第9話 燃 え 盛 る 火 炎 の 渦
「誰かいる…」
「誰かって…分かるのか?」
「気配があるから。それも…ふたつ」
「ふたり…?」
体育館の扉を前にして話し合う祐一たち。
舞が言うには何かの気配がある、とのことだ。
その気配が人なのか、それとも異形なのか分からないため、無闇にこの扉を開けるわけにはいかないのだ。
「たしかにふたりも居ると危ないな…」
祐一が悩んでいると、佐祐理が立ち上がり、
扉に手を掛けた。
「さ、佐祐理さん!?」
当然全員慌てる。何があるかも分からないのに、自ら飛び込もうという気にはならないものだ。
しかし、
「大丈夫ですよ祐一さん。佐祐理には【感知】という能力もありますから」
「【感知】?」
【感知】の能力…。その有効範囲は狭いが、そこにあるものを感じ取ることのできる能力。
佐祐理はこの能力で体育館の中にいるふたつの気配が分かるのだ。
「ふたりとも人間です」
ギィィ…。
重い音を軋ませながら扉が開いた。
その中に先行して入るのは舞。
そしてその後ろに続くように全員が入る。
体育館の中は広い…が、気配の正体、その片方は一瞬で見つかった。
ひとりの男が立っていた。
それを見て、舞が警戒してか、いつでも剣を抜ける体制をとる。
そしてその判断は正しいと言えた。
男が口を、開いた。
「ほぉ…ここまで来たってことはお前たち能力者だな…」
その言葉に祐一たちが驚き、舞がさらに警戒を強くする。
「それに俺の【使い魔】たちを全滅させたようだしな…かなりの使い手か」
「…そうか、今回のコレはお前の仕業ってことだな…!」
祐一が怒気に満ちた声で言う。
「…だったらどうする?」
その瞬間、祐一が跳んだ!
男までの距離は数メートル。走ってほんの数秒の距離だ。
祐一が右手に力を込め、殴りかかる。
その腕が止まった。
ドォン!
「が…ぁ…」
爆発音。
それに驚愕がはしる。
祐一の体が吹き飛ばされ、そのまま壁に激突した。
制服の前面は焼け、血が流れる。
「炎…?」
舞が呟く。
祐一が吹き飛ばされた瞬間の爆発音。
そして舞は見た。
真っ赤に燃える、炎の塊を。
「はは…この俺に生身で立ち向かってくるとはな…バカとしか言い様がない」
嘲るように男が言う。
そしてその嘲笑はすぐに止み、一気に辺りの空気が重くなる!
「俺たちの目的の為にも…貴様らには…死んで貰うしかないようだな…」
その目は鋭く、冷たい。
間違いなく本気だ。
場の空気が悲鳴を上げる。
一触即発。
「ふっ!」
鋭い呼気と共に舞が飛び込む。
剣に込められた【断裂】のエネルギー。たとえ能力を持っていたとしてもかなりのダメージは与えられるはずだ。
下段からの斬閃!
が、それはただ空を斬る。
男がバックステップでかわしたのだ。
その瞬間に生まれるのは隙∴ネ外にない。
「甘いな…【
炎の弾丸 】」男の手の平からひとつの火球が打ち出された!
ドォン!
爆発音、そして黒煙が巻き起こる。
「まいーーーっ!」
佐祐理の叫び、しかしそれに答える声も、動作もない。
「俺の【
炎の弾丸 】を至近距離で受けて無事なはずがない…」
キィン…
「むっ!?」
男が身をひねる。
その瞬間、高速で何かが通りぬけた。
煙を貫き高速で通過したもの…それに触れたものは…
【分断】された。
煙がだんだんと晴れ、そこから現れたのは…
剣を横に薙ぎ払った状態で鎮座する、川澄舞だった。
舞が剣を鞘に戻し、腰だめに深く構える。
キィン…!
そして、抜刀。
空気が渦巻き、衝撃波が流れ、
何か≠ェ超高速で撃ち出される!
「くぅ…!」
男の左腕から赤い滴が滴り落ちる。
舞の動作、そして撃ち出されたもの。
「 … 抜 … 」
舞が呟いた。
原理は【閃】と同様。ただ違うのはスピード。
居合の要領で高速に抜刀された剣から生じる【断裂】のエネルギーは、更に速さを味方につけ襲い掛かる。
「ちっ、ふざけた真似を…!」
傷を与えられたことに対する怒りからか、男が更に殺意を…増加させた。
「ぅ…」
「祐一っ大丈夫っ!?」
目を開けた祐一に名雪が心配そうな顔で覗き込む。
「痛ぅ…名雪、怪我は治せないのか…?」
「…大丈夫そうだな。それより相沢、かなりヤバイぞ…」
北川の声に、祐一が顔を上げる。
ドドドォン!
連続的な爆発音。
上がる黒煙。
「はははっ! どうした、もう終りか!?」
男の両手に炎が生まれ、それを弾丸と変え撃ち出していく!
「くっ」
そしてその標的とされる舞、そして香里。
その実力差は歴然。戦いなれている舞は良しとしても、香里は今日始めて能力が使えるようになった身。上手く動き回ることが出来ない。
そして…
「ふん…死んだか……」
男が炎を生み出すのをやめる。
先程から動きがまるでないことから、死んだと、判断。
「あとは……」
そう、男が言おうとしたとき…
ズドォォン!
体育館中が衝撃に揺れた!
「うっ!?」
それにより男の動きが止まる。
ザァ!
その瞬間を狙い、煙の中から飛び込んで来たのは…舞!
大上段に構えた剣を、一気に振り下ろす!
ゴゥン!
「…ぇ?」
切り込んだはずの舞が…炎に包まれ…吹き飛んだ。
ちょうど舞の足元から炎が舞い上がり、吹き飛ばしたのだ。
「【
炎の壁 】」男が呟いたのは今の能力の名か。
「【衝撃】の能力を地面に伝わらせ動きを封じ、そこを【断裂】の能力で突く…。確かに戦法としては間違っていない。なかなか大した考えだ」
この戦法を考えたのは…香里。戦いなれていない香里だが、判断力、応用力はずば抜けている。一瞬でこの戦法を立てたのだからさすがとしか言い様がない。
「だが、それは近接戦闘しか出来ない能力者にしかムダだ。俺のような…」
ボゥ!
「…遠距離攻撃が出来る者にはなぁ!」
言い切ると同時に無数の炎がはじき出される!
ズドドドドドド……
無数の着弾音が体育館中に響き続けた…。
「くっ…舞…っ!」
「待て相沢! お前じゃ無理だ!!」
「でも…!」
舞を助けたい。そう思っても、自分自身には力がない。ただ、的になるだけだ。
そんなことは分かっている。
「それでも俺は…!」
「祐一さん、佐祐理に任せてください」
今まで祐一の傷を見ていた佐祐理が立ち上がり、言った。
「佐祐理さん…」
「大丈夫ですよー。佐祐理はこれでも運動神経はいいんですから」
佐祐理も祐一と同じだ。舞を助けたい≠サの思いが動かす。
「……分かった」
「祐一さん、祐一さんはもうひとりの方をお願いしますね」
「もうひとり?」
体育館に入った瞬間の戦闘でかなり忘れていたが、もうひとつの気配があるはずなのだ。
「そう…か。もうひとりいたな…」
「はい、お願いしますね」
「分かった。…佐祐理さん、無茶はするなよ」
「あははーっ、分かってますよー」
そう言って、佐祐理は舞たちの方向に走っていった。
「もうひとり…どこにいるんだ…?」
祐一は佐裕理の言うもうひとり≠探していた。と言っても、動き回れば男に気づかれるため、その場から見回している程度だが。
「おい相沢! アレじゃないか、ステージの上!」
「ステージ……!? あれは、あゆ!?」
ステージの上、気を失っているのか、月宮あゆがそこに横たわっていた。
「名雪と北川はここにいてくれ。あまり動きすぎると見つかるからな」
「うん、分かったよ祐一。でも、無茶だけはしないでね?」
「はは…、今からするのも無茶だけどな」
少しだけ笑みを浮かべ、祐一は駆けていった。
「これで終りだ…【
爆炎 】!」男が言った瞬間、舞の方へ放たれる巨大な炎!
それは教室ひとつを飲み込むほどの炎だ。直撃すれば…助からないかもしれない。
炎が、直撃した…
かのように見えた。
「ほぉ…アレをかわすか…」
ザ…ッ
「あははーっ、それほどでもないですよー」
笑顔を浮かべ、それでも明らかな敵意を剥き出しにして、
倉田佐祐理が、舞を抱くようにそこにいた。
「佐祐理…?」
「大丈夫、舞?」
「はちみつくまさん…」
言葉とは裏腹、傷は多く、このままでは戦えないことは明らかだ。
「ふん…共に焼き尽くされるがいいっ!」
そんなふたりの会話を打ち消すかのように、男が再び【
爆炎 】を放つ!しかし、その瞬間に舞を抱えたまま佐祐理の姿が消える!
「ぬぅ!?」
佐祐理が再び現れたのは体育館の入り口近く。舞を抱えたままのこの移動力。【加速】の能力をフルに使わなければ出来ない芸当だ。
「そこかぁ!」
男が振り向き、炎を撃とうとするが…
「佐祐理はこっちですよー」
ドゴォ!
一気に間合いを詰めた佐祐理が【加速】で強化された蹴りを見舞う!
「が…は…! くぅ…小娘が…いい気になるなぁ!」
男が連続して炎を撃ち出していくが、【加速】で瞬発力が上がっている佐祐理には当らない。
逆に隙を突いて間を詰めた佐祐理に近接攻撃を喰らってしまう。
それが、男の怒りを増殖していく。
「貴様ら…調子に……乗りすぎだっ!!」
理性が完全に吹き飛んだ瞬間!
男のエネルギーが今までにないくらいまでに膨れ上がる!
佐祐理が危険を感じ、何かされる前に止めようとするが…
「消し飛べ…【
地獄の業火 】!!」男を中心に、『黒い炎』が膨れ上がり、全てを…吹き飛ばした。
ドゴォォォォン!!
巨大な爆発音。そして動けなくなる者たち。
巨大な黒い炎は彼女たちを蝕むように膨れ上がっていった…。
「ふん…まだ生きてるとはしぶといな…」
「ぅ…」
辺りを見回して、男が呟く。
「だが、お前らの止めをさすのは後だ…今は…」
「っ!」
男がゆっくりとステージの方を向いた。そこにいるのは、気絶したままのあゆ。そして、
祐一。
「俺たちにその少女は不可欠の存在だからな…」
一歩。
「だから貴様らには…」
また一歩。
「死んでもらう!」
両手に炎を生み出した男が、一瞬のうちに間を詰め、
祐一の目の前で腕を突き出そうとしていた。
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