第35話   福 音 弾

 

 

 

「ち、ぃ!」

 久瀬が舌打ちし、後退する。

 放った弾丸は全て消し去られ、さらにそれが自分にまで浸食しかけたからだ。

 さらにバックステップで後退。それをしながら空のマガジンを落とし、新たにフル装填のマガジンを叩き込む。

 

 ドンドンドンドン

 

 不意の4発の銃声。

 その音に祐一と久瀬の両者がその場から離れた。

「なんて反射神経だ…クソッ!」

 毒づき、北川がさらに狙いを定め引き金を引く。

 左右の銃を一方にポイント。その先にいるのは久瀬だ。

 先ほどと同じく4点射。今度は同じ標的に向かってだ。祐一に撃ったとしても黒ノ風で消されるのが目に見えている。ならばまずは久瀬を狙う。

 久瀬は動かない。

 銃撃を前に、ただナイフを構える。

 不規則な軌跡を描きながら弾丸が迫る。

 そして。

 久瀬は弾が到達する寸前で、真横へと跳んだ。

 歪曲の能力は確かに銃弾の軌道を曲げ、弾道を不規則にする。だが、最終的に辿り着くのは相手の肉体だ。どんなに散ろうとも最終的に迫るのは肉体という限られた範囲なのだから、寸前で避けるのが一番効果的だ。確実に全てから避けられる。

 ナイフを抜いたのは念のためだ。

 そして、その行動は正しかった。

 真横へと跳んだ久瀬の動きに、北川の歪曲はついて行くことが出来ずに全てを避けられた。

 一発は当たるかと思われたが、それも手にしていたナイフによって弾かれてしまった。

 

 シュ―――

 

「クッ」

 小さな風切り音に、北川の銃弾を避ける為に跳んだ身体を強引にさらに後ろに投げる。

 かなり強引な動きに、肉体が悲鳴をあげる。骨が軋み、筋肉が鋭く痛む。

 だがそんなことを言っている場合ではない。そうしなければ被害を蒙るのは自分なのだ。

 元居た位置の先にあった木がズタズタに切り裂かれた。

 避けていなかったらソウなっていたのは自分自身の身体。生命線ギリギリの戦闘が繰り広げられる。

 

「ちょこまかと…!」

 今も鎌鼬を避けられ、祐一の怒りはだんだんと昂ぶって行く。

 右腕を逆袈裟のように下から上へ。そのまま返し頭上から真下へと線を引く。さらに左から右へ横一文字。

 瞬く間に閃いた三筋の軌道が、鎌鼬と成して撃ち出される。

 撃ち出し、同時に自らも走る。

 もはや能力は隙を生み出すための切欠。

 己と鎌鼬では、速度は鎌鼬の方が上。久瀬が横に跳んで鎌鼬を回避。―――そのタイミングに、一気に接近する。

「ォォオッ!」

 右の拳に溜め込んでいた能力のエネルギーを解放。黒ノ風へと変換―――

「甘いな」

 瞬間、ナイフが三閃。

 咄嗟に、投擲されたそのナイフを弾き落とす。弾き落とされたソレは地面へ突き刺さるが、

「な、に…!?」

 突如身体が動きを失った。動けない。束縛された。

 

「影縫いさ。しばらくそこでそうしているんだな」

 言う久瀬は、その言葉を残して疾走した。

「く、ぅ…」

 エネルギーの多用で全身を激しい疲労感に襲われている北川に、久瀬が迫る。

 右手のナイフを順手、左手のナイフを逆手に。まるで光芒を描くかのように刹那の間に銀のナイフを奔らせた。

「散れ」

「―――お前がな!」

 

 ゴゥンッッ!!

 

 凄まじい爆発音が響いた。

 北川が自分の後ろに隠していたショットガンの引き金を引いたのだ。

 北川があそこまで疲労感に襲われていたのは、このショットガンを練成したからだった。

 練成の能力は、その創り出すモノの質量と、仕組みの複雑さによってエネルギーの必要量が変わっていく。そして今北川が作り出したショットガンは、かなりの質量を誇る。全長は90センチ程あり、それに装填するショットシェルは、散弾と呼ばれる特殊なモノだ。複数の鉛球をばら撒く銃弾と言ってもいいような代物。その仕組みは普通の銃弾と違い複雑になる。

 

 北川が驚愕に目を見開いた。

「あぐ…ッ」

 左腕に灼熱のような痛みが走り、咄嗟に右に跳ぶ。

 もし跳んでいなかったら腕そのものが持っていかれたに違いない。

 避けたはいいが、既に体力も限界に近い。着地も上手くできず、地面へと転がった。

 

 当然、今腕を切り落とそうとしたのは久瀬だ。

 放った散弾は、久瀬を仕留めていなかった。それどころか、足止めにもなっていない。

 北川がショットガンを抜いた時には既に左へと回り、射線から逸れていた。

 左へと回ったその勢いで逆手に握った左手のナイフを北川の腕に斬り入れる。その北川の左腕を支点として、弧を描くようにして右手のナイフを背中へと突き立てようとしたが、その寸前で避けられた。

 

「くッ」

 遅れてやってくる痛み。

 久瀬も無傷というわけではなかった。

 鉛球をばら撒く散弾だ。射線もその分広くなる。咄嗟に左に避けたとはいえ全てを避けられたわけではなかったのだ。

 左腕と左脚部に数発。一発一発は普通の銃弾ほどの威力はないが、複数喰えばそれも変わってくる。

 実際、久瀬の左腕は反応が鈍っている。足も動くが、そう無理な動きは出来そうもない。

 

「ぐ、ぅぅう…ああぁあああぁぁあああッ!!!」

「ッ!?」

 突如叫びが上がった。

 空気を震わすほどの叫び声。その発信元は―――

「影縫いを無理やり外すつもりかっ」

 

 びき、びき、と全身が悲鳴を上げているのが分かる。当然だ。動かない身体を強引に動かそうとしているのだから。

 影を地面に縫い付けられているのだから動かないのは当たり前。だが、無理にでも動けば、その針は抜けてしまうのだ。針が抜けるとは即ち影縫いが無効化されるのと同意だ。

「ぐ、ぁぁあああああッ!!」

 パキン、という小気味いい音を立てて影縫いのナイフが弾き跳んだ。その瞬間、身体に自由が戻ってくる。

「させるか!」

 そんな瞬間に飛来する5本のナイフ。能力を発動させるには時間が無さ過ぎる。だからと言って避けるにも時間が足りなかった。

 よって、全てを弾く。

 ナイフを弾くと、瞬時に能力のエネルギーを活性化させる。

 エネルギーを風へと昇華。さらに風を黒へと変換―――

 また影縫いなら面倒なことになる。それが影縫いとしても効果を発する時、己の影へと突き刺さるより前に、その影へと落ちようとしていたナイフを―――消滅させる!

 

 だが。

 

「ぐぅ、あ…!?」

 再び、その身体は束縛された。

 影縫いではない。影に何も突き刺さっていないのだからこれは確かだ。

 それに、動くことは何とかできる。だが、速く動くことも出来なければ、立っていることも辛い。

 そして何より、影縫いと違い全身に激しい痛みが突き刺さる。

天使級捕縛結界エンジェルス

 その声に、何とか顔を向ける。

「悪魔用の結界だが、当然、そちら寄りのお前たちも効き目はあるということだ」

 久瀬が言いながら、北川を中心に4本のナイフが十字を描くよう投げ、地面に突き立てる。

 その瞬間、空気の爆ぜるような音がして光が上がった。これが結界。

 祐一の周りにも、十字を描くようにナイフが刺さっている。5本あったのは、結界と分からせないための囮か。

「さて…」

 久瀬が北川へと歩を進め、銃を抜く。

「北川潤。散る前に何か言い残すことはあるか?」

「―――ないな」

 結界の中、北川がハッキリとした口調で告げる。

「そうか。なら―――散れ!」

 久瀬の指に力が篭る。トリガーがだんだんと引かれ―――

「散る気も…ないなッ!」

 

 ボン!

 

 北川が手を返したと思った瞬間には、視界いっぱいに煙が広がっていた。

「ち、煙玉か!」

 構わず、久瀬が引き金を引く。

 

 ドンドンドンドン

 

 吐き出された4発の銃弾が煙の壁を突き破る。

 だが、悲鳴ひとつ上がらない。

 煙がだんだんと晴れ―――そこに北川の姿は無い。

 

「逃げたか。―――だが、結界をそうも簡単に堕天使が抜けられるとは思えない。そうなると…いや、まさかな…」

 頭を振り、その考えを切る。

 逃げられたものは仕方ない。ならば、せめてもうひとりは確実に討つ。

 

 久瀬が銃のマガジンを落とし、新たなマガジンを叩き込む。

「―――錬金で合成した希少銀に極小単位の呪文を転写した弾丸だ。さっきまでの祝福儀礼のみの弾丸とは比べ物にならない」

 スライドを引き、ハンマーを起こす。そしてそれを祐一へと向けた。

「…くッ」

 

「迷える子羊に安寧を。狼の牙にひとときの休息を。そして悪魔に死の鉄槌を!

 消えろ、堕天使! ―――福音弾ゴスペルッ!!」

 

 

 瞬間、凄まじい爆発音と共に、闇を討ち抜く銀の奔流が迸った!

 

 

 

 

 

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