第29話 一 通 の メ ー ル
あれから、4日経った。
学校での生活は変わり映えなく同じように過ぎて行った。
平和で。あの出来事が嘘だったかのように。ゆったりと過ぎて行く。
ただ、北川と香里は、いつもそこにはいなかった―――
「そう…か。栞も来てないのか…」
「はい。学校が再開してからの4日間、一度も顔を見せていません…」
昼休み。祐一たちは皆そろって屋上に集まっていた。
この4日間、毎日のことである。
「香里も北川くんもずっと来てないし…」
「最初はただの体調不良とかサボりとか思ってたけど―――やっぱり、一回行ってみた方がいいな」
「そうですねー。やっぱり心配ですからそうしましょう。舞もいいよね?」
「…はちみつくまさん」
天野も、名雪も頷く。
「それじゃあ、放課後に行くとするか」
結論付け、祐一が立ち上がった。
誰も意見を言わないところを見ると、全員賛成のようだ。
「―――さて、話も決まった所で…舞」
祐一に名前を呼ばれ、舞が顔を向けた。
そんな舞に祐一が言う。
「いつものように―――頼む」
屋上を祐一が疾駆する。
その速度、まさに風。佐祐理の【加速】に引けをとらないほどの加速力。
一瞬で屋上の端から端まで移動し、その速度のままに拳を放った。
しかし、そんな直線的な動きは一瞬で見切られ、簡単に避けられてしまう。
「―――チ」
一瞬の躊躇もなく、勢いを殺しきれないままに跳躍。刹那、その跳んだ足元を鋭い払いが薙いだ。
「あぶ…ねぇなっ」
空中で体を捻り、屋上のフェンスに着地、そこを足場にさらに跳躍する。
上空からの襲撃。右の拳に力を込め、体重に落下速度を加えて襲い掛かる。
だが、
「空中では、身動きできない―――!」
冷静にそう分析された。
腰を深く落とし、今にも対空の為に跳ぼうとして――驚愕する。
ニィ、と祐一が笑った。
その笑みに感じた危機感。しかし、一度行動を起こした身体はそう簡単に止まるものではない。
身体は跳躍した後だった。
「かかった!」
祐一が右手に能力のエネルギーを収束、【風】を横斜め後方に放った!
それにより身体の軌道と速度が変化し、加速して、相手の脇を抜けるようにして屋上へと降り立った。
足をバネにして、間を置かず再び跳躍。
今度は立場が逆だ。空中では身動きができない。祐一のように【風】などを使えるならまだ不可能なことではないが、それがなければ―――できないはず。
「もらい―――ッ」
言って、右の拳を突き出し―――全てが終わっていた。
ドシャ、という地面に叩き付けられる音。
一瞬で
祐一 は屋上に叩き付けられていた。
あの時、祐一が拳を突き出した時―――その突き出された右手を一瞬の力場として身体の向きを強引に変えるという離れ業を使われたのだ。
力場にされたために祐一のバランスは崩れ、さらにそこに、垂直に蹴りを落とされた。
そして、今に至る。
「―――あれ?」
大の字になりながら、祐一がそんな風に呟いた。自分の身に何が起きたのか理解できていないようだ。勝ちを確信していたが為に、自分が負けたということが現実味を帯びない。
「祐一、油断しすぎ」
屋上へと降り立った舞がキッパリと言う。
―――そう、祐一が相手にしていたのは舞なのだ。時間を見つけては、こうして特訓をしているわけである。
「っくしょー。いけると思ったんだけどなぁ」
立ち上がり、砂を叩き起こしながらそんなことを言い、
「それが油断です、相沢さん」
天野の言葉に酷く落ち込むのだった。
時は経ち、あと少しで授業が始まるという時間。
喋り合っていた友人同士が分かれて、それぞれがそれぞれの教室に戻ろうとしている。
祐一たちも例外ではなく、今ちょうど分かれようとしている所だった。
放課後に―――という会話を交わして、分かれた。
「祐一、早く戻ろ?」
「あぁそうだな―――」
と、言ったところで、
ヴー、ヴー、ヴー、
ポケットの中の携帯が僅かな振動を発した。
「ん?」
携帯を取り出して画面を見てみると、そこにはメールの着信を示すマーク。
「どうしたの祐一?」
「いや、メールが…」
言って、内容を確認。
「誰からだ―――?」
瞬間、驚愕した。
携帯をポケットに突っ込み、教室へと無言で歩き出す。
「どうしたの祐一…?」
心配そうな名雪の声。その声に、
「あー、別にどうもしない。――わりぃけど、俺今日は見舞いに行けそうにないわ。ってことでよろしくな」
「――え? う、うん…」
名雪が答えるのを確認してから、教室の扉を開いた。
「でも、どうしたの急に…」
「野暮用だよ、野暮用」
「野暮用…って…」
祐一の発言にどこか納得がいかないのだが、祐一に何か用事があるのは確かなのだろう。
おどけた口調の中に、深刻な、真剣な部分を秘めていた。
それを完全に感じることは出来なくても、薄っすらとは感じていた。
だから、引き止めることができない。
祐一には、祐一の考えというものがあるのだろうから。
「それじゃあ、頼むな」
「はい、頼まれました。祐一さん、美坂さんたちのことは佐佑理たちに任せてください」
放課後になり、全員は校門前に集まっていた。
昼休みの話通り、これから北川と香里、栞の様子を見に行くのだ。
だが、祐一は行かない。そのことは名雪に言ったように全員に伝えてある。
「悪いな、俺だけ行けなくて」
「用事があるなら仕方ないですよー」
その代わり、用事はしっかりとこなして下さいね、なんて言う佐祐理に、あぁ、と微笑を返す。
そして、祐一は踵を返した。
「んじゃぁ、俺は用事をこなしてくるよ」
「あれ? 用事って学校内なの??」
名雪が不思議そうな顔をして、
「んー…そうと言えばそうだが、違うと言えば違うかな」
そんな祐一の言葉に名雪は更に困惑し、
「まぁ気にするな。ちゃんとやることやったら帰るから」
祐一はその名雪の困惑を少しでも和らげる為かそんなことを言った。―――だが、一体どんな用事なのかは、言わない。
これは言えることではないのだ。
言ってはいけない。
何故なら、あのメールに書かれていた、その内容は――――――
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