぶつぶつと文句を言いながら、草木を掻き分けて歩く人物がいた。

 周囲を見回し、何かを探すような仕草だ。

 腰には一振りの剣。赤髪の少年――リッド・ハーシェル。

「ったく、ファラのヤツ…」

 リッドが居るのは、薄暗い森の中。

 さっきも言ったように、何かを探して歩き回っていた。

 どうしてこうなったかと言えば、一時間ほど前――

 

「ねぇー、リッドぉーー」

 明るい声をあげてファラがリッドを呼んだ。

「なんだファラか…、いったいどうした?」

 丁度、剣の手入れをしていたリッドはゆっくりとした動作で顔を上げて、軽く息を整えているファラを見上げた。

「森まで食料調達に行ってきてくれない?」

 ファラの発言は唐突だった。

 そりゃもう、ビックリするのを通り越して、呆れてしまうほどに。

「……俺ひとりでか?」

 嫌々、そして恐る恐るに訊く。

 嫌な予感しかしない。

「だってリッド猟師でしょ? それにリッドの剣術なら大丈夫だよ、うん、イケるイケる♪」

 当然、といった感じでファラが言った。

 リッドを信用している――というか、猪突猛進的なトコを他人にまで強制するような傾向があるようだ。

「ちょっと待て、ファラ。ひとつ訊くけどな…なんで俺ひとり、、、なんだ?」

「キールは散歩。メルディも追いかけて行っちゃったし」

 うーん、と少し考えてから答えた。

 キールもメルディも出かけた、つまり――

「それで、俺一人なのか…」

「そーゆーこと♪ だからよろしくね」

 最後にまた笑みを浮かべて、リッドが何か言うよりも早く、、、、、、、、、、、、、その場を走り去っていった。

 こうなってはどうしようもない、そうリッドは諦めた。

 あのファラに何を言ってもムダだと言うことが分かっていたこと、そして、

「ま、食料は必要だしな」

 ということだ。

 ただ、ひとりということに関しては納得がいっていないのだが。

 そういったことで森の中へと食料調達の目的で入っていたのだ。

「食料調達、つってもなに獲ってきゃいいんだぁ? …お?」

 リッドがぼやいていると、何かの気配を感じた。

 ガサリ、と少し離れたところから草木を分ける音がする。

 その音を確かめると同時に身を屈め姿を隠し、そして気配をも絶つ。

 野生の生き物は、想像以上に感覚が敏感だ。少しのきっかけで見つかることなどよくあることだ。

 草木を掻き分けて姿を現したのは――

「エッグ・ベア、か…」

 エッグ・ベア。姿かたちは熊に似ているが、卵生の生物である。

 そして、両の手は禍々しく巨大に鉤爪が生えていた。

 だが、肉は食べることができる。

 狩猟の相手には十分な獲物だ。

 そう見極めたリッドの行動は早かった。

 エッグ・ベアとの間合いは数メートル。

 ゆっくりと抜いた剣を下段に構え、一呼吸おいてから、するどく振り上げた!

「――魔神剣ッ!」

 地を這う衝撃波がエッグ・ベアへ迫る!

 草木を薙ぎ払い、轟音を発しながらの衝撃。数メートルの距離とは言え、それだけの音を立てればすぐに気づかれる。

 発生から到達までに3秒と掛からなかった衝撃波を、エッグ・ベアは寸でのところで避けた。

 目標を失った衝撃波はそのまま草木を蹴散らしながら段々を威力を失っていった。

 エッグ・ベアが慌てて逃げ出そうと身を翻そうとして――声が響いた!

「雷神剣ッ!!」

 エッグ・ベアが反応するよりも早く飛び出したリッドが、手にした剣を力強く突き立てる!

    バチィッ!

 空気が爆ぜる音がして、剣を紫電が貫く!

 確実に致命傷となる一撃。狙ったのも急所だ。間違いなく、確実に狩ったに違いない。

「いっちょ、上がりっと」

 息がないのを確認すると、その獲物の使える部分だけを切り離して持ち帰ることにした。

 切り分けの作業をさっさと済ませると、リッドはもと来た道を戻りだした。

 リッドが戻ってみると、すでにキール、メルディのふたりとも戻ってきていた。

 キールはまた何か難しそうな本を読んでいて、メルディはいつもと変わらずクイッキーと遊んでいたりした。

 取り敢えず二人のことは置いておいて、まずはファラのところに向かった。

「おーい、ファラぁーー」

「あッ!! リッド、ご苦労様ぁ」

 リッドの姿を確認したファラが急いで駆け寄ってくる。

「ベアの肉と、そこらで食える野草とかいろいろな。これでいいだろ?」

 そういって野菜類などを手渡すと、

「うんっ、バッチリ!」

 と言って調理をさっそく開始した。

 リッドもなんとなくそれを手伝うことにした。少なくとも、ベアの肉だけは自分でしたほうがイイと思ったのだ。

「ファラ、こいつどうすりゃいい?」

「ベアの肉? そーねぇ…、一応食べやすいくらいに切っておいてくれるかな」

「りょーかい」

 そう言ってふたりは作業を再開した。リッドは包丁など使わず、自分の剣でうまい具合に肉をさばいていく。

 それを見ていたファラが感嘆の声をあげた。

「さっすがリッド! 剣の扱い上手だねー」

「まぁ、な。一応猟師だし、干し肉とかよく作ってるからな」

 当然といった感じで答える。

 むしろ、それが出来なければ猟師としてやっていくことなど出来ないのだが。

「じゃあリッド、包丁は使えるの? 見たことないけど…」

「ん〜…そういや、使ったことねぇな…」

 リッドは思い出しながら答える。そして答えながら嫌な予感が…

「まさかファラ、俺に使ってみろってか…?」

「分かってるじゃない。そ〜ゆ〜こと♪」

(やっぱり、か…)

 予感的中。

 ファラから包丁を手渡された。反論してもいいのだが、ムダだと分かっていたため、ここは素直にやってみることにした。

「まぁ、やるだけやってみるか」

「がんばってね♪」

「へいへい…」

 リッドはしょうがなく、包丁をつかって作業を開始した。

 ベアの肉のほうはすでにさばき終わっているため、こんどの相手は、

「このニンジンでいいんだよな?」

 どこにでもある緑黄色野菜だった。

「うん♪」

「よ〜し…」

 包丁を握った手に力を込める。――まるで、剣を握るのと同じように。

 一呼吸おき、目の前の獲物(ニンジン)に集中する。そして…!

   ズガダダダダ・・・・・・ッ!!

 周りにニンジンを切る音が盛大に響いた。そう、どう考えてもおかしいほど盛大に。

「チ、チョット、リッド!」

 あわててファラがリッドを止める。

「そんなに力入れなくてもいいんだよ? 引けば切れるから」

「はぁ? 力入れなくていいのか?」

「リッド、本当に使ったことないんだ…」

 呆れたような、それでいて驚いたような口調でファラが言った。

「だから言ったろ? 使ったことないって」

 リッドはそれに少し腹を立てながらも答える。

「確かに聞いたけど、本当に使ったことないだなんて…。あんまりいないよ? そんな人」

「しょーがねぇだろ? 使ったことねぇもんは、使ったことねぇんだから」

 できなくて当然、というような感じでリッドが言う。

 ――このとき! ファラのお節介やきモードが発動した!!

「じゃあリッド! 私が教えてあげるからこれから練習しよっ!」

「練習? 料理のか?」

 リッドが驚いて口を開く。

 こうなってしまったことに後悔もしているように見える。

 言い出したら止まらないのがファラなのだ。ほとんど諦めてしまっている。やるしかないのか、と…。

「リッドいい? 力はそんなにいらないの。引けば切れるからね。切るときは左手でしっかり押さえて、大きさをそろえて切るんだよ」

「そういうもんか」

「じゃあやってみて。はい、ニンジン」

「へいへい…」

 渡されたニンジンに左手を沿え、包丁を動かし始める。

   トン、トン、トン、トントントントン……

 始めはゆっくりだったが、だんだんとスピードが増してくる。

 やっているうちに自信がついたのだろうか? 次々と食材を切っていく。

「そうそう、そんな感じ。……うまいうまい!」

 ファラに誉められ、さらに加速。量が増えていく。

 見ていて安心したのか、ファラも料理に戻る。

 そうやっているうちに時間は流れ、とうとうすべてを切り終えてしまった。

「ファラ、もう切るもんねぇぞ?」

「え? 全部切っちゃったの? それもこんなに小さく」

「小さくって、こんくらいのほうが食べやすいじゃねぇか」

「でもこれは、なにがなんでも小さすぎるよ」

 苦笑気味にファラが言う。

 ニンジンやイモ類、すべて1センチ前後に切りそろえてある。ここまで大きさを統一したのは確かにすごいが、やはりひとつひとつが小さい。

「…なんとかなるでしょ! うん、イケるイケる!」

 そう言って調理を再開、いっきに仕上げにかかった。

 実に手際がいい。リッドでは比べ物にもならない。

 そんなファラを見ていたリッドだが、ここにいても何もできないと察し、その場を離れた。

 そして、ひとり武器の手入れをはじめた。――だが、それすらも途中で妨害された。

「リッドぉ、なにしてるか?」

 メルディだった。

 さすがのリッドもメルディのペースについていけないことはあった。

 何と言うか、マジメに相手をしすぎると疲れるのだ。

「なにしてるかって? 見ての通り、武器の手入れをしてんだよ」

「ふ〜ん…、リッドの剣、ボロボロだなー」

「まぁ、けっこう使ってるからな」

 最初はそんな話だったが、だんだんと路線はリッドたちの幼少時代のコトへと変わって言った。

 メルディも興味があるのだろう。いろいろ訊いてくる。

 最初はちゃんと受け答えをしていたが、いつの間にか話の内容がキールのことばかりになっていたためか、リッドの反応も有耶無耶になってきていた。

 これ以上続いたら、おそらく発狂する。

 そんなときに救いの声が響いた。

「ごはんできたよーー」

 ファラの声だ。今、料理ができたのだろう。メルディの話を中断させ、いそいでそこまで行く。

 そこに並んでいたのはクリームシチューだった。とてもうまくできているように見えるが、しっかり見てみると、野菜類がやけに細かい。それもそのはず、これはリッドが切った野菜なのだ。

 みんな気にしていなかった。――一名を除いて。

「どうしてこんなに野菜が小さいんだ、これじゃ野菜本来のうまみが失われてしまうッ!」

 こんなことで怒っているのはキールだ。

 昔はここまでいっていなかったが、今はいちいちうるさい。完璧主義と言っても過言ではない。

「別にいいじゃない。今回だけだよ。ね、リッド♪」

「………」

 リッドは無言のままだった。そこにキールの視線が痛いくらいに刺さるが、この時は反抗もせず耐えた。

 結局キールを含め、全員がしっかりとすべてを食べ終え、満足したのか各自、自分のしたいことをやり始めた。

 リッドが行こうとしたとき、またファラにつかまり強制的に手伝いを頼まれてしまった。

 それが終わって寝ようとしたら今度はキールにつかまり、理論を長々と聞かされ続け、寝るのも妨害された。……といってもリッドはリッドなので、話を聞いている途中で眠りに入ってしまう。

 そうやって眠る寸前まで考えていた。ファラの言葉を。

 − 今回だけだよ。ね、リッド♪ −

 それから毎日、ファラに料理の特訓をさせられたことは言うまでもない。

END...

 

あとがき

 もと駄作を修正。やっぱり駄作でした。

 以上、あとがき終わり。

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