朧な灯りは、それでも充分なほどに室内を照らしていた。紅の多い建物にあって燃えるランプの炎は、なお紅さを引き立てる。

 その中において、紅を一身に受け光る――エッジがどこか幻想的だった。

 時刻はすでに深夜を迎え、シン、と静まっている。最近では珍しい、静かな夜だった。

「――……」

 ふと、部屋の主である十六夜咲夜はナイフの手入れをしていた手を止めた。

 既に机の上はナイフで埋め尽くされている。その全てが実用性を重視したものということからも彼女が瀟洒な人物だということが伺えた。

 ナイフはランプの灯りを受けて紅く輝いている。

 それとは違う輝きを、咲夜は部屋の窓から差し込む月光で与えた。

 蒼く、どこか冷たさを秘めた輝き。どこまでも深く、そして幻想を纏う、鋭利なその刃先。

 半分の月は、館の紅をなお染め上げるほどに、蒼く、どこまでも蒼い。

 手入れの手を止めた咲夜は、その光にぼんやりと……過去を、垣間見た。

 

 

 キレイな過去なんかじゃない。

 ウツクシイ思い出なんかでもない。

 あるのはイタミだけだった。

 キズアトだらけだった。

 ただ、このチカラを持っていたというだけで。

 ただ、それだけのことで。

 ――私は。隔離され、追い詰められた。

 人は未知や人知を超えたモノ。普通、、という境界からの逸脱を。

 その存在を、認めない。

 正常でなければ異常という、なんとも分かりやすい構造だ。正解と間違い、正義と悪、真と偽。二択の極限しかない。

 それなのに、それを判断するのは人という、不明瞭不確定の代名詞。

 

 

 莫迦げてるわ、と彼女は嗤った。

 普通の人たちとの暮らしはとうに諦めているはずなのに、こうして過去を思い出している。

 今こうして食べ物も寝る場所にも困らない生活ができて、それに満足しているというのに。

 別け隔てなく、さも当然と付き合ってくれている人もいるというのに。

 

 ――それでも、まだどこかで羨望しているのか。

 本当に莫迦げてる。

 それだけはないとハッキリと言い切れるはずなのに、ふとそんなことを思ってしまった。

 

 夜は大分更けただろうか。この館の主であるお嬢様は朝から出掛けるとの事で今は眠っているのだろう。

 眠っている眠っていないに関わらず、そろそろ見回りの時間だ。まさか夜に限って忍び込む命知らずはいないと思うが、用心に越したことはない。

 さて、と軽く意気込んで立ち上がった。

 

 その、瞬間。

 

 懐からころり、と。

「っ……!」

 金の、円形。手の平に乗りそうなほどの大きさしかないそれ、、は床へと引力のままに、落ちて――、

「『時』よ……っ」

 その過程で停止した。

 停止したのはそれだけではない。風も川も、音だけでなく、生きとし生けるものすべて。それらを内包する世界そのものが停止。

 すべての「時」を、掌握し、凍りつかせる――。

 

 ゆっくりとした動作で、床に落ちる前に停止したそれ、、を手に取った。

 手の平に乗る、懐中時計。

 停止した世界では時計の針も進むことはない。

 この、新しい世界に迷い込む以前に何故か貰った、唯一の前の世界のモノも。

 

 世界が動き出す。

 時計の針が時を刻み始める。その針に。過去の自分と、取り巻く世界を幻視した。

「……呪い、か」

 自嘲気に呟く。

 元の生活などに未練はなく、羨望もない。

 なのに、この懐中時計を見るたびに思い出す。

 それは辛いだけだというのに……それでも、この過去との接点を捨てられない。

 まるで呪いだ。

 刻み付けられた記憶と、記憶を開く鍵。

 懐中時計がある限り、一生忘れることはできない。恐らくは、捨てても忘れることはできない。

 一生どこかで縛り続ける、深い、深い傷痕。

 

 懐中時計を握り締めた。

 何度「時」を止めたとしても、いずれ動き出し、針は進む。

 一生呪いは生き続けるのだろう。

 

 だけど、この世界にはそれ以上のものがあるのだ。

 ――だから。

 

 

「さて、と。いつも通り、見回りをするとしますか」

 結局いつも通り、なにも変わりはしない。

 ただ普通に忙しい日々を、当然のように過ごしていくだけ。

 

 扉を開ける。

 空には半分の月が。蒼い光を纏って、輝いていた。

 

 

 

 

 あとがき

 まぁ要は自分を縛る『呪い』ってのが書きたかっただけなんですが。

 とある漫画を読んだのが切欠。正確にはネタ探し中にたまたま読み直したということになる。

 その中に、呪い、ってのいうのが出てくるわけですが。これがやけに印象に残って…。

 他にも考えさせられる話が多かったりします。笑える話は全然ないけど。

 タイトルは『氷が溶けて血に変わるまで』というもの。機会があったら読んでみてください。

 …さて、今更ながら話そのもののあとがきを書いてないことに気付く。

 今回咲夜さんを選んだのは、暗い過去を持っていそう、ということと、単純に咲夜さんが書きたかったから。

 というか終わりが、終わりがダメすぎる……。文章が浮かばなかったのです。竜頭蛇尾、ってヤツです。

 それとイマイチ咲夜さんのキャラが掴めていない模様…。むぅ。

 ……だらだらと書きましたが、今回の満足度は5段階の3くらい。微妙。

 次は何か、もっといいものが書けるよう…取り敢えず弾幕に挑んで来ようかと思います。


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