第30話 望 ま な い 再 会 方 法
全員と別れた後、祐一は教室へと戻っていた。
教室には誰も居ない。
あの時の事件が後を引いていて、放課後は部活が出来る時間が決められている。遅くても、5時まで。それ以降は誰一人として学校内に居なくなる。教師とて例外ではない。
そんな、人の居なくなる時間になるまで祐一は待っていた。
あのメールに書かれた内容のために。
『放課後の5時半に、中庭で』
メールに書かれた内容は、それだけだった。
そして、祐一は実際に時間が来るのを待っている。
何故ならそのメールの送信元が、見知ったモノだったからだ。
それにメールで、しかも自分だけに送ってきたのだ。会うしか、ない。
「―――そろそろ、行くかな」
夕日を眺めていた目を時計に向けると、時刻は5時20分。
メールの時間まであと10分だ。そろそろ行ったほうがいいだろう。
「―――」
赤い夕日で全身を紅に染め、祐一は教室を後にした。
その表情からは感情が読めない。
完全な無表情で、無言に。
一歩足を踏み入れれば、そこは別世界だった。
赤い夕日が照らす中庭は、誰もが綺麗だと思うだろう。
未だに残る残雪が、その赤い光を反射し、きらきらと輝いている。
どこか幻想的な光景。
人気のない中庭には、何とも言いがたい幻想的な空気に満ちていた。
そして―――
その中心で、空を見上げる人影があった。
「―――久しぶりだな」
声を掛けると、その人影がゆっくりと視線を向けてくる。
見知ったその顔。ここ最近、見ることがなかった顔が、そこにはあった。
「――――北川」
北川潤が、そこにいた。
「久しぶりだな、相沢」
「久しぶり、じゃねぇよ。今まで何してたんだ?」
その祐一の言葉に、北川は答えない。
ただ―――
「―――何の、つもりだよ…!?」
北川の手に握られたものが、真っ直ぐに祐一をポイントしていた。
その、手の内にあるモノが、祐一の恐怖心を煽る。
制服姿に、その手の内のモノは空気を異質にさせる。それほどに、ソレは現実からかけ離れたモノだった。
「何のつもり? これを見て分からないか?」
カチリ、とハンマーを起こす音が聞こえた。
北川の手の内にあるモノ―――それは、拳銃だった。
さすがにそれがどの種類で、どんな弾丸を使用するかなどは祐一は知らない。ただ分かるのは、北川が手にしている
自動拳銃 は、確実に自分の命を散らそうとしているということだけ。チェンバーには弾丸が送られており、既にハンマーも起こされている。ここで引き金を引いた瞬間に弾丸が銃口から飛び出し、祐一に風穴を開けることは明白だった。
「―――っ…北川、どういうことか、説明しろ…!」
「必要ないな」
冷淡な声。自分の知っている北川が、こんな声で言葉を発したところは見たことがなかった。
まるで別人のよう。
自分の知っている北川は、此処に居ない。
トリガーに掛かる指に力が加えられた。
ゆっくりと、そして確実にトリガーを引いて行くその指。それはまるで死へのカウントダウンを彷彿とさせる。
それを見て祐一は確信した。北川は本当に自分を殺すつもりなのだ、と。
それを確信してしまった時、祐一の奥底で、何かがカチリと音を立てた。
―――ドクン。
血が沸騰するかと思うほどの衝動。
その衝動に抗えない。
「―――そうだな。―――――殺り合おうぜ、北川……!」
突然の変貌。祐一が、どこか違う。いや、祐一であるのは確かだ。
まだ 、アイツは出きっていない。ただ奥底で声が響く。
『 ―――敵は殺せ。殺られる前に、確実に――― 』
その言葉に、その衝動に、祐一の身体は動かされる。
敵と認識するのは、目の前の北川潤。
この男を完膚なきまでに絶滅しろ。四肢を千切り折り、身体を穿ち、頭骨を打ち砕き、破壊しつくせ―――!
刹那に、祐一が飛び出した。
祐一と北川との距離は10メートルほど。普通の人間ならば、辿り着く前に頭を撃ち抜かれ絶命する距離だ。
だが―――
祐一は1秒弱でその距離をゼロにした。
北川が反応して引き金を引き切るより更に速い。一瞬で脇を駆け抜ける。
脇を抜ける瞬間に右手を北川の腹部に添え、能力を開放する。
祐一の呟いた言葉はひとつの単語。
「【風】」
空気が破裂した。
押し当てられた手の平から発生した風が急激に膨れ上がり、北川を吹き飛ばしたのだ!
「チ」
北川が舌打ちし、それでいながら軽々と着地する。
それを見て、祐一は確信した。
「―――お前、能力に目覚めてるだろ?」
「さすがにバレたか。あぁそうだ。俺も―――能力を使える!」
引き金が引かれた。その瞬間、祐一をポイントしていた
自動拳銃 から弾丸が発射される。が、既に祐一はそこにいない。
「遅すぎるんだよ」
声は上から降ってきた。その声に北川が上へと拳銃を向け―――弾き飛ばされた。
祐一の狙いは最初から北川自身ではない。まず狙ったのはその拳銃だ。
落下の体制にある祐一を迎え撃とうと北川は銃を向けるだろう。そんなことは予測済みだ。だから、向き切られるより前に弾き飛ばした。
屋上で使った手と同じだ。【風】を後方に放つことで自分の落下速度を上昇させる。それによって北川の反応より早く弾けたのだ。
「な―――ッ」
北川の反応が遅れた。銃を弾き飛ばされたことへの驚愕が、反応を遅らさせたのだ。
そしてその一瞬が祐一の好機となる!
北川の眼前へと着地した祐一は屈むようにして両足に力を込め、上から下への勢いを前へと転換させた。
その勢いを掌に込め、左右共に北川の腹部へと叩き込む!
「がァ…ッ」
打撃の威力増強及び追い討ちの為の【風】が北川を10メートル近く吹き飛ばした。
背中から叩きつけられる――かと思った瞬間、北川は両手を地面につき、バク転の要領で身体の向きと勢いを変え、足から着地した。
―――やるな。
なんて思った刹那に、横に跳ぶ。
と、祐一が今までいた場所を一発の弾丸が突き抜けた。
オカシイ。
確かに銃は弾き飛ばしたはずなのに。見れば弾き飛ばした拳銃は消えている。だがだからと言って北川が拾ったわけではない。そんな隙など与えていないのだ。
ならまだ隠し持っていたのか? 答えはNoだ。
北川が今手にしている拳銃は、最初に弾き飛ばしたものとおなじ、なかなか大型のモノだ。
そんなものを隠し持っていたなら、それを抜く瞬間がある。しかしそんな瞬間などなかった。
つまり、これは―――
「―――そうか。それが、お前の能力ってことか」
「【練成】」
北川が呟いた【練成】という言葉。その意味は読んで字の如し、だ。
練り成す。あらゆる物体を作り出す能力。それが北川の【練成】の能力だ。
「なるほどな、銃はその能力で創ったわけか」
それで納得がいく。急に北川が発砲できたわけも、弾いた拳銃が消えていたわけも。
能力のエネルギーによって創り出されたモノなのだから、エネルギーの供給がなければ消滅する。それだけのことだったのだ。
「くくく…っ。面白い能力だな。――さて」
言いながら祐一が右手を空気を切るように振り上げた。
「もうひとゲームだ」
北川の手の内の拳銃が真っ二つに分断された。祐一の【鎌鼬】だ。
以前よりその速度、精度が上がっている。一瞬で北川の拳銃を切り裂いたほどに。
「――――」
祐一が身構え、全身にエネルギーを行き渡らせる。
だが、北川はそんな祐一の意に反してまったく動こうとせず、ただ祐一の後方を見据えていた。
それは祐一を油断させるためでもなんでもなかった。はじめは何かと思ったが、その答えは北川の口から発せられた。
「―――水瀬さん…」
その言葉に祐一が振り向くとそこには―――
水瀬名雪が立っていた。
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