Panic Party  第二十八回  邂逅

 

 

 

 廊下を音を立てないように歩いていく。その途中でT字路に差しかかった。

「折原ぁ、こっちには居ないみたいよ」

「あぁ」 

 曲がり角があると、とりあえずそこから顔だけ出して、黒服の居ない道を選んでいく。校内に入ってからはその繰り返しだ。

 時に回り道をし、見つからないように慎重に進む一方で、各教室も探索し、長森が居ないかどうか確かめていく。

 

(…まずいな) 

 

 七瀬には言ってないが、俺は気付いていた。

 あまりにも簡単に潜入できたことを始め、校内に入ってから道がふたつ、もしくはみっつに分かれているとき、確実に道を選ぶ選択肢は消滅している。

 ふたつに分かれている場合は片方の道に、みっつに分かれている場合にはそのうちふたつの道に黒服の姿があるのだ。

 どちらの場合も黒服とこちらの距離はかなりあって、肉眼でかろうじて確認できる程度だが、基本的に廊下は白色を基調としている学校の廊下ではその姿はあまりにも目立つものだった。

 だから俺達は黒服のいない道を選んでいく。

 いや、選ばされているのだ。

 つまりこれは…

 

「誘導…されてるわね」

 

 七瀬が俺の考えの続きをつぶやく。

「気付いてたのか?」

「今さっきね」

 七瀬は苦い顔をして言った。

「にしても、俺にはさっぱり分からん。一体テロリストの目的はなんなんだ? 長森を拉致したり、学校を占拠したり、そうしたかと思えば、侵入者を捕まえずにどこかに誘おうとしている。一体どう言うつもりだ?」

 もうどうせ見つかっているだろうから、いちいち声を潜めて話すことはしない。

「そんなことあたしに訊かれたって分かるわけないじゃない」

 それもそうだ。

「どうするの、折原。このまま進むと確実に罠にハマるわよ。このまま引き返すとか…」

「無駄だっての。というか十分に罠にはまってるよ俺達は。今ひき返したところで、結局同じところに誘導、、されるだけだっての」

 七瀬はう〜んと唸り。

「結局進むしかないってこと?」

「あぁ、どう言うつもりか知らんが、どうせだから首謀者のツラでも拝んでやろうぜ」

 喋りながら再び角を曲がる。黒服が居ない方へ、居ない方へ。

「…そうね」

 俺達はそんな後ろ向きな決意のもと、歩き続けた。

 

 最悪の事態というものを想定しながら。

 

 

 

 

 

 南舎二階、の真中辺り。

 予想していた通り、その場所で黒服の挟み撃ちに遭った。

 前から、そして後ろから黒服がこちらに徐々に歩いてくる。

 

 かつ、かつ

 

 かつ、かつ

 

 リノリウムを靴が叩く音が反響する。

「あー、ここか。誘導先は」

 どうやら、入れということらしい。

 

『職員室』

 

 そんなプレートを確認するまでもなくそこは職員室だ。 

 少なくとも俺はあまり入りたくない部屋だった。

 しかし、逃げ道はそこしか、ない。

「そうみたいね。どうする?」

「どうしようもないだろ? 入るしか」

 七瀬に言ってから、その扉に手をかけ、意を決して開けた。

 七瀬も俺に続いて入り、扉を閉める。

 そして、

 

「ようこそ、折原、そして七瀬さん」

 

 そこには、楽しそうにワラいながら、

 俺達を歓迎する南の姿があった。

「お前がテロリストの首謀者というわけか?」

 まさかとは思いながらも訊いてみた。

「ま、そう言うことだな」

 南はあっさり答えて椅子から立ちあがる。

「瑞佳はどこ!?」

 七瀬は俺の前に出た。

「さぁ、一体どこにいるんだろうな。実は最近物忘れが激しくてね。うっかり忘れちまったよ」

 下卑た笑みを浮かべて南は言った。

 七瀬の感情が逆立っていくのが、後ろから見てもよく分かった。

ふざけるなっ!」

 七瀬は一喝して右手を机に叩きつけた。

 机が拳の形にぼこりとヘコんだ。

「おぉ、怖い」

 南はさして驚いた風もなく言った。

「お前の…お前等の目的は何だ? どうしてこんな回りくどいことをする?」

 七瀬を手で制して、俺は気取られないように南に少し近付いた。

「それに、さっきの花火は何だ? お遊びで打ち上げたわけじゃないんだろ?」

「一応言っておくが、花火のことを俺に訊くのは筋違いだ」

「筋違い? どう言うことだ?」

「さぁ、そんなことは自分で考えな。それと、俺達の目的だが、実はもう気付いてるんじゃないか? 折原。お前、昔から妙なところで鋭いからな」

 俺も相当に買かぶられたもんだ。

「皆目見当もつかん。それに、分からないから訊いてるんだけどな」

「ふぅん、そうか。でも、それは人にものを請う態度じゃないな」

 南は肩を竦めて言った。その瞬間、後ろの七瀬の気配が爆発的に膨れ上がる。

「止せ! 七瀬っ!」

 振り向いて、七瀬を押し止める。七瀬は今にも南に飛びかからんばかりに激怒していた。

「こ…の、放してよ浩平。あいつを一発ぶん殴って…」

「それでその後どうなる? 絶対に無事に帰れなくなるぞ。そもそも俺達はここに何をしに来た?」

 七瀬はハッとした。

 そう、俺達はここに長森を助けに来たんだ。当然、南を殴りに来たわけではない。 

「ごめん、折原」

「ああ、とりあえず今は大人しくしてくれ。こいつから話を聞かないことにはどうにもならん」

「うん」

 七瀬が頷くのを見てから南へと向き直った。

「すまないな」

 こんなやつに謝るのは虫唾が走るほど嫌だったが、我慢するしかなかった。

「なかなか殊勝な態度だな。仕方がない、教えてやろう。だがその前に―――」

 南はモニターのひとつに目を遣った。

 

「特別ゲストだ」

 

 俺達が入ってきた扉が開く。そこには―――

「…浩平」

 茜を始めとする面々が居た。

 

「お前ら、家に帰れって言っただろうが…」

 

 想定していたよりもさらに最悪の事態の到来に、俺は生まれて初めて胃が痛むのを感じた。

 

 

 

  


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