Panic Party  第四十二話  帰還、水瀬家

 

 

 

「………」

 何となく、帰ってきたんだという気持ちになった。

 ここに滞在した期間は七年前にそれなりと、今年の初めに少し。

 俺の人生においてはそう長い期間ではなかったにも関わらず、そんな気持ちになるのは、やはりここが大切な場所だからだろうか。

 俺は今、舞と共に水瀬家の前に居る。

 舞は舞で華音市には思うところがあるだろうから着いてからは別行動をしようと思ってたんだが、何故か『わたしも一緒に行きたい』と言い出したので、共に水瀬家までやってきたというわけだった。

 秋子さんには家族と認定されているとはいえ、四ヶ月ぶりに帰ってきていきなりドアを開けるのははばかられたので呼び鈴を押す。

 ぴんぽん、と軽快な音がして、

「はい、どちらさま…」

 秋子さんが出てきて、一瞬驚いた顔をした。

「ゆ、祐一さん…?」

 秋子さんの驚いた顔を見るのは実に初めてのことで、内心かなり驚愕していたがあらかじめ言おうと決めていたことは忘れなかった。

 

「…ただいま、秋子さん」

 

 驚きながらも秋子さんは、

「ええ、おかえり。祐一さん」

 笑顔で迎えてくれた。

「あら…?」

 秋子さんは俺の後ろに居る舞に気付いて、意外そうな声を出す。

 俺が紹介しようと思って口を開いた瞬間、舞は軽く会釈をして言う。

 

「お久しぶりです、先代」

 

 一瞬、どういう意味か分からなかった。

 そして、その意味に気付いたとき、

「ええええ――――――――――――――っ!?」

 昼下がりの郊外に驚愕の声が響き渡った。

「祐一、近所迷惑」

「え、いや、だって、先代って? え?」

「お久しぶりね、舞さん。精進してる?」

「ええ、おかげさまで」

 パニくる俺を余所に、会話を続ける御両人。

「ちょっと、ちょっとストップッ!」

 間に入って、強引に話しを止める俺。

「えっと、とりあえず確認したいんですけど…」

「ええ、なんですか?」 

 別に気を害した風もなく訊いてくる秋子さん。

「先代、というのは『先代魔物ハンター』という意味に取っていいんでしょうか?」

「…あら? 言ってなかったかしら?」

 頬に手を添えて意外そうに言う。

「……初耳です………」

「でも、今はただの主婦よ? 位も舞さんに譲ったし」

「はぁ…」

 全く気付かなかった俺はひょっとして鈍感なんだろうか。いや、でも前に名雪に訊いたときも知らないって言ってたような気がするんだが…

「立ち話もなんだし、中で話しましょう。ちょうどタイミングもいいし…」

 なんのタイミングかは分からないが、俺と舞は促されるまま家に入った。

 中の様子に懐かしいものを感じつつ、廊下を抜け、居間に入る。

 椅子を薦めるのは他人行儀だと思ったのか、秋子さんは何も言わず椅子に座った。

 俺と舞もそれぞれ椅子に座る。

「刀の調子はどう? 私のお下がりで悪いんだけど…」

 あたりさわりなく、世間話から始める秋子さん。どうでもいいけど、普通の世間話からはかけ離れた内容ではある。

「はい、いい調子です」

 舞も完結に答える。俺は、そう言えば舞って敬語使えたんだなぁ、とか場違いなことを考える。

 ちなみに舞は堂々と帯刀するわけにもいかないので、いつも刀を部活で使うような竹刀袋に入れて運んでいる。俺の木刀も同様だ。

「…お下がりだったんですか?」

 舞の刀はかなりの業物だ。話によると、京都の古寺に御神刀として供えられていたものを、実戦用に打ち直したものらしい。

 練り込んだ気を刀に込めることによって、本来切ることの、いや、触れることさえ不可能なものを切ることができるようになるという代物だ。体内の気を操ることに修練を積んだ舞に最も適した武器と言える。

 銘を『散桜ちりざくら』という。

「ええ、私が現役時代に使っていたものよ。一応もうひとつメインで使っていたものがあるんだけど、いつのまにかなくしてしまって…」

「へぇ、そうなんですか」

 相槌を打つと、秋子さんは少し気まずそうな顔をする。

「ええ、本当ならそっちが『魔物ハンター』の名と共に受け継がれていくはずの武器なんだけど…、だから代わりに舞さんには『散桜』を渡したのよ」

 舞は意外そうな顔をする。初耳だったらしい。

「どんな武器なんですか?」

 興味本位から訊いてみる。

「私はよく知らないんだけど、なんでも千年樹を削り出して作った霊験あらたかな木刀だとか。私はそうと知らずに使ってたけど」

『………』

 木刀、の辺りで反応して俺と舞は顔を見合わせる。

「あの………それってどこに仕舞っておいたんですか?」

 恐る恐る訊いてみる。

「外にある物置の中よ。確かにそこに仕舞っておいたはずなんだけど、何時の間にか…」

 秋子さんは頬に手を当てて「不思議ね」と続ける。

『………』

 リビングの中に決定的な静寂が舞い降りる。

「あら、あら? 何かまずいことでも言ったかしら?」

 不思議そうに俺と舞の顔を見比べる秋子さん。

「あの…」

 俺が切り出そうとした瞬間、

 

 寒気が全身に広がった。

 

「祐一っ!」

 舞は椅子をがたんと倒して立ち上がり、竹刀袋から刀を取り出して身構える。

 俺も椅子を跳ね上げて自分の袋を引っつかんで地面に転がった。

 さっきまで俺がいた場所で何かがぱしんと音を立てた。

 同時に舞が抜刀し、飛んできた何かを切り払う。

 方向を変えられた何かはそのまま地面に落ちる。

 襲撃者の姿が一瞬だけ、視界に入り、すぐに消える。

「早い…」

 舞が呟く。動体視力がかなり優れている舞でさえ、その動きを捉えることはできなかったようだ。

「あらあら…」

 突然の事にもかかわらず、秋子さんは困ったように苦笑した。そして言う。

「駄目よ? 真琴。悪戯したら」

 その瞬間塊のように叩きつけられていた殺気が嘘のように霧散した。

「あぅ、だって…」

 その襲撃者はエアガンを片手に情けない声を上げた。

「ま、真琴…?」

 俺は呆然と呟く。

「久しぶりね、祐一。いきなり出てったと思ったら連絡無しに帰って来て、一体どういうつもりかしら?」

 思いっきりカッコつけていう真琴。子供っぽい外見とせりふがちぐはぐで、ちっとも決まってなかった。

 でも、たぶん本人は必死だろうから、合わせてやることにする。

「久しぶりだな殺村凶子。そっちこそ、いきなり撃ってくるとは、一体どう言うつもりだ?」

「殺村凶子じゃないっ!」

 あ、もとにもどった。

「誰…?」

 いつのまにか納刀していた舞が訊いてくる。

「いや、確かお前も一度学校で会っただろ? 水瀬家居候の沢渡真琴だよ」

 舞はしばし考えて、

「覚えてない…」

 らしい。

「とりあえず、これは没収ね。玩具は正しく使いなさい」

「あぅ」

「返事は?」

「はい…」

 エアガンを取り上げられる真琴。

「あれ…?」

 ふと気付いて、真琴に目を遣る。

「あぅ、何よぅ?」

「お前、それ制服じゃないか。どうしたんだ?」

 真琴が着ているのは『市立華音中学』の制服だった。

「今年度から中学校に通わせることにしたのよ」

 真琴の代わりに秋子さんが答える。

「学校って、手続きとかはどうしたんですか?」

 真琴はそもそも人間じゃなく『ものみの丘』というところに住んでいる妖狐だった。

 7年前にちょっとしたことがあって、それがきっかけで今年から『沢渡真琴』として水瀬家に居付くようになったのだ。

 記憶と命を代償に人間の姿をとっていた彼女は、日を追うごとに全てを忘れていき、一時は命が危ないところまで行ったが、春先にはなんとか持ちなおし、記憶も取り戻した。

 それが、俺が安心して旅に出れた一因でもある。

 まぁ早い話、真琴には戸籍が存在しない。

 だから学校なんて通えるはずもなかった。

「書類は一通り捏造よういできたから大丈夫よ」

 秋子さんは事も無げに言い放った。

 微妙に不穏当な言葉が聞こえたような気がするが、たぶん気のせいだろう。

「なるほど…真琴も中学一年生かぁ…」

 感慨深げに呟いてみる。

「三年生よっ!」

 殴られた。

「痛っ、三年生って、お前。勉強は大丈夫なのか?」

 いきなり三年生に編入して、授業が分かるんだろうか?

「秋子さんに教えてもらってるから余裕よ。もうテストだって百点連発なんだから」

 まぢ?

「ええ、本当よ」

 いぶかって秋子さんに視線を向けると、秋子さんは笑顔で答えてくれた。

「なるほど、教え方がいいんですね」

「そうかしら? 私は真琴の頭がいいんだと思うけど…」

 謙遜してか、そんなことを言う秋子さん。

 いや、それにしてもにわか仕込みの勉強で百点は取れんだろ…

 たぶんその両方だな。真琴もおつむ弱そうな外見で、意外に頭がいいらしい。

「…祐一、今失礼なこと考えたでしょ?」

 真琴が睨みながら訊いてくる。頭だけじゃなく勘もいいらしい。どうでもいいが、ひょっとしたら将来有望なのかもしれない。

 とまぁ、真琴の話は置いといて、

「そういえば、名雪は?」

「この時間だと、まだ学校じゃないかしら」

 時計に目を遣ると、時刻は四時少し過ぎ。確かに、この時間だとまだ学校だろう。秋子さんも釣られて時計を見た。

「あ、真琴。ちょっとお使い頼まれてくれないかしら?」

 言って、メモを差し出す秋子さん。そろそろショッピングセンターとかでタイムサービスが始まるんだろう。

「うん、分かった。それじゃあいってきま〜す」

 メモを受け取って元気に出ていく真琴。制服くらい着替えればいいのに、と思う。

「さて、と」

 真琴から没収したエアガンを机に置いて、秋子さんは切り出した。そう言えば話の本題に入ってないなと今更ながら気付く。

 真琴をお使いに行かせたのは込み入った話ができなくなるのを避ける意味もあったらしい。

「ひとつ聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

 秋子さんはそう前置きをする。俺と舞が頷くのを確認してから切り出した。

「旅の途中でAIONという言葉を聞いたことある?」

 俺と舞は顔を見合わせる。

「ええ、あります」

 俺は答えた。

 あるもなにも、旅の先々で聞く言葉だった。

 しかし、その意味するところは聞くたびに形を変える。

 あるときは辺ぴな町の町内会の名前、

 あるときは恵まれないひとのために作られた基金、

 あるときは新興宗教、

 あるときは…

 とにかく、その名前についてはっきりしていることは二つだけだった。

 ひとつは、何かしらのAIONという名前を持つ『集団』であること。

 ひとつは、魔物が出現する場所の近所に限り、その名前を耳にするということ。

 それ意外はなにも共通点はなく、聞くたびに集団の形態は変わる。

「そう…」

 秋子さんは呟いた。

「一体なんなんですか、AIONって?」

「『奇跡使い』を集めて、何かをしようとしてる集団。まだそれしか分かっていないわ」

「『奇跡使い』を?」

 それは、不思議な能力を操ることができる人間の別称。あまり使うことはないが、舞もその『奇跡使い』だ。

「それ意外は、何も分からないんですか?」

「ええ、一応調べさせてはいるんだけど、尻尾すら掴めないのよ。AIONを名乗る集団を調べてみても別に何の問題もない普通の集まりだし…」

 誰に調べさせているのか微妙に気になったが、突っ込まないでおいた。

「じゃあ、俺からもひとつ訊いていいですか?」

 とりあえず、AIONについて聞くことは諦め、話題を変える。

「ええ」

「どうして、真琴に銃技を教えたんです?」

「………」

「あの攻撃する時の殺気といい、動きといい、完全に訓練されたものだった。どうしてです?」

「そのうち分かるわよ」

「…そうですか」

 秋子さんらしくない物言いに少し驚きながらも、訊く事は諦めた。

 秋子さんがそのうち分かると言ってるんだから、そのうち分かるんだろう。

「ごめんなさいね」

 秋子さんが済まなさそうに言う。たぶん、語れないことに関する謝罪。

 でも、その雰囲気から、これから何かが起こるであろうことが少しだけ伺えた。

「家族に隠し事はいけないって分かってるんだけど。でも…」

「いいですよ、俺は秋子さんを信頼してますから。言わないというより、言えない事情があるんですよね?」

 それは質問と言うより確認。秋子さんは少しだけ嬉しそうに「ええ」と答えた。そして、舞の方に向き直る。

「舞さん。『先代魔物ハンター』として、ひとつ頼みたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「はちみつくまさん」

 舞も秋子さんを信頼してるんだろう。淀みなく答えた。

 そして、彼女にしては珍しく、秋子さんは切羽つまった様子で切り出した。

「今すぐに向って欲しいところがあるの」

 

 

 

  


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