その後、志貴は学校へ向かった。当然のように遅刻だが、シエルが言うに混沌が現れるのは深夜だけ、とのことからだ。ちなみにシエルは学校へ行かなかった。何でも、

「いろいろと準備がありますから」

 ということらしい。

 アルクェイドはアルクェイドで、

「一応、夜まで眠るから」

 とか言って眠ってしまった。

 

 

 取り敢えず、集合の時間として定めた午前0時までに全てを整理しておくとしよう―――――――――

 

 

 

 

TSUKIHIME

=  輝 閃 混 迷  =

< 中 >

 

 

 

 

「はぁ…」

 そんなこんなで、これからの事を考えて溜息が零れた。

 今は夕刻。学校も別段何事もなく無難に終わり、遠野の屋敷に帰るところだ。

 その足取りは重い。

 ただ帰るだけならここまで重くなったりしないが、今日はいつもと違う。夜の街に出向かなければならないのだ。

 やはり夜に抜け出すしかないのだろうが、翡翠や琥珀さんに気付かれずに出るのは…恐らく無理だろう。下手をすれば秋葉に見つかるかもしれない。というか、それは絶対に避けたい。

 そうなった時の言い訳を考えるが、何もないのだ。上手い言い訳など思い浮かばない。なぜならそれは必然的に虚言となるし、あの三人を納得させるなんて、まず無理だ。

「はぁ…」

 また、溜息を零す。

 結論は出ないままに、屋敷に辿り着いてしまったのだから――――――

 

 

 

「お帰りなさいませ、志貴さま」

「あぁ、ただいま」

 屋敷に入ると、いつものように翡翠の出迎えがあった。

「翡翠、秋葉と琥珀さんは?」

「秋葉さまはまだお戻りになられていませんが、間もなく戻られると思います。あと姉さんでしたら裏庭です」

「そっか。まだ夕飯まで時間あるね? 自分の部屋にいるから、何か用があったら呼んで」

 それじゃ、と言って自室に向かおうとして、

「あ、志貴さま―――」

 翡翠の声に歩みを止めた。

「何?」

「ぁ…いえ…なんでもありません…」

「??」

 何か言いたいようだったが、無理に聞き出すこともないだろう。

「…それでは志貴さま、お部屋でおくつろぎください」

 いつもと同じ表情に戻った翡翠の声を聞いて、自室へと足を向けた。

 

 あれから、夕食もこれといったこともなく―――正確には秋葉にテーブルマナーで文句をかなり言われたが―――済み、自室へと戻ってからかなりの時間が経っている。

 時計を見れば、すでに皆が寝静まっているだろう、午後の11時を過ぎていた。

「そろそろ…行かないとな」

 引き出しから、七つ夜≠ニ刻まれた棒を取り出す…否、それはナイフ。握ったまま、ぶん、と一振りする。すると、かちゃんという音を立てて銀に輝く刃が飛び出した。

 それを軽く見てから、刃を収納しポケットに入れる。

 外は少し寒いだろう…上着を羽織り、音を立てないように廊下に出た。

 慎重に廊下を進む。もし見つかったら言い訳に苦労する、というより、言い訳が出来るような事ではない。

 ―――屋敷の外へ通じる扉を視認し、軽く安堵して……声を掛けられた。

「志貴さま」

「ひ、翡翠っ!?」

 小声で驚く。

 気付けば、自分から少し離れた所に翡翠が立っていた。

「え〜っと、翡翠。これは、その―――」

 …やはり、うまく言い訳が出てこない。ここでもたもたしていたら、後でアルクェイドとシエルが―――――

 と、その先を考えて背筋が凍りそうになった。…絶対に、遅れては、まずい。

 ちらり、と翡翠を見る。押し黙っていて、何も言ってくれない。

 つられて、自分も何も言えなくなる。

「………」

「………」

 無言のまま、ただ時間が過ぎていく。同時に、自分の危機値が上がっていく。

「―――お気をつけ下さい、志貴さま」

 と、唐突に意を決したかのように翡翠が言った。

「え? なん、で―――」

 出掛けようとしていることを知っているんだ、という疑問は、次の言葉で解決した。

「志貴さまがお帰りになられる少し前に、シエルさまからお電話がありました。―――今晩、仕事の方で付き合ってもらいますから、お願いします、と」

「先輩から?」

 はい、と答える翡翠の声を聞きながら、シエルの言った言葉を思い出す。

 準備がありますから

 確か、そんなことを言っていた気がする。

(これも準備≠フひとつなのか、先輩…)

 苦笑しつつ、そんなことを考える。…確かに有り得ない話ではない。

「志貴さま、どうか無理だけはしないで下さい」

「分かってる。…ゴメン、それじゃ言ってくる」

「裏口は開けておきます。…必ず、帰ってきて下さい。志貴さまがいなくなられては、私は―――」

 ぽん、と翡翠の頭に手を乗せる。

 ぁ…という、息を呑む声。そんな翡翠に微笑を見せ、言ってきます、と小さく告げた。

 

「―――行ってらっしゃいませ、志貴さま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――」

 路地を無言で歩く。

 あの後、公園でふたりと合流した志貴は、そこでまた別で行動することを提案していた。

 理由は、「別々で動いた方が見つけやすい」ということ。

 これはシエル先輩も考えていたことのようで異存はなかったのだが、アルクェイドは文句を言っていた。―――まぁ、今こうしてひとりで歩いているのだから説得はうまくいったのだが。

 

――――――夜の街は、まるで活気がない。

 

 あのような猟奇殺人が起きたのだから、無理もない。

 テレビでも大々的に報道されていたし、注意も促されていた。

 そんな状況だから、人がいないのにも納得がいく。

 人気のない街はまるで死んでいるかのよう。

 そんな街を、志貴はひとり歩いている。

 人気がないのはどちらかと言えば好都合だった。今から殺し合い≠しに行くのだから、見られる可能性が低く済む―――

 

 知らず右手はポケットの内へ。そこにあるモノの感触を確かめる。

 それで、自分は殺す≠スめの道具を忍ばしているのだと思い知った。

「―――駄目だな」

 はぁ、と溜息を吐き出す。

 ナイフを掴む右手はじっとりと濡れていた。そうなった要因は、恐怖や緊張ではなく――――

「―――落ち着け、俺は違うんだ。俺は守るために力を振るう―――」

 

 

 

 

「ッ!?」

 ドクン、と心音が跳ね上がった。

「あ、れは―――」

 路地の先、一本の街灯が作り出す光の中に、何か、いる。

 それは大きくて、黒いケモノ。

 つい昨晩も見たばかりの、混沌―――――

 

「ま、待てっ!」

 ケモノが突如闇に跳び込んだ。

 その速度すさまじい。

 ただでさえ黒くて見難いのに、あれだけ速くては目で追うことも難題だ。

 だが追わないわけにはいかない。

 追いついて、捕らえて、そして―――――

 

 

 

 夜の街、人のいない路地裏を走る。

 闇に飛び込んだ黒い犬を追っている内に入り込んでしまった路地裏は、本当に暗い。

 とっくに黒い犬など見失っているというのに、志貴の脚は決して止まろうとはしなかった。

 

イ ル

 

 狭い路地裏を縫うようにして走る。

 

コ ッ チ ニ

 

 迷うことなく、呼吸も乱すことなく。

 

コ ロ ス ア イ テ ガ コ ッ チ ニ イ ル

 

 

「―――」

 ふと、志貴が脚を止めた。

 脚を止めたソコは現代の袋小路。立ち並ぶビルが作り出した閉鎖空間。

 完全に他と隔離された空間に、ただ溢れんばかりの死の予感が立ち込める。

 

 黒い犬は、いない。

 しかし何もいないわけもでも、なかった。

 

「お前―――」

 目の前の閉鎖された空間を直視する。―――――そこには。

 

 闇に溶け込むように、ひとりの青年が左手にナイフを持ち、ゆるりと立っていた。

 

「遠野、志貴……」

 何の前触れもない。発した言葉の余韻を空中に残したままに、唐突に襲い来る。

 獣のように低い姿勢から閃いた左の斬閃に、咄嗟に抜いたナイフを合わせる。

 

 ガキン

 

 金属と金属がぶつかり合い、互いの動きが停止する。

 刃を手にぶつかり合うふたつの影を、月の蒼い光が照らし出し、浮き上がらせる。

 

 そこにあったのは、何よりも見慣れた、顔。

 

 ナイフを力押しに上へ弾き、がら空きになった胴体に蹴りをぶち込む。

 相手が蹴り威力で後ろに押し出されるのと、自分が地を蹴って後退することで間合いが開いた。

「おい――――」

 メガネに手を掛けながら言う。

「――――本気だろ、お前」

 その言葉に青年がニヤリ、と哂った。

 それを見てからメガネを外す。

 

コ イ ツ ヲ コ ロ セ

 

 頭の中に声が響く。

 

イ キ テ カ エ ス ナ

 

 己の内の七夜≠フ血が猛りを上げ、沸きあがる。

 

セ ン ヲ ト オ シ 、 テ ン ヲ ウ ガ チ 、 ソ ノ イ ノ チ ヲ コ ロ シ ツ ク セ

 

 外したメガネをポケットへ。

 右手のナイフをぶん、と一振り、相手を直死する。

 

 

 その瞳の―――――――なんて―――――――――――――キレイなことか。

 

 

 昏い夜、月だけが唯一の光の中、その瞳は蒼く揺らめく。

 

 そこにあるのは魔の瞳。

 この世に溢れる死≠具現する有り得ざる瞳――――

 

 直死の魔眼

 

 斬死。

 目の前の相手までの距離はおよそ5メートル。この距離ならば2足とかかるまい。

 間合いを詰め、点を穿つ。それで終わり。

 1足。

 残り1足の時には間合いの内。

 極点はやや左よりの胸部に一点。心臓の部位とほぼ同位置。

 1足。

 間合いは既にゼロに近い。ここで極点へナイフを突き入れれば全てが終わる。

 完全に相手の死≠直死し、右手のナイフを振ろうとして――――

 相手から飛び出した巨大な口に邪魔された。

 

「チ」

 

 舌打ちして、瞬間的にナイフを走らせる。

 一瞬にして三閃。

 二閃で巨大なワニの口の上顎と下顎を切断し、さらに一閃でその極点にナイフを突き立てる。

 それだけで、ソイツは死≠だ。

 ドロリとコールタールのように溶け始めるソレを、旋風を纏ったかのような斬閃がその尽くを空中に散らす。

 

 その次の瞬間には膝を折ることで出来る限り身体の位置を低くしている。

 と、つい今まで首のあった個所を、白銀の軌跡が一閃した。

 

 閃走―――――――――――

 

 ナイフが振りぬかれると同時に、自らの身体を全てバネに変換…地面を全力で蹴り、相手の下顎を狙う!

 

 ―――――――――――六兎

 

 ゴゥと空気すらも巻き込んだ蹴り上げ。

 鋭く、疾い。一撃必殺のソレを、それでもソイツは回避した。

 一体どんな動きといえばいいのか、ぐにゃり、と身体が歪曲したようにしか見えなかった。

 歪曲した身体に、蹴りは接触することなく空振りした。

 

 ザワリ、と。全神経が痺れるほどの危機感。

 蹴りを回避したソイツは左手のナイフを、こっちが動けないことを狙って突き出してくる。

「こ―――っの…!」

 突き出されたナイフを回避するためにも、空中でその左腕を掴み、そこを力場にして体勢を無理やり変えてやる。

 まずはナイフを回避し、振り上げられていた脚を、踵から垂直に落とす。

 ゴス、と後頭部に突き刺さった踵を確認するよりも早く、逆の脚が顔面を捉え、蹴り飛ばした。

 その勢いのまま空中で一回転、足から地面に着地し、ザザァッ、と地面を噛みながら勢いを殺していく。

 

「!?」

 瞬間的に、まだ勢いを殺しきれていない身体を無理やり横へ投げる。

 その無茶な軌道変換に痛みが走ったが、そんなことを気にしていられない。

 志貴が横に跳んだそのコンマの後に飛来する三羽の鴉。つい今さっきまでいた空間を突き抜け、行き過ぎると空中で再びターンして、再度襲い来る。

 襲い来る鴉に向かって、志貴は自ら跳んだ。志貴と鴉がすれ違う、その際にナイフを三回閃かせる。

 三羽の鴉の線にナイフを通した志貴の身体は重力に従って、頭を地面へと向けた形で落下している。落下しながらナイフをくるり、と回して刃を指で挟むと、視線の先にいる相手に向かって横振りにソレを投擲した。

 左腕で全ての衝撃を吸収するように地面につき、そのまま前転することで落下の勢いを完全に殺すと、コンマの間も置かずナイフを投げた相手へと疾駆する。

 

 ナイフは一直線に飛ぶ。完全に予想外の行動だったため、反応が遅れた。避けるには時間がなさ過ぎる。よって、出来ることは限られた。

 左手のナイフが飛来したナイフを弾き返す。突進してくるのは見えていたため、弾き返した方向はその進行方向だ。

 進行方向からナイフが返って来れば、流石に怯むに違いない。

 

――――だが。

 

 志貴は飛来したナイフを事もあろうか、走りながらにキャッチした。

 そのまま逆手に持ち直し、一瞬で肉薄――――――――

 

 刹那の間で、志貴のナイフが鮮やかに光芒を描いた。

 

 空中に描かれた軌跡は白銀。

 続けざまに閃いた残像を残す斬閃は、目も追い切れないほどに高速。

 

 閃鞘―――――――――――

 

 乱雑に見え、真は精密な。全てが死≠ニいう切断面のみを狙った軌跡。

 

 ―――――――――――八点衝

 

 ボトリ、という落下音と志貴の身体が横に吹っ飛んだのはほぼ同時。

 横に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられそうになった身体を腕の力で強引に足から着地できるように体勢を変えてやると、滑るようにして地面へと着地する。

 完全に自分の身体が止まったところで、状況を分析する。

 

 まず、さっきのでヤツの右腕を殺した。自分を吹っ飛ばしたのは今こっちに迫っているあの黒い犬か。

 吹っ飛ばされたときに受けた衝撃で左腕が少し痺れているが大して問題ではない。すぐに回復するだろう。

 犬との距離は段々と近づいている。もはや数秒と掛かる距離でもない。

 

 頭は完全に冴えている。

 飛び掛ってきた犬の眉間にある極点へと寸分狂わず刃を突き立てると、そのままその極点から伸びる線を通し一閃のもとに断ち切る!

 

 斬、という刃音に続く、バン、という破裂音。

 

 空中でふたつに分断され、コールタールのようになり弾ける犬の奥。そこには走りこんで来るソイツの姿。

 距離は既にゼロに近い。

 逃げることは不可能な距離の中、ナイフを持つソイツの手がぶれた。

 

「―――――斬刑に処す…!」

 

 ぶれた手はそのまま残像を残す銀の軌跡に。

 一瞬にして幾重にもの閃光。

 距離、タイミング、両者を考えても避けることは不可能。

 ならば―――捌くまで!

 

 法則性など皆無に振るわれるナイフを、有り得ない反応速度で捌く。

 自身でも信じられないほどに身体が動く。息も出来ないほどの極度の緊張状態の中、身体だけはまるで自分の意識から隔離されたかのように機械的に反応した。

 もはやお互いの手元など目に映らない。

 ただひたすら金属同士のぶつかり合う音のみが空間に響き渡る。

 じっとりと汗ばむ手の内も、今は何も感じないほどにただ機械的な動きを見せる。

 

―――――こいつ…ッ

 

 ギリギリの命の張り合いの中、ひとつの事実に気付く。

 

 ギィン…ッ

 

 今までで最も大きく金属音が響き、両者のナイフが互いに弾きあい静止する。

 その時にはお互いが蜘蛛の如き動きで間合いを開いていた。

 ハァ、と息を吐いて。昂ぶっていた身体を少し落ち着ける。

 見据える先には右腕を失った混沌の殺人鬼。

 左手のナイフをゆらりと構え、昏い瞳で遠野志貴を射抜いている。

 

 所詮ヤツは情報のみ。

 知識だけの存在で理解できるはずなどない。

 理解してしまったのなら、とても立ってなんていられない。

 地面なんて無いに等しいし、空なんて今にも落ちてきそう。

 

 アタマがイタイ

 

 まるでハンマーで殴られているかのような痛みが頭を襲い、どうにもこうにもグラグラしている。

 これが代償。

 無理をし過ぎれば遠野志貴は壊れてしまう。

 神経という神経の全てが焼き切れて、廃人になる。

 

 あぁでもそんなことはどうでもいい

 

 痛む頭と、グラつく視界を強引に捻じ伏せて、ただ目の前の混沌を直視する。

 ゆるりと立つソイツは、左手のナイフをくるりと回して、刃を指で挟んだ。

「いいだろう。―――――これで終わりだ、遠野志貴……!」

 混沌に倣って、同じように右手のナイフを回転、刃を指で挟み、保持する。

 

 

 月明かりだけが唯一の光源。

 シンと冴える空気の中で、

 

 混沌の殺人鬼と、遠野志貴が――――――――

 

 

 

 

 

 最後の激突を果たす!

 

 

 

 

 

 

 

 中書き兼後書き

 

 ども。前後編で終わるつもりだった「輝閃混迷」も何故か前中後編の三段組と相成りました。

 単純に後編のつもりで書いてたのが長くなってしまったから分けただけなんですけどねー。

 志貴君、直死モード全開です。やっぱりナイフはいい。使い勝手がかなりいい。

 斬ってよし投げてよし。小回りも利くから素早い返しが可能。

 なんて理想的。

 次の後編は決着+エピローグです。

 また気長にお待ちください。ではー。


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