Panic Party 第五十回 雷神
「……え…」
名雪は呆然とつぶやいた。
「…どうして」
どうして香里と北川が闘っているんだろう。
三年になってから違う組に分かれてしまって、会う機会も減ったけれど、北川と香里は別に喧嘩をするほど仲が悪くはなかったはずだ。
……いや、分かってる。これが喧嘩なんて生易しいものじゃないということは。
これは間違いなく殺し合いだ。
互いの命を賭け、その代わりに相手の命を奪う機会を得ることが出来るサバイバル・ゲーム。
これが終わったときには間違いなくどちらかの命が尽きていることだろう。
一体、どうしてこんなことに?
それとも、夢でも見ているんだろうか。
ひょっとしたら、祐一のことばかり考えていて、頭がおかしくなったのかもしれない。
バチィッ!
先程から断続的に聞こえてくるこの音は、あたまの中がショートしている音なのかも。
「ちぃっ!」
北川の舌打ちが聞こえた。
同時に懐から何かを取り出す。
しかし、それが何かは名雪には分からなかった。目を閉じたからだ。
これ以上は見ていたくなかった。例え、夢だったとしても。おかしくなった頭が幻覚を見せているとしても。
そうだ。こんな夢は早く覚めてしまえばいい。
そうすれば、いつものように穏やかな朝がはじまるんだろう。いつものように、目覚ましではなかなか起きない自分を祐一が起こしてくれて、一緒に学校に行くのだ。
あれ? もう夏休みに入っているんじゃなかったか。それに祐一は居なかったはずでは。
まぁ、いいや。とにかく、目覚めればこの悪夢よりはずっとましな現実が得られるだろう。
最後にそう考えて、名雪は考えることを放棄した。
「ちぃっ!」
何回目かの舌打ちの音。
攻め続けているのは北川だが、それゆえに焦り始めていた。
焦る理由は実に三つ。
ひとつ。香里は『飛んで』来る北川の攻撃を、ぎりぎりで回避している。
それは、香里が北川の攻撃の正体を看破している証拠だった。
北川の持つ能力、奇跡は『雷撃』だ。
自らの体内に電気をチャージさせ、ある程度の指向性を持たせた上で目標に向かって放つ電圧。
その速さは非常に速く、回避はおろか、視認さえも不可能なまま目標にたどり着く。つまり、この雷よりも速く動かない限り回避は絶対に不可能ということだ。
なら、どうして香里はすでに何回も北川の攻撃を回避しているのか。
それは、この攻撃が指向性を持つからに他ならない。
ただ単純に電気の塊を放出しただけでは、その放電は一番近く、電気が流れやすいところに収束するだけだ。下手をすると、自ら射出した雷が自らに落ちるということにもなりかねないだろう。
だから、その攻撃を相手に当てるためには放電にある程度の指向性を持たせなければならない。
故に、伝導性の高い物質である程度は誘導できるが、基本的にこの攻撃は狙ったところにしか当たらない。
そして、使い手が人間である以上は狙ってから攻撃を放つまでに若干のタイム・ラグを有する。
香里はその『狙ってから撃つ』までの間に回避をしているのだった。
そして、ふたつめ。
相手の攻撃がどういったものか分からない。
香里は先程から避けるばかりで一向に反撃をしようとはしてこない。
今朝、別館で試したところ、香里は何かの『奇跡』を有していることが分かった。
なら、どうしてその力を使って反撃してこないのか。
その理由は分かる。だからこそ、焦る。
おそらく香里は必殺の機会を待っているのだろう。
手の内を一度しか見せない代わりに、確実にその相手を打ち倒せる必殺の機会。
だからこそ、遠い距離ながらも間合いを計って、こちらの攻撃をぎりぎりで回避している。
一度でもこちらが隙を見せれば一瞬で懐に飛び込んでくるだろう。
そして、最後。これがもっとも焦る理由。
どうして、この相手はこんなにも強いのか。
冗談ではなかった。いくら『奇跡使い』だからといって、こんなに強くていいはずがない。香里の動きにはまるで隙がなく、洗練された動きそのものだった。
おそらく、こと戦闘においては我流で訓練していた自分よりも相手のほうが優れている。
だから、それがもっとも大きな理由。
奇襲をかけた筈なのに、その相手が自分よりも『強い』ということ。それで焦らぬ者がどこにいる。
そして、正直なところ、香里も同じ気持ちだった。
相手、北川は、攻め続けながらも隙がほとんどない。
攻撃は全く途切れることもなく、断続的に降り注いでいる。
だからそれは手加減しているということ。先程からの攻撃を本気で放っているのなら、もう少し隙は出来るだろうし、何より体力が尽きているだろう。
先程からの攻撃は、音は派手ながらも威力は木の本棚を少々焦がす程度。相手の能力が電気を作り、飛ばすものだとしたら、そんなに弱いはずがない。
だが、問題はその性質だろう。
その攻撃は放電現象ゆえに、当然速い。今は何とか避け続けられているものの、これからもそううまくいくとは限らない。
それに、本棚を焦がす程の電流をこの身に受けたらどうなるか。
例えば、相手の『奇跡』が炎を作り、飛ばすというものだったとしたら、それは大したことがない。本棚に焦げ目がつく程度なら受けてもまず死なないし、火傷は残るだろうが、痛みを堪えて立ち上がることもできる。
だが、それが電気である以上、そうはいかない。
防ぐ手段は避ける以外に存在しないし、当たったら、確実に一瞬で意識を刈り取られるだろう。下手をするとショック死するかもしれない。
そんな攻撃を断続的に放てるなんて、どうかしている。あまりにも理不尽だ。
避けるだけで手一杯。とてもじゃないが攻撃に転ずることは出来ない。
相手とは違ってこっちの『奇跡』は接近戦用なのだ。まずは近づかなければ話にならない。
もうひとつ、遠距離にも使える『奇跡』はあるがこの場合、そっちはあまり役に立たないだろう。
なら、どうすればいい。
自分が勝つための最低条件は相手に近付くことで、そして近付くことは不可能だ。
つまり美坂香里は絶対に勝つことはできないということではないか。
「……じゃない」
そんな理由は知らない。相手の目的もさっぱり分からない。名雪ならいざ知らず、自分の命はそれほど大事に思っていない。
だけど、
「冗談……じゃない」
こんな理不尽な状況でこいつに負けてやろうとはどうしても思えない。
勝つ事は絶対に不可能だって? それこそありえない。
だって、勝負なんていつだって終わってみるまで結果なんて分からない。だから、まだ勝負はついていない。
なら、考えればいい。相手に近づける方法を。そして、考えて、
「………」
愕然とした。
自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしてくる。どうしてこんなことに気が付かなかったのだろうか。こんなこと、小学生でも知っているのに。
「北川くん」
もういくつめか分からないほどの放電を避けて、言う。
「…なんだ?」
攻撃が止み、やや憮然とした声が返ってくる。いい加減相手も痺れを切らしてきたのかもしれない。
「いい加減避けるのも疲れたから、そろそろ勝負をつけることにするわ」
そう言いながら、懐から一本のナイフを取り出して、構える。別に特別なものではなく、どこにでも売っているものだ。
最近は護身と『奇跡』の発動のため、最低二本は携帯するようにしている。
「あたしの『奇跡』はこれで発動するの」
ナイフの腹を爪でカンカンと叩きながら言う。
「…なんだと」
北川は愕然として呟いた。戦いにおいて自らの手の内をばらすやつなんてどこにいる。
「だから、油断してるとやられるわよ」
笑って言いながら香里は無造作にナイフを振るった。しかし、当然それは間合いの外。当たるはずがない。が、
「くっ!」
北川はとっさに横に体をかわした。もし、相手の『奇跡』が斬撃の射程を延ばすといったものの場合その限りではないからだ。
香里はナイフを振るったナイフをそのまま本棚に突き刺し、弾丸のように前へ突進した。
その予想外の速さに焦りつつも、北川は雷撃を放つ。
「なっ!」
会話からここまでに、北川が犯した失敗は三つ。
まずひとつは、ありもしない斬撃を警戒し、相手に猶予を与えてしまったこと。
もうひとつは焦って放ったため、雷撃の指向性が弱くなっていたこと。
そして『雷はとがった金属に落ちやすい』などという小学生でも知っていることを失念していたということ。
「はっ!」
香里は間合いの外から一気に跳躍し、空気も切り裂くような飛び蹴りを放った。
「くそっ」
放電は間に合わない。なら、避けるしかない。
顔面を狙った蹴りを辛くも避け、地面を転がって香里と間合いを離した。
そして、すぐに起き上がってさらに距離を取る。
ちょうど両者の位置は先程と交代になった。
それはつまり、香里が出口の近くまでたどり着いたということだ。
だが、香里は逃げようとするそぶりは見せない。
「…逃げないのか?」
北川が言う。
「逃げようとしたら、後ろから撃たれるわ。それに…」
それに答えながら香里は北川から目を外す。そこには名雪が倒れていた。
気絶はしているようだが、外傷はなさそうだった。
「なるほど…」
今香里が逃げ出すということは、名雪を見捨てるということと同意だ。
そんなことは、心でも出来るはずがない。
しかし、香里は首を振って続けた。
「もう勝負ならついているわ」
「なに…?」
北川はどういうことか聞こうとして、そして気付いた。
体が動かない。
「言ったでしょ? あたしの『奇跡』はそのナイフで発動するって」
香里はナイフに目を遣る。
そのナイフは図書室の照明によって作り出された北川の影を貫いている。
影縛り 。それが香里の『奇跡』だ。
両者の位置が入れ替わったことによって北川の影は本棚に突き刺さったナイフを自らくわえ込んでいたのだ。
「く…」
北川は何とか体を動かそうとするものの、痙攣するだけでほとんど動かない。
香里はすたすたと歩いて、北川のそばに倒れている名雪を抱き抱えた。
そして、出口付近まで歩いて振り返る。
「影縛りの効果はたぶん今夜中には切れるわ。まぁ、そのときにはここも施錠されてて出るのは難しいでしょうけど…」
「く…、この…」
北川は香里には目もくれず、奮闘している。香里は肩を竦めた。
「どうして、急に襲い掛かってきたのかは知らないけど、それで今回のはチャラにしといてあげるわ。それじゃあ、北川君。いい夏休みを」
香里は踵を返した。
パチィッ!
そしてその音に驚いて振り返る。そして更に驚いた。
北川の周囲に視認さえ可能なほどの放電が巻き起こっている。その放電は鞭のような動きで周囲を舐め回り、そのひとつが影を射抜くナイフに絡みついた。
「ぐ、がぁぁぁ!」
北川の咆哮に呼応されるように少しずつ、少しずつナイフが抜け始め、
からん。
完全に抜けて地面に落ちた。
「………」
香里は呆然とその様子を見ていた。逃げ出すことすら考え付かなかった。いや、逃げ出したところで結果など変わらなかっただろうが。
「…そんな」
相手は化け物だ。そういう結論に至るには十分な光景が目の前に広がっている。
名雪を抱えて逃げるのは絶対に不可能。たとえ、名雪を見捨てて逃げたとしても逃げ切れるかどうか。
「冗談」
頭を振る。名雪を見捨てるなんて選択肢ははじめから存在しない。ならば、
もう一本のナイフを取り出す。
一撃必殺ではあるが、もうひとつの『奇跡』の方は使えない。使おうにも、近付いた瞬間感電死だ。
なら、このナイフで遠くから北川の影を縫いとめるしかない。そして、その瞬間に名雪を連れて逃げれば逃げ切れるかも知れない。
「…全く」
思わず悪態を吐いた。それが成功する可能性は1%を切るだろう。ナイフは後一本しかない。『奇跡』の内容が相手にばれた以上、通用する可能性はほぼ皆無だろう。
だが、それしか方法はないのも事実だ。それなら、ここでそれにかけてみるのもなかなか面白いのかもしれない。
などと、香里が後ろ向きな決意をしたところで、
北川の足元になにかがコロンと転がってきた。
それはいわゆるガチャガチャのカプセルだった。
大き目のデパートとかによく置いてあるもので、中に人形やら何やらが入っているあれだ。
中には何も入っておらず、何故か白く濁っている。
北川は気付かない。そのまま一歩踏み出して。
「うぉ!」
見事にずっこけた。
そしてカプセルがその外圧によってぱかっと割れたその瞬間。
ぶわぁ!
白煙が一気に噴き出した。
「なな、なんだぁ!?」
それは北川の姿を一瞬で覆い隠し、香里と名雪も覆い隠した。
「こほっ、一体なんなのよ」
全然わけがわからない。
火災のセンサーが誤作動して消火栓が動いたのだろうか。
「こっちです」
混乱していると手を引かれた。そのまま出口まで引っ張られて、図書室を抜ける。
煙は廊下にまで噴き出していて、煙たいことこの上ない。
「こほっ、大丈夫ですか?」
謎の人物が
咽 ながら声をかけてくる。( 「あまり、大丈夫じゃないけど、大丈夫よ」
まだ視界が白濁していて、どんな相手なのか分からないが、どうやら助けてくれたらしい。
「こほっ、ありがとう…って、あなたは確か…」
だんだん視界がクリアになって、相手の顔が見えてきた。何度か校内で目にした顔だ。栞の友達ということで一度家にも来たことがある。
「天野美汐です。美坂先輩」
上品な、悪く言えばおばさんくさい仕草で天野美汐は挨拶をした。
【雷撃】
体内に電気を溜め、放電する能力。
その威力はチャージした時間に比例する。連続して放つことも可能だが、威力が落ちる。
ある程度の指向性を持たせなければ放つことは不可能で威力を上げれば上げるほど指向性は失われる。だから強力な一撃を放てばその分命中しなくなる。
性質上、対人には非常に有効。
【影縛り】
香里の能力。
相手の影を踏む、または刃物で縫いとめることによって発動可能。相手を動けなくする。
いわゆる『影縫い』みたいな暗示によるものとは違い「対象が動かないから影も動かない」という因果を逆転させ「影が動かないから対象も動かない」という結果をもたらす。
強い光によって影を消したり、刃物そのものを抜くことで脱出は可能。
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