Panic Party 第四十三回 夏と夕暮れ
「…ふぅ」
コンビニで立ち読みしていたマンガ雑誌から顔を上げる。先週分を読み忘れていたので、今回の内容がよく分からない。
こういうのはもうちょっと分かりやすいあらすじとかをつけるといいと思うんだが。
うざったそうなバイト店員の目線を受けて、買いもしない雑誌を置くと俺はコンビニを後にした。
夏とは言え、さすがにそろそろ薄暗くなってきている。
昼間はあれだけ猛威を振るっていた太陽も、今ではずいぶんと弱い光を放って、山の向こうに姿を消そうとしていた。
「どうしたもんか…」
呟いて、辺りを見渡す。
ちなみに、舞は居ない。
「じゃあ、俺も付いていきますよ」
舞は秋子さんの依頼を受けて、とある街に行くということになった。
その目的は『翼人の結晶と南の確保』らしい。
どちらも聞き覚えのない名称だった。なんでも翼人の
結晶 というのは『奇跡使い』の力の源だとか。
南というのは人名で、その街に住んでいる秋子さんの知り合いの情報によると【結界】を操る『奇跡使い』らしい。能力者としてはなかなかの腕前だが、人柄はあまり誉められたものではないらしい。
というのも、今現在学校に人質付きで立てこもっているらしいのだ。
その外にも、自称AIONを名乗る『奇跡使い』がその学校に大勢集まっているらしい。
だから、舞をひとりで行かせるのは心配だった。
「いいえ、祐一さんには別の仕事があります」
秋子さんはそう言って、何かを差し出してきた。
「…招待状?」
そこに書かれている文字を口に出してみる。
「ええ、今度新しくできたゲームの試行会かねて、参加者を募集しているそうなの。先日倉田佐祐理さんから直接渡されたものよ」
「佐祐理が…?」
倉田佐祐理、の名前に反応する舞。
招待状の文字を追ってみると、わざわざ名指しで『相沢祐一様』とあった。
「祐一さんが帰ってきたら渡してくださいって」
日付を見ると、ちょうど明日になっていた。なるほど、さっき秋子さんが言ってた『タイミングがいい』というのはこのことか。
でも、舞の方は一刻を争う緊急事態だ。それに比べて佐祐理さんの方は、こう言ってはなんだが、ただのゲームだ。佐祐理さんには悪いが、ここは舞の方を優先させた方がいいんじゃないだろうか。
秋子さんにそんな意図を目線で送ると秋子さんは静かに首を振った。
「倉田さんにはすこし悪いけど、調べさせてもらったわ。それによると、この招待状は全国各地の『特別な力を持った人間』に対して出されているの。『奇跡使い』が一箇所に集められる事態なんて言うのは管理者としては無視できないものなの」
「管理者…?」
俺の疑問に秋子さんは答えた。
「ええ。ずっと昔からこの国は各市町村ごとに自治体とは別の『管理者』という存在によって支えられて来たの。決して表には出ず、自治体が対処できない事態が起こった時始めて動いて解決し、また影に戻る。それが『管理者』よ。華音市では古くからこの『水瀬』と『久瀬』。そして『倉田』という三つの『管理者』によって支えられてきたの」
『………』
あまりの事実に少々眩暈がした。舞も呆然としている。
「話を戻すわね。『倉田』が経済的な力があることは祐一さんも知ってるでしょう。その『倉田』が何かの行動を起こそうとしている。昔から私達は互いに協力し合い、同時に牽制し合って来ました。だから今回は『倉田』の真意を確かめることが必要なのよ」
俺は改めて招待状を見た。
「ゲームに参加しながら『倉田』の意図を探ってこい、というわけですか?」
「ええ、そういうことよ。私は今手一杯で動くことが出来ないの。祐一さんには悪いんだけど、お願いできないかしら」
本当に済まなさそうに秋子さんは言う。
俺は少し気になることがあって訊いて見ることにした。
「えーと、この会場の指定場所って結構ここから遠いですけど、この街には『管理者』は居ないんですか?」
「ええ、居るわよ。『九品仏』って御宅なんだけど、でも何故か連絡が取れないのよ」
「くほんぶつ…?」
珍しい苗字だ。俺はどことなくお寺のイメージを思い浮かべる。
「それと、舞さん」
秋子さんが舞に顔を向ける。
「翼人の結晶の回収のほうを優先してください。状況によっては南さんの確保は後回しでも構わないから」
「はちみつくまさん」
舞は頷いて立ち上がった。華音市からは割と近い場所とはいえ、それなりに時間がかかりすぎる距離だ。すぐにでも出ないといけないんだろう。
「それではお願いしますね。舞さん」
秋子さんから電車賃を受け取って、舞は力強く頷いた。
「祐一。行ってくる」
「ああ、ムリだけはするなよ」
分かってる、と返事して舞は出かけて行った。
「どうしたもんか…」
呟いて辺りを見渡す。
俺の方の仕事は明日からなので、俺は商店街にやってきていた。
舞の事は心配だったが、気にしていても何もならないので気分転換をしに来た、と言うわけだ。
ちなみに呟きは招待状の内容を受けてのものだ。
『あははーっ、当日は必ず二人で参加してくださいね。誰を誘っても構いませんが、出来るだけ強い人がいいです』
一体どうしろと言うんだろう。
佐祐理さんは俺がコンビを組むとしたら舞だと思っていることだろう。だから俺の相棒に関しては問題はないと思っているに違いない。
だけど、舞は別の仕事があるし、真琴にしたって明日は平日だ。学校もあるだろう。秋子さんは…何か忙しそうだし、北川のヤツでも誘ってみるか? ヤツなら得意の喧嘩殺法でそれなりにいいところまで…いや、あいつも学校だ。
「ん?」
そこまで考えてはたと気付いた。どうして平日なんかにやるんだろう?
こういったイベントは当然平日にやるはずなんだが…
もう一度招待状に目を通す。日付は七月二十日とあった。
「…なんだ」
日頃から旅をしているせいで休日に対する間隔が薄れているせいか、今まで全く気付かなかった。
明日は海の日だ。いわゆる国民の祝日であるこの日には、企業はどうか知らないが、学校は当然休みになる。
しかも、海の日を挟んでもう一日授業がある『華音高校』とは違うとは言え、他の大体の学校はこの日から夏休みに入る。
まさにゲームをするような年齢の若者を集めるにはぴったりの日と言えた。
なら、別に真琴を誘っても…あいつなら肉まんをちらつかせれば一も二もなく飛びついてくるだろう。
と、そんなことを考えながら歩いていると、
「うぐぅ〜、そこのひと、どいてぇ―――」
何というか…何というか、聞き覚えのある声がドップラーを起こしながら聞こえてきた。
この後の展開がそこはかとなく予想できたので、そうはなるまいと俺は半身を引いた。
びゆん、と目の前を一陣の風が通りすぎていき、
ずざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁうぐぅ。
派手な音を立てて何かが滑走していった。そちらに目を遣ると、見覚えのありすぎる人物が見事に頭からずっこけている。
たぶん、俺が突然体を躱わしたせいで、足でも引っ掛け、バランスを崩したってところだろう。いい方に解釈するのなら、それは甲子園の高校球児も真っ青になるほどの見事なヘッドスライディングだった。
しかし、それでも俺の見立てではわずかに一塁には届かない。確か甲子園のルールでは同時はアウトだ。
「うぐぅ、冷静に解説してないで助けてよ」
おっと、声に出してたか。
「大丈夫か? あゆ」
手を貸してやる。とりあえず例の口癖と突然の出現から確信はしていたが、やはりその人物は月宮あゆだった。
「うぐ? もしかして祐一君?」
涙目で鼻をさすりながらあゆ。
「ああ、祐一君だぞ。よっと」
答えてあゆを起こしてやった。
「ひどいよ祐一君。どいてって言ったのに」
…そのセリフは避けられなかったやつにでも言ってやってくれ。
あゆはなおも顔をさすりながら俺の顔を恨みがましく見つめる。
その顔がふと緩んで、あゆは言った。
「久しぶり…だね」
その顔を、いや、あゆの姿を見て軽い違和感を覚えた。
それが何に対するものかすぐには分からなかったが、はたと気付いた。
考えてみると、今まで気付かなかったのも妙な話だが、ここには雪がないのだ。
俺は雪のない商店街というのを始めて目にしていた。
そして一度そう思うと、雪がないこの商店街の景色はどこか新鮮で、全く違う空間のようにも思える。
俺にとっての商店街は、ひいてはこの華音市全体が冬の、そして雪の象徴だった。
そして、その商店街と『もう一つの学校』は目の前の少女自身を象徴していて、
やはり軽い違和感を覚えた。
「…四ヶ月しか経ってないのにな」
俺は呟いた。
「祐一君…?」
そんな俺に対してか、あゆは怪訝な顔をしている。
華音市割と寒い地方に位置するので、旅に出たころはまだここにも雪が残っていた。しかし、今は、ない。
それがどことなく不思議で、そして何故か哀しい。
いろいろなことがあった。本当に色々なことが…
良い事も悪いことも、全てがこの街から始まり、そして、まだ全てが終ったわけじゃない。
「ねぇ、ゆういちくんってば」
あゆの声もどこか遠い。
夕暮れ時の魔力なのか、やたらと感傷的なことばかり浮かんでくる。
ひょっとしたら俺は旅に出るということで、それらから逃げたんじゃないだろうか。
七年前のように、また逃げてしまったんじゃないか。そんな気もしてくる。
俺がなんとかできたはずのこと。
舞は自らの『力』を認めることが出来た。
真琴は、人間の姿で帰ってきた。
栞も、未だに病弱とはいえ、不治の病を克服することができた。
だが、目の前の少女だけが…
「…どうした? あゆ」
未だに
商店街 で探し物を続けている。( 「どうかしたのは祐一君だよ。どうしたの? ぼぅっとして」
「いや、なんでもない。それより、何で走ってたんだ?」
とたんにあゆの顔が蒼白なものになる。
俺の背後にちらと目を遣って、更に慌てて言う。
「とにかく、話はあとっ」
言うが早いか、あゆは俺の腕を引っつかんで駆け出した。
「結局か、結局なのかっ!」
「うぐぅ、ボクのせいじゃないよぅ…」
走りながら後ろに目を遣ると、たい焼き屋らしいおやじさんがエプロンのまま追いかけてきていた。
一体何回あゆを追い掛け回したのか、その早さはどことなく人並み外れている。
そして次にあゆに目を遣る。
あゆは逃げながらも小脇にしっかりとたい焼きの袋を確保していた。
「絶対にお前が悪いっ!」
俺は結局お約束な展開になってしまった運命を嘆きながら夕日を背に走った。
俺は『お約束』というのは大っ嫌いだと、
そんなことを改めて実感した夏の夕暮れ時だった。
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