第32話 紅 が 目 覚 め て
思った以上に負担が大きい。
まだあまり時間が経っていないというのに、体力は大分削られていた。これは能力の酷使によるものではなく、【風】を用いての高速移動を多用した為に身体自体にきた負担だ。
能力のエネルギーによって身体機能が上がっているとはいえ、あの高速移動はそれ以上の負担を身体に与える。
あまり、多用出来そうもないな―――
結論付け、目の前の相手とどう戦うかを頭の中で組み立てて行く。
まず、銃より速く動くことは出来ない。
銃口の向きと、引き金に掛かる指を見ていれば確かに避けることは可能だろう。
だからと言って避け続けるのも至難の業だ。
弾切れを狙いたいところだが、生憎【練成】の能力がある。
弾切れはまずないだろう。
そして、何より厄介なのは―――
「何だよ、その力」
先ほど、放たれてもいないはずなのに上空から銃弾が襲い掛かってきた。
ただ自由落下で落ちてきただけではなく、れっきとした威力があったのだ。撃たれたものに違いない。
祐一はその原理をまったく理解出来ていなかった。気付いていないのだ。それを北川が撃ったものだと。
「―――教えてやろうか?」
「くれるのかよ」
構わないさ―――と呟いて、唐突に銃が撃たれた。
祐一へ、ではなく、まったくの方向違いに。
祐一から見て左方。その先にあるのは木だけで、動かなくても自分に被害が及ぶことはないだろう。
及ぶことはない、はずだったのに―――祐一は身を後ろに投げた。
それは不意に感じた危険。圧倒的な危機感と、予感からの行動。
そしてその行動は間違っていなかった。
祐一がいた箇所を綺麗に弾丸が通り抜けたのだ。元の軌道を【歪曲】してきたその弾丸が!
「―――よく避けたな相沢」
「実践でのご説明どうも、と言いたいところだが…危険すぎだろ―――【歪曲】の能力」
あらゆる軌道、流れを【歪曲】させる能力。それは直線的だという銃の弱点を克服する。
さらにそこに【練成】が加わる。弾が尽きるというもうひとつの弱点も解消するのだ。
最悪の組み合わせだな。
呟き、笑みを浮かべる。
「なんでだろうな。―――愉しいんだ。こんな命の張り合いをしてるって言うのに―――」
言葉の余韻を残して祐一が消えた。消えたように見えた。祐一は【風】を今までで最も強く行使した。身体への負担などこの際無視。一撃で決められればそれでいい―――!
北川の真後ろに祐一が現れた!
既に右手は引かれている。あとはそれを突き出すだけだ。最大級の【風】を纏った拳を喰らえば、さすがにすぐには動けるようにはならないはず。
ゴ…ッ
北川の身体が吹っ飛んだ。
だが、当たりが弱い。確実に狙ったはずなのに、タイミングも完璧だったはずなのに、なのに当たりがずれた。
いや…ずらされたと言うべきか。
確かに狙いもタイミングも完璧だった。北川が反応し切れなかったのも事実だ。
実際、北川は振り返りきれていなかった。…それでも、当たりはずれた。
北川自身の身体能力ではなく、能力によって。
【歪曲】は軌道、流れを曲げる能力だ。
その対象は何も銃弾だけに限るものではない。
例えば―――相手の打撃にも
流れ というものがあるのだ。急激に変えられないとしても、その流れを逸らしてやればヒッティングポイントはずれる。まさにそういうことだったのだ。
北川は避け切れないと判断して【歪曲】を発動させた。
祐一の速度は凄まじく、その威力も相乗して大きくなっていた為に逸らし切ることは出来なかったが、普通に直撃を喰らうよりは大分威力を緩和することが出来た。
出来ていなかったら、意識すら失っていたに違いない。
「っのォ!」
祐一が北川に向かって【鎌鼬】を放つ。その射線は三。正面から一。左右から旋回するように二。それぞれが起き上がろうとしている北川へと迫る。
北川がその軌道を【歪曲】させ、お返しと言わんばかりに銃弾を叩き込む。
が、祐一も既に移動している。【歪曲】は確かに軌道を曲げることが出来るが、急角度の変化は無理のようだ。祐一はそれを感じ、一気に間合いを詰めた。
繰り出した拳撃を北川はまたも【歪曲】でずらし、避けた。だがそこで逃がすような祐一ではない。追いすがり、連撃を見舞う!
「ぐぅうううう……ッ!」
逸らしきれない。祐一の連撃は全てが【風】で加速されていて、かなりの威力を持っている。そのために【歪曲】ではそらしきれないのだ。
銃も近づかれ、これだけの連撃を受けていては撃つことも出来ない。
反撃も許されず、ただ攻め続けられている北川が、その危機的な状況の中で――――
哂った。
「愉しい。愉しいぜ相沢…ッ! そうだ! こうでなきゃ面白くない―――ッ!!」
瞬間、北川の【歪曲】が発動した。
今までで最も強く発動したソレは、祐一の拳撃を大きくそらし体勢を崩させた。
その瞬間には【練成】により、短銃身のショットガンが創られている。
狙いなど定める必要はない。ただ自分の身体に引き寄せ、トリガーを引くのみ。
ズドンッ!
爆発音と共にショットシェルが撃ち出された。火薬の爆発力はワッドへと伝わり、散弾を押し出す。
もともとショットガンは近距離の方がその真価を発揮する武器だ。
散弾は標的を抉るようにして破壊する。人体などひとたまりもない程の威力を持つ銃器だ。
当然、そんなものを喰ってやるわけにはいかない。
祐一はショットガンが創り出される瞬間を視界に入れていた。判断は一瞬。創り出され撃たれるまでの僅かな間に上へ飛ぶ。
それにより何とか散弾を避けることには成功したが、跳ぶ軌道を【歪曲】され、足を掴まれた。
「しま…っ」
そのまま地面へと叩き付けられた。背中から地面に激突し、全身に鈍い痛みが走る。
「終わりだ…相沢ァ!!」
叫び、バサリと何かが広がる音。北川の両手にショットガンが【練成】された。片腕で撃てば、その反動で腕がどうにかなってしまうのが普通だ。
だが北川の【歪曲】は反動の流れすら曲げてみせる。逃がすことなど…容易。
地面に倒れている祐一に向かい引き金を引き絞る!
その瞬間、祐一の内で―――――
ドン、という爆発音と共に、ゴゥ、と風が吹き荒れた。
「くくっ、くくく……っ」
哂う祐一に弾痕はない。すべて、消した。
バサリと翼が広がる。祐一の背には深紅。扉より出でしモノは全てを消し去る己の対岸。
―――扉は開かれた。
止める必要はない。完全に、ヤツの意識は縛り込んだ。
今ここにある意思は己のみ。干渉は受けない。制約もない。ただ絶滅することに専念するのみ。
「さて、殺り合おうか―――」
目の前を見据えて凶暴な笑みを浮かべる。
「―――ハハッ。お前も同じかよ」
「同じ? ―――どうかな…」
北川の背には真紅。天使でも悪魔でもない、狭間の存在。
堕天の翼を持つ者。
それが此処にもひとり。
哂う北川に、冷たい視線が突き刺さる。
コイツが同類? …笑わせる。
愉しめるか否か。そんなことはやる前から分かっている。
コイツなど俺の足元にも及ばない。
だが敵ならば殺す。殺られる前に、確実に。
今此処で消し去るのみ。
―――――此処にふたつの紅が激突する。
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