第34話   闇 を 討 つ 白 銀

 

 

 

 向けられた銃口から白煙が昇る。

 その向けられた先に注がれるのは確かな敵意。

 

「―――お前は」

 祐一が、相沢祐一の記憶を検索していく。自分に目の前の者に対する記憶はない。だが、相沢祐一にはあるかもしれない。

 姿を映像とし、相沢祐一の中で照会、検索する。

 答えは―――あった。

「久瀬」

 

「か、ごほっ…。――っ。久瀬会長が、何でこんな所に…」

 身体を起こしながら北川が言う。久瀬が撃った弾丸のお陰で自分が消されることはなかったが、久瀬が此処に居る、という事実が奇怪だった。

 それに―――銃を向けている、というその事実も。

 

「―――相沢祐一と、北川潤か」

 眼鏡の奥、その瞳がふたりの姿を捉え、鋭くなる。

「おい、お前…。何の用かは知らないが――邪魔するってんなら、消すぞ」

 ギラリと祐一の眼が鋭くなり、惜しむことなく殺意を突きつける。だが、そんな殺意など気にも留めず久瀬は淡々と語る。

「堕天使…天使でなければ悪魔でもない、狭間の存在。どちらかと言えば悪魔寄りか。

 …悪魔寄りということは【闇】だ。討つに相当する…」

 祐一と北川の言葉に対する答えは、含まれていた。

 

 此処に居る理由―――それは闇を討つ為。

 邪魔をするか否か―――もとより討つつもり。

 

 瞬間、久瀬の銃が跳ね上がった!

 撃ち出される弾丸。それが向かう先には祐一がいる。

 祐一が再び【黒ノ風】で迎え撃つ。消滅の風は弾丸を包み、僅かな時間で消去する。

 しかし、それは一瞬でではない。一瞬ではないと言うのは、なかなか危機的なものだ。

 銃弾の速度は眼で追えるほど遅いものではない。一瞬でも反応が遅れれば身体に穴が開く。

 そして、一瞬で消せない理由は、理解できた。

「祝福儀礼を施した銀弾頭か…確かにそれならば能力のエネルギーのようなものを持っているのにも納得がいく」

「ふん…。もともと悪魔用の弾丸とはいえ…悪魔寄りの堕天使にも効果はあるだろう?」

 祝福儀礼、それは物体を【聖なる物】とする技術。明確にはもっと違うものだが、簡単に言えばそんなものだ。

「くくく…っ。確かに、なかなか厄介な代物だ。…だがどうした?

 まさか、それだけで俺を討つつもりか? 能力者でもない、ただの人間が?」

 祐一は久瀬が能力者ではないと言った。能力者でない人間では、能力者に太刀打ちできないのは目に見えている。身体能力がまず劣ってしまうし、それになにより【能力】の存在が大きい。例えば、祐一の【黒ノ風】など対抗する手段など皆無だろう。

 常識的に考えて、無謀としか言いようがない。

 如何に祝福儀礼を施した武器を持っているとしても、それだけでは勝ち目などないのだ。

 

 祐一の言葉に久瀬は答えない。

 ただ―――その足裏で爆発が生じた!

 

「なッ!?」

 虚を突かれたのは北川だ。

 久瀬の速度は予想以上なんてものではない。その速度、まるで能力者と同等。下手をすればそれ以上だ。

 久瀬の向かっている方向にいるのは祐一だ。

 そして、その間には北川がいた。

 完全な不意打ち。

 もう少し反応が遅ければどうなていたことか。

 久瀬は祐一へと走りながら、いつの間に手にしたかも分からないナイフ3本を北川へと投擲していた。

 それをギリギリのタイミングで【歪曲】を展開し、なんとか避けたのだ。

 当然ナイフにも祝福儀礼は施されている。だが北川の能力は能力の強弱など関係ない。軌道を曲げるのであって、エネルギー量に依存するわけではないのだ。依存するのは、質量と、その力だ。

 よって、いかに祝福儀礼を施されているとはいえ、それはただのナイフの軌道を曲げるのとまったくの同意なのだ。

 

―――などと北川が考えている間に、久瀬は既に祐一と激突していた。

 

「消えろ!」

 祐一が走りくる久瀬に向かって消滅の風を放った。それは渦を巻き、一直線に久瀬へと迫る。

 だが久瀬の反応は早い。黒ノ風を視認した瞬間には上へ跳んでいる。

 黒ノ風を跳び越し、さらに祐一すらも跳び越す。能力者でないとは思えないほどの身体能力。その事実に祐一は歓喜する。

 祐一を跳び越した久瀬は、着地する前に空中で引き金を引いた。

 連続で2回の発砲音。

 祐一はそれを無理に迎え撃とうとせず、横に跳ぶ事で回避した。あれだけのエネルギーを秘めた弾丸を消すには距離が足りなさ過ぎると判断したからだ。

 横に跳んだ祐一は後ろに着地する久瀬に向かって鎌鼬を放つ。

 速度は黒ノ風より速い。数メートルしか離れていない距離ならば、数秒と掛かるまい。

 久瀬は着地と同時に地面を蹴り、祐一の脇を抜けるように斜めに走る。

 鎌鼬はそんな久瀬のすぐ横を通過し、微かに頬に傷をつけた。だが、そんなことで久瀬は止まらない。

 祐一と久瀬が交差する。

 鎌鼬を撃ったばかりの祐一は次の能力を発動できない。

 久瀬は擦れ違い際、祐一の後ろに回った瞬間に引き金を引き絞り―――跳び離れた。

 

 久瀬のいた箇所を、弾丸がなぞる。

 避けていなければ心臓を撃ち抜かれ、赤い鮮血を撒き散らして絶命していたに違いない。

「………」

 久瀬が横目で銃弾が飛んで来た方向を確認する。

 そこには、銃を向ける北川の姿。両手に銃を持ち、右手のみを向けている。

「相沢は俺の獲物だ。……邪魔するな!」

 瞬間、右手の銃から弾丸が吐き出される。連続で3発。それがすべて一直線に久瀬へと迫る。

 久瀬が横に大きく跳ぶことでそれを回避し、さらに着地と同時に体勢を低くした。

「チ」

 北川の舌打ち。

 北川は右手の銃から撃ち出したそのコンマの後に、左手の銃も引き金を引いていた。

 右の銃弾はただの体勢崩し。本命は左だ。

 右の銃弾を避ければ、体勢が崩れる。そこを【歪曲】によって追撃させた左の弾丸で撃つ。

 つもりだったのだが、そんなことは見抜かれていた。

 体勢を低くされたせいで、上を通過してしまった。さらに曲げることも不可能ではいが、曲げるには距離が足りなかった。

 

 体勢を低くした久瀬は、その膝に溜め込んだ力を爆発的に解放し、再度祐一へと近づく。

 だが、今度は祐一も迎え撃つ体勢は取れている。

 両手にはエネルギーを収束し、黒が渦巻いてる。

 

―――距離が縮まる。

 

 祐一が黒閃を、

 久瀬が銀閃を、

 

 

 奔らせた。

 

 

 

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