Panic Party  第四十一話  魔物ハンター

 

 

 

「ひゅーいちはひゃめつい」 

 とりあえず今回も無事に魔物を始末し終え、時間も丁度いいということで、佐賀県ではないがオレンジの看板が素敵な牛丼屋『吉田屋』にて俺と舞は昼食を楽しく摂っていた。

 舞は口一杯に牛丼を頬張りながら何かを言う。全く意味が分からなかったが、今までの会話の流れからするとたぶん『祐一はがめつい』とか言ったんだと思う。

「…別にいいだろ? くれるって言うんだから」

 楽しいかどうかは置いといて、とりあえず今話題になってるのは今回の魔物退治の謝礼についてだった。

 今回の仕事は神社に巣くっている魔物の退治だったんだが、終った後で住職にその報告をしたらたいそう喜んで、謝礼金を払ってくれたのだ。それも結構な額を。

 舞は断ろうとしたんだが、その横手から俺が素早く受け取ってしまったため、少し不満に思っているんだろうと思う。

 基本的に魔物退治はボランティアでやっていることなので報酬については要求しないが、たまにこういうことがあったりする。まぁ、そうじゃないと旅なんてできないだろうけど。

「それにな、舞。やっぱり金というのは大事だぞ。お前だって先月みたいなことは嫌だろ?」

「………う……」

 器用にもほっぺを膨らしながら渋面を作る舞。喉に詰まったらしい。

「ほれ、水」

 んぐんぐんぐ、ぷは。

「あれは…いいダイエットになった」

「冗談言えっての。さすがに死ぬかと思ったぞ」

 一ヶ月ほど経つとはいえ、全く無一文になって舞とふたりで食べられる草を探して半日ほど野山を徘徊したことはまだ記憶に新しい。

 この行為は全くの逆効果でむしろ余計に腹が減った。通り掛かりの旅芸人がメシを奢ってくれなければ間違いなく餓え死にしていたはずだ。

「…祐一は根性が足りない」

「そう言う舞だって地面に突っ伏してうーうー唸ってたじゃないか」

 舞は渋面のまますっとぼけた。

「覚えてない」

 相向かいの席を通して睨み合うふたり。ふと空しくなってくる。

「…昔のことは忘れようか。やっぱり大事なのは今だよな」

「…はちみつくまさん」

 同意して食事に戻る舞。

 舞が大盛りだったのに比べて俺は普通だったので、俺はもう食べ終わっていた。

 だから何となく手持ち無沙汰になり、舞が食べ終わるまでの間店内を見渡した。

 時間のせいか、安さのせいか、あるいはその両方か、椅子は全て客で埋まっていた。

 そのほとんどがスーツ姿のサラリーマンなのを見ると、今日は平日なんだなぁ、と改めて実感する。

 旅をしているせいで俺は曜日はほとんど気にしてない。気にしたところで学校に行ってない俺には無意味だし、関係がない。既に卒業している舞にしてもそうだ。

「四ヶ月かぁ…」

 店内に見るものもなくなったので、呟きながら店内のガラスの向こうの空に視線を泳がせる。

「………?」

 舞は何の事か分からず一瞬不思議そうな顔をして、一拍遅れてからその意味に気付く。

「佐祐理…元気かな?」

 俺達が旅に出て、おおよそ四ヶ月が経った。旅立ったときには満開だった桜も既に散り、夏が顔を出した。もう春の景色は完全になりを潜めている。

「あのひとのことだから元気でやってるだろ」

 佐祐理さん―――俺と舞の親友の倉田佐祐理は高校を卒業したあと、進学せず実家、倉田財閥の跡取になった。既に仕事もいくつか任されていて、日本全国を北へ南へ東へ西へと大忙しの毎日を送っているらしい。

「にしても…」

 改めて思う。もう四ヶ月が過ぎたのかぁ、と。

 この四ヶ月で俺はおよそ高校生では想像すらできないような修羅場をかなりの数抜けてきたと思う。俺はこの旅を通して自分の力で行き抜くということを学んだ。たぶん、舞にしてもそうだろう。

「四ヶ月か…」

 声に出してみる。思ったほどには感慨は沸いてこなかった。

 代わりに、旅に出たときのことが思い浮かんできた。

「………」

 考えてみると、どうして俺は旅に出たんだろうか。いや、舞にくっついてきたというのが一番正しい答えだとは思うんだけど。すこし整理してみるか。

 

 事の始まりは卒業式の翌日。いろいろといざこざを起こしながらもなんとか無事卒業した舞は、更に周囲の人間(俺と佐祐理さんだけだが)を驚かせるような行動に出てくれた。

 何の前振りもなく、それも唐突に、就職したのだ。しかも『魔物ハンター』などというわけの分からん職業に。

 俺はさっぱり聞いたことはなかったが、それはかなり昔からの存在する伝統的な職で、おおよそ千年前、平安時代頃からあるらしい。ちなみに世襲制だとか。

 当時はどう呼ばれていたかは知らないが、その『魔物ハンター』が日本の平和を維持するのに一役買っていたんだという。彼等が居なければ、この小さな島国などとうに滅びているとかいないとか。

 …というかなり眉唾な話だったが少なくとも舞は本気で、既に今代『魔物ハンター』の二つ名も襲名したんだと言う。もう旅に出るための荷造りも始めていた。

 その仕事の内容は読んで字の如く、魔物…妖怪変化の類を狩るというものらしい。それも日本中の。故に舞が旅に出るのは必定と言えた。

 当然俺と佐祐理さんは焦りまくった。舞本人が決めたことだから反対はしないとはいえ、かなり急な話だ。心構えと言うものがまるで出来ていない。

 とりあえず俺と佐祐理さんは即席のお別れパーティーをセッティングした。小さな、小さな三人だけのパーティーだ。

 それでも舞は驚いて、喜んで、そして泣いていた。

 俺達も思わずもらい泣きをしてしまい、何か湿っぽいパーティーになってしまったけれど、やっぱりそんな最後はいやだから、

 ラストは三人で泣きながら、笑って、別れた。

 道は別離わかれてしまったけど、それでも俺達は親友だった。

 それが、四ヶ月ほど前のことだ。

 

「…説明になってねぇじゃん」

 俺は脳内細胞が致命的に足りてない俺の脳に多かれ少かれうんざりしながら呟いた。

 この説明だと、どうして俺までここに居るのかが分からない。笑顔で別れた後、俺は何かを決心して舞に付いていくことを決めたはずだった。

 その時の決心の内容はとてもひとには語ることができないし、思い出すのも恥ずかしいので記憶の底に多重ロックをかけて厳重に封じてある。

 だから何があったかは詳しく語るつもりがないが、強いて理由を挙げるとするなら…

 

「…放っとけなかったんだよなぁ」

 

 これが全てだ。深い意味はない。

 ちなみに、学校には休学届を出してある。

 両親及び妹は海外に行ってしまって連絡が取れないため無断だが、一応今の保護者は俺の母さんの妹、俺から見ると叔母である秋子さんなので彼女の了承を必要とした。秋子さんは少しだけ寂しそうに、

『……祐一さんが決めたことなら…』

 と承知してくれた。

『辛くなったらいつでも帰ってきていいのよ? ここはあなたの家でもあるんだから』

 そう言われたときには、家族だと認められてると実感して、思わず目頭が熱くなったものだ。

 そう言えば、名雪は元気にしてるだろうか?

「祐一…?」

 牛丼を食べ終わったらしい舞が不思議そうな顔を見せてくる。どうやらひとりごとを言っていたらしい。

「いや、何でもない」

 とりあえず弁解して、俺は立ちあがった。

「さて、じゃあそろそろ行くか」

 舞も小さく「ごちそうさま」と合掌してから席を立つ。

 勘定を済ませて店から出ると、夏の陽光が目を射抜いた。

「っ!」

 改めて今が夏であることを思い知った。

「暑い…」

 舞がポツリと呟く。確かに暑かった。

「さっきまではマシだったのにな」

 じりじりと陽光は首筋を焼く。ここは割と北のほうの土地だから幾分かはマシなはずだが、それでもこんなに暑いことを考えると、少しやるせなくなる。

 ん、そう言えば。

「なぁ、舞。地図貸してくれ」

 頷いて背負っていた背嚢はいのうから地図を取り出す舞。何度も使われて、ふにゃふにゃになってしまったそれを受け取ってぺらぺらと捲る。

「あ、やっぱり」

 この辺りの雰囲気はどこか似ている、、、、と感じていたが、思っていた通りだったらしい。

「舞、ちょっと寄っていきたいところができたんだけどいいか?」

「はちみつくまさん」

 それがどこかも訊かずに頷く舞。いつも目的地は俺が決めているので、今回も特に異論はないようだった。

 胸ポケットに刺してあるボールペンで地図にささっと印をつけると、俺は舞に地図を返した。

「じゃあ、こんな暑いところでじっとしてるのもアレだし、さっさと行くか」

 言って、俺は歩き出した。

「はちみつくまさん」

 舞も頷いて、地図を持ったまま俺の前に出た。

 俺達が旅をするときのいつもの光景だ。舞は俺なんかよりも方向感覚が優れているので、地図を持たせてナビをさせると必ず迷うことなく最短ルートで目的地に辿りつける。

「祐一、ここ…」

 地図を確認して、やや驚いた声を出す舞。

「あぁ、いつの間にか近くに来てたみたいだな」

 俺は笑って答える。

 地図上のある場所にはボールペンで丸印がつけてあった。その円の中にはこう書かれていた。

 

『華音市』

 

 

 

  


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