第5話

少年は出会う、翻弄されるがままに

 

 

 

 今まで一度も聞いたことのないほどの大音響が響き渡った。

 別に閉鎖空間内でその音が発生したわけでもないのに、まるでそうだったかのように響き渡る。

 次いでやってきたのは衝撃。

 硝子という硝子は砕け散り、辺りに充満するのは何かの燃える臭い。

 耳を劈くような悲鳴が其処此処から上がり、頭の中はすでに過負荷で麻痺してる。

 

 わからない。

 全然、わからない。

 

 理解できないことは頭に痛みを叩き付ける。痛くて、痛くて。だから思考が霞んでくる。

 ぼんやり、と。周りで展開されている地獄のような光景が、スクリーンを通して観ているかのような錯覚。

 霞みかかる思考の中に、こんな事態を理解する能力はない。

 ただ翻弄されて、終わってしまう。

 

―――相沢っ!」

 

 だけど、霞を消し去ってくれたのは、そんな叫ぶような声だった。

「おい相沢っ、しっかりしろ!」

「き、たがわ……?」

 目の前で大声を張り上げ、自分を呼ぶ声に自身が感覚を取り戻していくのを感じた。

「逃げるんだよッ、ぼぅっとしてんじゃねぇ!」

 周りの光景は紅。すべてが揺ら揺らと揺れる。紅い光は絶望の色なのに、それでいて凄くキレイ。

 逃げる、なんて言葉。

 最初は意味がわからなかった。

「逃げるって、どこに」

「シェルターだろッ」

 叫ぶように言い放って、北川は勢いよく立ち上がると、周りをぐるっと見回して声を荒げた。

 

 

「動けるヤツはさっさと動け! 動けないヤツには手を貸せ! シェルターにでも入らねぇと全員死ぬぞッ!!」

 

 

 叫び声が、ここにいるすべての人間に響く。

 北川の声は強い意思を持って、活力を与えた。―――まだ、死にたくない、と。皆がそれを抱き、意思に変える。

 

 自分から少し離れたところで放心しているように見えた香里を見つけ、近付いた。

「大丈夫か、香里」

「え、えぇ……」

 声をかけると、意外にはっきりとした返答が返ってきた。

 北川の言葉は、本当に皆に浸透したようだ。意思は何よりも強い、原動力。

「立てるな?」

 その言葉に頷くことを確認してから、自分も立ち上がって周りを見回す。

 ただ悲鳴を上げていた人も、今はどう逃げようかという行動に移っている。慌てるな、というのは無理な話でも、まったく動かないよりは幾分もマシだ。

「俺達も逃げるぞ。ふたりとも走れるな?」

 言って、北川は香里を立たせるとゲームセンターを飛び出した。周りの状況を確かめながら、先導するように走り出す。

 

「ここからシェルターまでの距離はッ」

「一番近い入り口が、確か500メートルくらい先よ!」

 500メートル。普段ならそう遠くない距離。だけど、今はどこまでも遠い距離のように感じられる。

「っく、なんだってこんなことに…!」

「知るかよっ。ただ今は死なないことだけを考えてろ!」

 炎と煙と、悲鳴と嘆きが響く中、ただ我武者羅に走る。

 周りを見回せば、そこは地獄。

 自分が生きているということさえ嘘のように思えてしまうほどの光景。

 

 ズガガ、ガガガンッ!

 

 そんな鼓膜を大きく揺さぶる音は、上から聞こえた。

「ッ!?」

 反射的に立ち止まり、上を―――空を見上げる。

「そ、んな」

 なんで、という呟きは、響き渡った銃声に掻き消された。

 

 空を飛翔する二機の機体。

 どこか戦闘機を彷彿とさせるそのフォルム。

 左腕に装備された巨大な砲身。

 それは先の大戦においての、DCの量産人型機動兵器―――DCAM−004 リオン。

 

「DCのAMアーマードモジュール!? なんでこんなのが街を襲ってるんだ!?」

 北川の絶叫に答える声は―――ない。

 だが、答えることはなかったのに、そのAMは、

「!?」

 銃口を、

 

 ―――ジャコ、ン

 

 向けた。

 

「や、っべぇ……!」

 判断は一瞬。北川と香里の腕を掴み、脱兎の如く走る。

 それで巨大なAMの銃火から逃げ切れるかは分からない。分かりたくもない。

 ただ、逃げれるかもしれないから、逃げる。

 逃げるしかない…!

 

「は、はぁ、はぁ……!」

 呼吸が弾む。心臓が破裂しそうなほどに激しく刻む。

 全身を流れる汗は嫌に身体に纏わり付いて、冷めることを忘れた身体はどこまでも熱くなる。

「ハぁ、はァ、ハ、はァぁ」

 もう呼吸はリズムすら失って、ただ空気を何とか取り込もうと必死。

 頭の中は既に真っ白。なにも考えられない。考えることを拒否してる。

 頭は引っ切り無しに痛みを訴えかけて、全身を巡る血は嫌な音を立てる。

 

 シェルターの入り口まであと200メートルくらいだろうか。

 逃げ惑う人たちの叫びと悲鳴に彩られた街の中、絶望から逃れる為に走る。

 銃が奏でる破滅の音は何故か先程から止んでいた。だから、少し気が緩んだのかもしれない。視界にシェルターの入り口が入ったのだから尚更。

 

 ―――――ズガガガ……ッ!

 

 安堵感は、無惨にも…一瞬にして容易く撃ち砕かれた。

 奴等にとって見れば、トリガを絞るだけのことかもしれない。だが実際は、それは破壊の雨に他ならない。

 降り注ぐ雨は全てを砕き、穿ち、破壊し尽くす。

 

 目の前で銃火が踊った。

 巻き上がる粉塵や叩きつけられる衝撃、轟音。

 それらから逃れるためにも、

「走れッ!」

 北川の声に脚を動かした。

 こんな地獄のような光景から逃げ出すために、視界の中にすでに映っているシェルターへ。

 ―――だけど。

 

「相沢ッ!?」

「相沢くん!!」

 

 ふたりの叫びが、境だった。

「え」

 なんて、気の抜けた声しか出ない。

 視界が沈む。

 身体が落ちる。

 ガクン、と。地面がなくなった感覚。

 

 相沢祐一の身体は砕けた地面に開いた穴に、吸い込まれるように落下した。

 

 北川と香里の自分の名を叫ぶ声を感じながら、祐一の意識は自身の身体と同じように落ちていった。

 暗い、昏い穴へと。

 落ちる自分をまるで夢のように感じながら。

 意識は闇に、沈んだ。

 

 

 

 何秒? 何分? 何時間?

 どれだけ時間が経過したか分からないが、瓦礫の崩れる音に目を覚ました。

―――ここ、は…?」

 まず呟いたのはそんなこと。

 周りは闇になりきれていない闇、何とか足元を見れる程度。

 取り敢えず全身を確かめてみると、擦り傷と軽い打ち身くらいしか傷はないようだった。

「何なんだよ、ここ」

 呟き、思案する。

 まず、自分は落ちたのだからここは地下。

 人がいないところを見るとシェルターの類ではない。

「地下に空洞? なんで、そんなものが」

 

 イィィイン…!

 

「、ッ!?」

 頭に走る、切りつけるような痛み。

 予感にも似た、その衝動。

 その衝動に真後ろを振り返った。

 

 そして、出会う。

 

「これって―――

 

 呟きは闇に溶けた。

 そこ、、に鎮座していたのは、闇よりもなお昏い、

 

 

「パーソナルトルーパー……?」

 

 

 

 

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