ビー、ビー、ビー、

 突然機体内に響いた音に、すかさず操縦士のひとりが反応した。

「これは―――

「どうした?」

 計器を覗き込み驚愕している操縦士に、日本人風の男性が声を掛けた。

 落ち着いた声色なのに、どこか力強さを内包する。

 そんな声に操縦士は言った。

「交戦です。ただ―――

 そこでひとつ呼吸を置き、

「攻撃そのものは一方的のようです。抵抗している勢力がありません」

 その報告を聞いて、少し考えるような素振りを見せてから、ゆっくりと口を開いた。

―――さすがに放ってはおけないな。進路を向けてくれ」

「了解しました。中尉」

 

「エクセレン」

 通信機のスイッチを入れ、回線を繋ぐ。

『ハァイ、どしたのキョウスケ?』

 明るく、軽い声。その声を聞いて顔色を変えることもなく、キョウスケは続けた。

「出撃の準備をしておけ。―――出るぞ」

 

 

 

第6話

孤独な亡霊

 

 

 

 目の前には立て膝をつくようにして鎮座しているPTパーソナルトルーパー

 それを見て、祐一はわけがわからなくなった。

 

 ―――どうして、こんなものが地下にあるのか。

 

 そんなことはいくら考えても分かりはしないのに。

 それでも頭は答えを求める。

 

 ゴゥゥン……

 

「うわっ」

 地面が揺れた。

 まだあのAMが攻撃を仕掛けているのだということは確実だろう。

 断続的に響く爆発音と、揺れる地面。

 昏がりの中、揺れるたびに上から瓦礫が降る。

 

 ドゴォォン…ッ

 

 建造物を通して伝わってくる、一層大きな衝撃。

 その衝撃に脆くなっていた天井が崩壊を始めた。

 コンクリートの砕ける、嫌な音。 

 その音に祐一は焦りを覚えた。

 

 このままでは、生き埋めになる―――

 

 そう頭が判断した瞬間、回転した思考は普段以上に高速。

 自分が取るべき行動を一瞬にして弾き出す。

「くッ」

 さらに瓦礫が降り始める。ここが崩壊するのも時間の問題だと言うことはもはや明白。

 早く、早く!

 急いで自らが判断した行動を開始する。

 

 立て膝をつくように鎮座していたのは好都合だ。

 これならば、コックピットまで辿り着きやすい。

 

 祐一は僅かな振動に手足を取られながらも、必死にPTをじ登った。

 攀じ登って、コックピットハッチが開いていたことに歓喜する。

―――ラッキ!」

 滑り込むようにしてコックピットの中に入り込んだ。

 

 今すぐ脱出することは不可能だろうと、祐一は判断していた。

 天井まで届くわけがないし、どこかにあるであろう出入り口も見つけれていない。

 そんな状況で瓦礫から逃げ切ることなんて無理だという判断。

 だから、祐一はこのPTの中に逃げ込んだ。

 PTなら天井から降ってくる瓦礫くらいならば何とか凌いでくれるだろう。

 そんな予測が彼を突き動かし、そして今コックピットの中にいる。

 

「すげぇ―――

 コックピットの中に入り、シートに身体を埋めた祐一は感嘆した。そしてそれと同時に驚愕した。

「……同じだ」

 そう、同じなのだ。

 左右のレバーも、フットペダルも、多くのスイッチの類も。

 ほとんどが、バーニングPTのそれ、、と。

 だが驚愕したものの、これは好都合だった。

 これならば、

「動かせる、か?」

 幸い回路は通っていた。電気系統は死んでいない。これなら、いける―――

 

 バーニングPTと同じ要領でコックピットハッチを閉じさせる。

 まずはこれを閉じてしまわないと瓦礫が入ってくるかもしれない。だから閉じる。

 次いで行うことは、メインジェネレーターの起動。

 これも場所は同じ。

 パチン、とスイッチを弾くようにして入れると、すぐさま駆動音が響き渡り、そして周りのモニタに光が灯った。

 さらに各種ランプが光り、サブモニタに機体の情報が流れていく。

 

 

 GravityEngine ―― Green

 GraviconSystem ―― Green

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 System ―― AllGreen

 

 

「よし…っ」

 思った以上にスムーズに機体は起動した。

 後は生き埋めになる前に、少しでも負担が少なくなる体勢に動かすだけ……!

 

 ガガッガガガンッ!

 

「っ!?」

 そんな時に機体が外から取り込んだ音は岩盤の崩れるような音ではなく、弾丸が奏でる破壊の音。

 外から撃たれたレールガンは脆くなった天井という岩盤を撃ち抜き、祐一の乗っているPTのすぐ横の地面を穿った。

 そして、その時に開いた天井の穴が、薄暗いこの地下に光を降らせる。

 しかしそれも数秒。

 光は途絶え、その代わりに。

 

 ウゥン、

 

 リオンのカメラアイが中を覗き込んだ。

 そのリオンの目は確かにこの機体を見た。モニタを通してそんなことを感じ取る。

 いや、それだけじゃない。

 もっと、意思めいたモノまで感じ取った。

 

 見 つ け た

 

 と。

 リオンの目が語ってる気がした。

 

 ぞくり、と。

 背筋が凍りつく。これが一体何なのか、そんなことは初めて戦場に出た祐一には分からない。

 それ以前に、これが戦場なのだということ、、、、、、、、、、すら彼は気付けていなかった。

 

 コックピットに響き渡るのは耳をつんざく警告音。

 敵機からのロックオンを示す、その音。

 それに連鎖するようにリオンは―――

 

―――、ぁ」

 

 ―――銃口を躊躇いもなく、向けた。

 

 

「ぁ、あぁ……―――、、…うわぁぁあぁあああああぁあああぁぁああああああっっ!!」

 

 

 その瞬間理性なんてものは吹っ飛んだ。

 怖くて、恐くて、何も考えられなくなって。

 

 ただ、死に物狂いで左手のレバーを動かした。

 

 ズガガガガガガガガガガ―――ッ!

 

 機体右椀部に装備された内臓兵器―――椀部ガトリングが猛然と吼えた。

 無意識下で引いたトリガはそのまま明確な殺傷力を持って、ズタズタにリオンを打ち砕く。

 

 ガガガガ―――ッ!

 

「あ、ぁあぁあ――――――ぁぁあぁあああああああっっ!!」

 

 ガガガガガガガ―――ッ!

 

 理性なんてない。何がなんだか分かってない。

 分からない。何も分からない。

 恐い。恐い。恐い、恐い、恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い――――

 

 それはまるで泣き叫ぶ赤子のよう。

 ただ目の前にある恐怖を、どうにかしたくて泣き叫ぶ。

 

 ガガガッ、カカカカ―――……

 

 全弾を撃ち尽くして、ガトリングが乾いた音を立てる。

 だが、それでも恐怖は消え去らない。

 

 ガチガチとトリガを引く。

 ガチガチと何度も引く。

 ガチガチと鳴る。

 トリガを放しても鳴る。

 ガチガチ。ガチガチ。ガチガチ。

 うるさい。

 うるさい。

 うるさい。

 うるさい。

 いつまでも鳴るな、うるさ―――

 

 それで、分かった。

「、ぁ」

 音は、自分の歯が鳴らしていたのだと。

 

「あ、は…、はは……」

 知らず、乾いた笑いが浮かんだ。

「…っ」

 ぶんぶんと頭を振って、無理やりにでも頭を落ち着ける。

 多少の効果はあったのかまわりを確認するくらいの余裕は出来た。

―――、」

 言葉も出ない。

 

 気付けば自分は機体を動かしていて、

 武器を撃ちまくって、

 目の前の恐怖をズタズタにしていた。

 

「なん、だよ」

 声が震える。

「なんだよ」

 アタマがイタイ。

「なんだよ……!」

 ガンガンと頭を叩くような痛みは警鐘のように残響し、正常な思考回路を遮断する。

 沸騰しそうな血液と、それを流す血脈ミチスジ。グラグラなのに冷静な頭を動かして自分の身体を操作する。

 シートに身体を沈め、左右のレバーを握り込む。両足はフットペダルに添え、正面モニタを睨むように瞳を絞る。

 カチリ、と頭の中で入ったスウィッチを無視して、響く耳鳴りに身を委ねる。

 

 タン、タタタン…ッ

 

 軽やかに左手がキーを叩き、それと同時に右手のレバーを目一杯押し込む―――

 

 ゴォ―――

 

「ぐ…ッ」

 今まで感じたことのないようなGが全身を襲ったかと思えば、それも一瞬で消え去った。

 機体は天井だった岩盤に開いた穴を突き抜け、地上にその姿をさらしていた。

 脚から着地。

 機体が前のめりになりながらも何とか姿勢を制御する。落下の衝撃を吸収した衝撃緩和剤が蒸発し下半身の関節から蒸気を吐き出した。

 

 タタタ、タタンッ

 

 叩かれたキーが音を奏で、相乗するようにジェネレーターの出力が上昇する。

 そのPTの鋭い二つの目が、一瞬青く光った。

 闇よりも昏い装甲に深紅のライン。

 ―――燃える炎は、誕生を祝福する聖火のよう。

 赤い紅い炎に照らし出され、亡霊は叫びを上げる。

 

 EINSAMGEIST

 

 モニタに浮かぶその文字を、祐一は何の感慨もなく。

 ただ、眺めていた―――

 

 

 

 

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