飢えた身体は、この狂劇を悦んでいた。

 全身に走る痛みも、流れ出す紅い血も、生の実感を止め処なく与えてくれる。

 

 何よりも生を感受せし DEATH GAME―――

 

 知らずに顔の筋肉は弛緩している。

 そう、どうしようもないくらいに愉しい。

 生の実感に飢えた身体が悦んでいる。もう止めようもない。

 今願うのは、ただひたすら殺し合えることだけ。

 生と死の境で、感嘆してしまう程の生粋の殺人鬼を前にして、己が五感は稲妻に撃たれたかのように歓喜する。

 

 真紅の着物の少女が哂う。

 

「今のお前なら殺してやるよ―――」

 

 

 

 

 

 

空の境界

=  血 流 残 置  =

/1

 

 

 

 ある日の夜、両儀式はふらりと散歩に出掛けていた。

 散歩、とは言ってもそれはただ歩くだけの穏やかなモノとは明らかに意味合いが違う。

 確かな目的。

 ――生の実感を与えてくれる、殺し合い≠求めて。

 

「――」

 人気のない路を、街灯に照らされながら藍の着物の少女がゆっくりと歩く。

 まだ季節的には冬を残し気温は低い。その為か、着物の上から深紅の革製のジャンパーを羽織っていた。

 藍と紅のコントラスト、そして闇よりも深い黒の髪が、少女の存在を際立たせる。

 からん、と一歩ごとに鳴る音が闇に吸い込まれるように響いていく。

 

―――夜の街には、人の気配がまったくない。

 

 異質な光景。

 本来有るはずのモノが無いというものは、異質以外の何ものでもない。

 まるで空間が死んでいるかのようだ。人が存在していない街は、死滅しているかのような錯覚を与える。

 人がいないのは、やはりアレのせいなのだろう。

 近頃起き始めた、連続殺人。

 被害者は既に四人も出ている。手口は全て共通、ナイフで滅多刺し。さらに被害者に共通する点がないことから愉快犯による無差別殺人ではないかと思われる。そして、ただひとつ共通することは、血で深紅に染まった折り鶴が現場に置かれているということ―――

 

 その一連の殺人が全て夜に行われているのだから、人がいないのにも納得がいく。

 そして、そんな殺人鬼が闊歩する街を、式はひとり歩いていた。

 そう、式が探していたのはこの殺人鬼だった。

 人を壊すことを歓喜に感じるコイツとなら、きっと生を実感する為のギリギリの殺し合いが出来るに違いない。

 生の実感に飢えた身体はその予感に更に飢え、渇いていく。

 耐え難い殺人衝動。

 願うはひとつ。

 今すぐに、この渇きを、潤したい―――

 

「…見つけた」

 ソレは、案外簡単に見つかった。

 何処よりも濃厚な血の気配を残す、現代の袋小路にソイツはいた。

 

 紅。

 空間が紅い。人が紅い。刃が紅い。

 紅が支配したその場所で、ソイツはヒトだったモノ≠ノ純白の折り鶴を添えたところだった。

 私の事に気付いた素振りもなく、ゆっくりと立ち上がった。

―――その動作は、まるで幽鬼のよう。

 今はじめて気付いたのかソイツが、つい、と私を見た。

 耳にかかるか、かからないかの長さに切られた黒い髪。丈の長い茶のコートで身を包んでおり、全体的に細い体つきをしている。もし眼鏡でもしていたならば、いかにも成績優秀です、といった印象を受けるに違いない。性別は、男だろう。その男は、今では幹也並に貴重なくらいに飾り気というものがなかった。

 

 それらを見るには、ただの男。

 だが、その眼だけは常軌を逸していた。

 例えるならば、それは猛禽類。

 獲物を捕らえ、鋭く射抜くかのような狩猟者の眼。

 狩ることが目的の、生粋の殺人鬼が此処に居る。

 

 無言でナイフを取り出す。

 目的がコイツなのだから、ここで躊躇する必要など微塵もない。

 ――ここで、殺り合う。

 男もその意図に気付いたのか、脇に置いてあったナイフを拾い上げた。――その、真紅に濡れた狂器を。

 一歩。

 からん、という音を響かせて前に出る。

 一歩。

 ぐちゃ、という粘りのある水を踏みしめ前に出てくる。

 

 と、そこで男の動きが止まった。

 何か信じられないものを見るかのように、がたがたと震え、踏鞴を踏む。

 そのいきなりの様子の変化に、私は歩みを止めた。

 ぁ、と男が声を洩らした。その視線の先にあるのは折り鶴。染まった折り鶴。純白の清らかさを失った、狂気をその身に浴び、吸い上げた、真紅の折り鶴。

 それを見て、男は変わってしまった。

 

「なんだ、お前」

 落胆した声で式は言った。

 目の前の男は、今までが嘘だったかのように勢いを失い、その猛禽類を思わせた眼は立場を反転させたかのように揺らいでいた。

 膝も笑っているのか、その場に立っているのも危うそうだ。ナイフも手から滑り落ち、紅の水の中に落ちた。…既に、殺人鬼はその空気を失っていた。

 

――面白く、ない。

 

 ちっ、と軽く舌打ちしてナイフを懐にしまい込む。

「今のお前とじゃ面白くない」

 一言、そう吐き捨てて式は元来た道を戻りだした。

 今のあの男とでは、ギリギリの殺し合いなどできない。それ以前に、殺人対象とも成りえない。

 

 

 あんな男、殺す価値もない。

 

 

 

 

 

 

中書き兼後書き

 空の境界SS第1弾、その第1話ー。

 式いいですね。志貴よりかなり好き。

 直死の魔眼がいい感じで出せるようにがんばりますよー。

 


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