森を駆けるふたりの表情は、すべてを包み込むかのような闇に遮られ伺うことはできない。
 故に、伝わるのは声のみだ。
「祐一さん、大丈夫でしょうか……」
 心配と不安を混ぜ合わせたかのような佐祐理の声が、少し離れたところを進んでいる夏杞の耳に届く。
 彼女が不安に思うのも当然だ。
 祐一が対峙しているのは悪魔。それも上級だと容易く判断できるほどの力を秘めている。実際に体感している夏杞にとってみれば不安は相当のものであろう。
「祐一なら大丈夫よ」
 ――だが、夏杞はその不安を吹き飛ばすかのように、いつも通りの声色で言う。

「だって、私の息子だもの」



□ 第79話
一 対 一
 
 
 
「……アイツとは、違うようだな」
 立ちはだかった祐一を正面から見据えたヴェルは確認するように言った。
 その言葉の指す意味を理解した祐一は、あぁと一言だけの回答を返すと右手を下ろした。
「さて、悪魔ヴェルフェゴール……だったか? できれば退いて欲しいところなんだが、って答えは聞くまでもないか」
「当たり前だろう? 俺は悪魔。お前は天使もどきだ。両極は相反する。俺たちも例外ではないさ」
 く、と笑う。
 祐一は軽く笑みを浮かべてから、右手を握りこんだ。それは意思の表明に他ならない。
「お前ひとりで、本当にこの俺を止める気か?」
「ひとりで三人を相手にしようとしていたお前よりは、現実的だと思うけどな」
「ふ、違いない」
 ぴり、と空間に痺れが走ったかのような錯覚。
 両者の間に緊張が張り詰めていく。相乗するように敵意が、エネルギーが高まっていく。
 このまどかに刳り貫かれた空間に在るのは相対する二者のみ。他の介入などなく、ふたりを止める存在など在りはしない。

 ――故に、激突は必至である。

 祐一を中心に、空気の流れが変わった。
 ただ流れていただけの空気が勢いを持ち、風と成る。渦巻くほどまでに肥大化した風は攻撃の意思を自らが持つかのように周囲へと牙を剥き始めた。
「――風の能力」
 ヴェルは確認するように呟く。
 相手の能力を知ることは、知らないことと比べれば格段に有利である。能力には発動と同時に効果の現れるタイプや、理解の範疇を超えるようなものまであるため、祐一の「風」のように見て判断できるものはまだ易しいと言える。
 対す祐一は油断なくヴェルの動向を見ている。相手の能力を知っている分、動きはさらに慎重だ。
 ヴェルの能力である「空間の削去」はそれ単体での殺傷力が皆無である。ただし、空間を削ったことで起きる、削られた面どうしが接合しようという働きによる一種の空間移送が破壊力を生み出す。
 さらに、この能力は使用者に動作の必要がない。エネルギーの流動から見抜くしかないのだ。動きが慎重になるのも当然と言える。
「――……」
 深呼吸を、ひとつ。
 それが意思を決定付ける最後の確認だったのか、息を吐き再び前を向いた祐一は、
 すでに地を蹴っていた。
「っ!?」
 その速度は能力者の中でも群を抜くものだった。
 虚を突かれる形となったヴェルは、しかし祐一が完全に接近しきるよりも早くナイフを放つことに成功していた。
 ナイフの利点は動作が少なく済むことにある。銃では抜く、撃鉄を起こす、引き鉄を引くという最低でもスリーアクションを必要とするが、ナイフでは抜く、振るのツーアクションで済む。場合によっては抜くことと振ることが合わさってワンアクションともなる。そして振るのと投げるのは同時だ。
 さらに、今ヴェルが投げたナイフは袖口に隠していた、一番行動が早く済むものだ。ギリギリのタイミングで投げたナイフに反応することは想像以上に難しい。
 ――だが、それさえも予想していた祐一には苦でもなんでもなかった。
 ナイフが祐一に触れるよりも前に横へと逸れる。祐一を取り囲む風の流れによるものだ。たったそれだけの動作ではあるが、ナイフの軌道が逸れただけで回避は少し体を捻る程度で足りてしまう。
 祐一はその捻った体を戻さず、逆にそのまま回転することを選択した。回転に乗せた横凪の裏拳をヴェルは屈むことで避ける。だがそれすらも読んでいたのかのように、祐一は回転の勢いを殺さず一歩を踏み出し、跳躍した。
 ヴェルの真上を通るような跳躍のさなか、祐一は手先へと意識を集中させていた。集中とはすなわち能力の発現である。その彼の手の内で急激に肥大化したエネルギーは瞬間で風を作り出す。
(速い――!?)
 回避さえ間に合わない。
「潰れろ!」
 気迫がそのまま暴力のような風圧へと替えられた。真上から叩きつけられる暴風に堪らずヴェルは地面へと叩きつけられる。臓腑がそのまま圧迫されるかのような衝撃に一瞬視界が飛ぶが、衝撃自体も一瞬に過ぎない。
 祐一は自らが放った風の圧力と跳躍の勢いで、前方へと大きく体を飛ばされていた。ぐるりと一回転するように足から着地。勢いを殺す代償に地面が砂塵を上げる。
「――」
 祐一は、完全に静止した体を起こしながら悪魔を見遣る。地面に手をつき、体を起こそうとしていながらも、その動きは痛みによるものか遅い。
 一見すればそれは好機だった。だが、祐一は焦って攻めるようなことはしない。
 いかに好機に見えたとしても、それは普通の人間ならば、という言葉があっての話だ。相手は悪魔であり、人間ではない。そして、何よりも違うのは能力の有無。
 そう、例え体勢を崩し、体が反応できないような状況であったとしても、
 能力の発動は不可能ではない。

 チ、と祐一の頬を何かが掠めた。
「な……」
 戦慄が走る。祐一は確かにヴェルの動きを逐次見ていたはずなのに、発動を感知することが出来なかった。
 否、感知できなかったわけではない。僅かな、本当に僅かな流動は感じたのだ。ただ、その流動の小ささ、そして流動から発動までの驚くような速さのために反応できなかった。
 頬に触れた祐一の手は、薄く血を掬った。掠めた何かが頬を切ったのだろう。
 今の攻撃が何によるものなのかは、一瞬過ぎて判断することが出来なかった。故に、闇雲に動くことも出来ない。ヴェルが完全に体を起こすのを眺めながら、祐一の背に嫌なものが流れる。
 ――明らかに、マズい。
「言うだけの事はある」
 多少声色は辛そうではあるが、ハッキリと通る声でヴェルは祐一に背を向ける形で言う。
「なら、こいつは抜けられるか?」
 言葉の終わりと共に、プレッシャーを与えるほどのエネルギーが流動する。
 範囲は小規模。されど数は複数。
 祐一を取り囲む形で、いくつもの能力によるフィールドが形成された。それが意味するもの、そして、この先起こり得る事を想像する。

 物体の空間移動による加速が武器ともとれる能力。展開されたフィールドは地面スレスレに小規模が複数。
 それは、

「――行け」

 地面に転がる石ころを超加速させ――――さながら、弾丸と成す。
 同時に複数を制御するために発動までの速度を犠牲にしたが、代わりに得た範囲が及ぼす効果は絶大である。
 地面から祐一へと牙を剥いた弾丸は、それこそ無数。祐一の失敗が何であるかと問えば、動きを止めたことという答えが返る。立ち止まらず、迷わずにその場を離脱していたならば自身へと牙を剥く石片
は少なく済んだはずだ。
 この距離、この速度では如何に風を巻き起こそうとすべてを吹き飛ばすことはできない。

 故に。
 講じる手段は、違う一手である。
 自身へ迫る脅威を吹き飛ばすことができないのならば、その脅威自体を消し去ってしまえばいい、、、、、、、、、、、

 スイッチを、入れる。―――――カチリ。
 
 
 

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