目覚めた力は、紅を目覚めさせ、
目覚めた紅は、すべてを消し去る風と成った。
白と黒との狭間で揺れる紅。
両者の力を上回る紅は、
その狭間での存在ゆえに不安定。
紅は孤独ゆえに、その力を高める。
孤独ゆえの、一方的な力。
だが果たして、それは強さ≠ナあるのか。
力≠ニ強さ≠ヘ似て非なるモノ。
紅が持つ強さ≠ヘ、一体何処に在るのか―――――
第28話 変 わ っ て し ま っ た 日 々
あの夜の出来事から、既に1週間が経っていた。
初めの学校での事件の為に今日まで休校となっていたのだが、意識を失った生徒にも教師にも何ら異常が見られなかったことから再開されることとなった。
その為、いま祐一は学校へと歩いていた。
ちなみに名雪は、
「今日は朝練があるんだよー」
とか言って、朝早くに出て行った。
1週間も休校の為に部活が出来なかったのだから、それも仕方ないだろう。
あゆは、目覚めてもまたすぐに眠りに落ちてしまうという、不安定な状態であるため、秋子さんに頼んである。
世間では能力者の存在など知られていない。だから世間はただの謎の出来事としか認識していないし、実際、皆何も気にしていない。
気にしているのはその事態に直面していた祐一たちだけだ。
能力者は、能力者を引き寄せる。
そんなことを根底で感じていた。だから学校という大勢の人間が集まる所にはあまり居たいとは思わなかった。
だが、もし能力者に引かれてではなく、何も関係なしに学校に悪魔のような能力者が現れたら? そう考えたら行くしかないと思った。
自分たちが学校の内部にいれば、もしかしたらその能力者を撃退できるかもしれない。
守るためにも、危険な行動を起こすしかないのだ。
――――ハァ
不意に溜息が零れた。
どんどん自分が日常から離れてしまっている事実が、重い。
この1週間は舞に協力してもらって、特訓していた。お陰で以前より能力を上手く操れるようになったし、そのエネルギー量も上昇した。
だが、それと同時に一般人から離れてしまったのも事実だ。
実際、本気で走ったとすれば5Oメートルを走るのに5秒程度しか掛からないだろう。さらにそこを風≠フ能力で後押しすれば3秒だ。
他もそうだ。跳躍は3メートルを越えるだろうし、スタミナもバカみたいに上がっている。
能力を完全に絶てばそれほどでもないが、やはり一般よりも上に立つことは間違いない。
普段生活するにあたっては何とかその高すぎる力を抑えていかなければならないのだ。
以前から能力に目覚めていた名雪たちは苦労していただろう。一緒に暮らしていた祐一ですら気付かなかったのだ。その苦労はかなりのものだったはずだ。
今そう思って思い返してみると、朝あれだけ走って名雪が疲れた素振りを見せなかったのはその為なのだろうか。
「苦労、してたんだな」
呟いて、顔を上げた先には学校がいつものようにそこにあった。
祐一が教室に入ると、クラスの数人が挨拶をしてくる。
そのひとつひとつに挨拶を返しながら、祐一は窓際の自分の席に座った。
何気なく、クラス全体を見回す。
―――クラスの中は、まるでいつも通りだ。
仲のいい友人通しで集まってどうでもいいような話に華を咲かせている。
本当に、何気ない日常がそこにあった。
「―――祐一?」
心配そうな声が降ってきた。
「――ん、名雪か?」
朝練が終わったらしい名雪が、隣の席に座りながら声を掛けてくる。
「名雪か、じゃないよ。どうしたの祐一?」
「んにゃ、別にどうもしないさ。ただ、」
「ただ?」
「―――平和だな、と思ってさ」
その言葉に、名雪がクラス全体を見回した。
そして祐一の言葉に賛同するように、うん、と頷いた。
「みんな、楽しそうだね」
「あぁ…」
いつでもそこにあるもの、人はそれを意識しない。あって当たり前だから、何とも思わないのだ。
その存在を始めて大切なものだと気付くのは、それを失った時。
今の祐一たちのように、日常から離れた世界に触れて初めて、その存在が掛け替えのないものだと気付く。
―――なんて、かなしい。
失わなければ分からないなんて、悲しすぎる。
日常はそこにあって、いつも変わらないものなのに。どうして人はそれの大切さを気付くことが出来ないのだろう。
悲しい。それはとても悲しいこと。
失って、やっと自分もその日常の掛け替えのなさを知った。
いや…失ったわけではないか。
まだ、離れただけだ。いつか取り戻す。―――自らの日常というものを。
「…あれ?」
と、そこで名雪が声を上げた。どこか、疑問符を浮かべて。
「どうした?」
「香里と北川くん、来てないね」
「そういえば…」
確かに来ていない。いつもならもう来ている時間だ。北川はまだ分からないでもないが、香里が来ていないのは変だ。
「―――まぁ、きっと単なる欠席だろ。明日になれば来てるさ」
そうは言っても、何か内で渦巻く不安があった。
よくないことが起きる。そんな予感。
「うん…」
何か納得のいかないのに、何とか納得しようとしている名雪。
――早く来いよ、お前ら…。
そんな不安などまったく知らず、担任が教室に入ってきた。
今日という、一日が始まる。
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