日常ってのは、ほんとに有り触れていて、それでいてとても脆いものだったんだ―――――
第2話
その幸せを謳歌せよ、日常という名のその幸せを
「おはよう名雪、相沢くん」
「おはよう香里ー」
「いつも早いな香里。あぁおはよう」
いつも通り、朝学校に来て、そして挨拶を交わす。
今日は偶々名雪が早く起きた為に登校した時間も随分と余裕があった。
「今日は早いわね…何かあったの?」
横目で名雪を見ながら、香里が声を掛けてきた。
隣で名雪が、酷いよ香里ぃ〜、とか言っているが香里は当然のように無視した。
「まぁ偶々だな。毎日こういう風なら何の苦労もしないんだが……」
はぁ、とわざとらしく溜息を吐くと隣の名雪が、祐一極悪だよ〜、とか嘆いていた。当然のように無視する。
「大変ね相沢くん」
「そう思うなら代わってくれ」
「嫌よ」
即答だった。
この学校に転校してきて、気がつけばもう一ヶ月になる。
別にこれと言った事件があったわけじゃないが、その分、まったりと平和な日々。
半年前のあの騒ぎは一体何処に言ったのか、って感じだ。
まぁ、未だに各地の復旧作業は続いているし、軍が軍力増強に力を入れだしたことも現実だ。
……俺達からは見ればかなり遠い話だから軍のことはよく分からないが。
余談だが、今でもバーニングPTは人気が衰えていない。
それどころか逆に以前よりも人気が出てきている。恐らくは半年前のあの騒ぎで闘争心みたいなものに火がついた人間が多かったのだろう。
そういう俺も結構やり込んでるクチだから人のことは言えないのだが。
「で、北川はどうしてそんなにグロッキーなんだ?」
1限が終了したと同時に、俺は後ろを向きつつ声を掛けた。
「―――徹夜明けなんだよ…」
「なるほど納得。…で、何をやって徹夜した……って愚問か」
北川もバーニングPTに燃えているひとりだった。
…最も、俺が勧めるまではやったことがないようだったから、実質的に俺が原因なのだが。
この一月でそこらのヤツでは勝てないほどの実力を身につけたのだから、元々センスはあったのかもしれない。
「北川くん、またゲーム?」
「隈できてるよ…?」
と、そこで香里と名雪が話しに加わってきた。
「いいだろ別に…。―――美坂、帰りにゲーセン寄らないか? この前のリベンジ」
そんな北川の言葉に香里は、ふっ、と哂い、
「勝てるかしら?」
上から見下ろす強者の態度で悠然と言い放った。
何を隠そう、香里の腕も相当のものだった。
こっちはホントに才能だ。
俺と北川がゲーセンで対戦してたときに、気紛れでやらせてみたことがあった。
あぁもう、そりゃ大騒ぎ。
まさかはじめてやった人間が、CPUの最高難度を一回で圧倒して見せるんだから。
それから北川は何かと香里に対戦を申し込んだ。
さすがに悔しかったのだろう。ちなみにまだ一回も勝ってはいない。
それに機体の使い方が完全に分かれるのだ、このふたりは。
北川は射撃を主体にした戦法。
香里は格闘を主体にした戦法。
最近導入された機体データ、ゲシュペンストをふたりとも使っているのだが、この戦闘スタイルの完全な対極は見ていて面白い。
最初は必ず北川が先手を取る。射撃をメインにしているのだから当然だ。
だが武装は所詮マシンガン。一気に戦闘不能に追い込むことは不可能だ。
そうなってしまえば後はもう一瞬。
銃弾の間を縫うように接近した香里のゲシュペンストがプラズマステークをぶち込む…それで終わっちまう。
「ふふふ…徹夜の成果を見せようではないか…!」
「北川くん、目が怪しいよぉ」
確かに、どこか鬼気迫るものがある。
「北川……」
「なんだ相沢」
「お前じゃ無理だ。諦めろ」
「んだとぉぉお!?」
バン、と机を叩いて立ち上がろうとした北川を、高速の一閃が叩きのめした。
かなり痛そうだ。
「ってぇ!?」
「はぁ…。勝負してあげるから、取り敢えず落ち着きなさい」
「っ……絶対に勝たせてもらうからな」
「まぁがんばりなさい。―――相沢くん、今日はあたしが勝つわよ」
そう告げて、香里は自分の席へと戻った。
「香里も負けず嫌いだからね。祐一、ふぁいとっだよ」
「んー、まぁ程々にがんばるさ」
祐一らしいよ、なんて言って、名雪も自分の席に座った。
実は、俺と香里の戦歴は結構なもんだったりする。
勝ち数は俺のほうが圧倒的に上だが、それでも数回負けてる。
これは北川に関しても同じ。俺はふたりともに、何度か負けている。
ちなみに俺のスタイルはどちら寄りでもない。
良く言えば万能。
悪く言えば中途半端。
射撃と格闘、両者を組み合わせつつ戦うのが俺のスタイルだ。一番面白味のないスタイルでもある。
「相沢……」
「ん? なんだ北川」
後ろの向きつつ訊き返すと、
「俺も勝たせてもらうからな」
にやり、と笑みを浮かべて。
北川は宣戦布告した。
「……やれるか?」
「……やるさ」
放課後になるまで、ふたりの空気は変わらない。
己の内で燃える、闘争心をさらに燃え上がらせる。
だけどそれは既に皆が見慣れた光景。
いつもと変わらない日常の一場面。
その幸せを謳歌せよ、日常という名のその幸せを―――――
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