第12話   伝 わ り 続 け る 伝 承

 

 

 

 コンコン...

 

 ドアのノックする、軽い音が廊下に響いた。

 ドアをノックしているのは祐一。

 すでに舞たちも帰り、夕食も済んでいる。

 

 このドアの先――部屋に居る人物は分かりきっている。

 分かりきっているはずだが…まるで見知らぬ人が待っているかのような感覚。

 

「秋子さん?」

 

 その感覚を打ち消すかのように、ドアの向こうに居るであろう人物――秋子に声を掛けた。

 

「どうぞ。入ってください」

 中から返ってきた言葉を聞いて、祐一はドアを開けた。

 

 …どこにでもあるような、普通の部屋。

 暖かみのある色で統一され、どこか落ち着いた雰囲気のある部屋だ。

 祐一がこの部屋に入ったのは数えるほどしかないが、この暖かく、落ち着いた雰囲気は好きだった。

 

 だが…

 

 今、祐一が感じているのはそんな暖かみではなかった。

 まるで、深い海の底のような、寒々しい空気。

 

 いつもの微笑みはなく、秋子から発せられる雰囲気が部屋そのものを変えてしまっているかのようだった。

 

「秋子さん、話っていうのは何ですか?」

 その秋子の雰囲気に多少気圧されながらも問い掛けると、

「このジャムの味、どう思いますか?」

 問いかけで返ってきた。

 

 秋子が言って、見せたのは例のオレンジ色のジャム。

 

「秋子さん? 一体何の――」

「ハッキリと言ってくださって結構です」

 

 秋子の表情から、それが冗談でも何でもない、ということが分かった。

 

「どう思いますか? 祐一さん…」

「その…あまり美味しいとは…言えません…」

「そう、ですか…」

 秋子が目を伏せる。

 

「やはり祐一さんも能力者なのですね…」

「っ!?」

 

 秋子の口から発せられた言葉。それは祐一を困惑させるのには十分すぎるものだった。

 

「そうですね? 祐一さん」

 

「……はい、俺は…能力者です」

 多少の途惑いの後、祐一は正直に答えた。

 

 秋子は、祐一のその言葉を聞いて、悲しげに溜息を零した。

 

「祐一さん。このジャムは普通の人には只のジャムと何ら変わりはしません

 …祐一さんに初めて勧めた時に言ったように、甘さは多少抑えてありますけど…」

 

 祐一は例のジャムのことを御世辞にも美味しいとは思えてはいない。

 だが、秋子はこのジャムは美味しくない、ということは無いと言った。

 

「…ですが、例外があります」

 

 

「このジャムは、能力を持つ人が口にした時、まったく違う味に感じてしまいます」

 

 祐一が何故か分からない、といった表情をしていると、

 

「このジャムには僅かですけど、能力エネルギーが込められています。

 ですので、能力を持つ人が口にすると自分自身の持つ能力エネルギーが、そのジャムに込められたエネルギーと反発しあってしまいます。

 …そのせいですね」

 

「…それって無害ですよね?」

「えぇ、無害です」

 取り敢えず胸を撫で下ろす、が、

「でも、どうしてそんなものを食べさせたんです?」

 祐一の疑問はもっともだった。

 わざわざこのジャムを勧めた理由が分からない。

 

「能力を持つ人をひとりでも多く知るためですよ」

 

「もう、祐一さんにも分かると思いますけど、能力者は他の能力者を感知することが出来ます」

 確かに今の祐一は、舞や名雪、佐祐理から能力チカラの鼓動のようなものを感じることが出来る。

 わずかだが、あゆからも…。

「ですが、まだ能力に目覚めていない人や、その使い方を熟知している人は反応が希薄になってしまいます。

 特に後者はほとんど分からないほどですね」

「それでジャムを?」

 秋子が頷く。

 

「よほど味覚がおかしくない限りは、必ず何らかの反応がありますから…」

 

 確かに、あれだけの味に反応を示さないほうがおかしい。

 

「どうしてジャムを食べさせていたかは分かりましたけど、なんの為に能力者を確かめていたんです?」

 

「……ひとつ、伝承をお聞かせしましょうか…」

 祐一の質問には答えず、そう秋子が呟き、ゆっくりと語り始めた。

 

 

 

 

 

 かつて戦乱があった。

 いや、ソレは戦乱と呼ぶことも出来ないようなモノだった。

 

 黒き翼の侵略。

 

 強大な力を持つ黒き翼も対抗する手段など持ってはいない人間は、次々と殺されていった。

 そんな日々が続き、人々が生きる希望を失いかけていた時…

 現れた者達がいた。

 

 白き翼。

 

 黒き翼とは対の存在であり、また、強大な力を有していた。

 白き翼は黒き翼と違い、侵略をしようとはせず、

 人間の味方につき、黒き翼の侵略を止めるため戦った。

 人間も、そんな白き翼に出来る限りの協力をした。

 

 しかし…

 

 黒き翼の力は白き翼の力をも凌駕し、

 白き翼も日に日に数を減らしていった。

 

 そして…

 

 白き翼は最後の手段を用いるしかなくなった。

 最後の手段、それは…

 

 【封印】

 

 白き翼の全てのエネルギーを注ぎこみ、黒き翼を『此処』とは違う『次元』に封じこめる。

 それが白き翼に残された唯一の手段だった。

 

 そしてソレ、、は実行へと移された。

 

 結果は成功。

 黒き翼は残らず封印され、姿を消した。が…

 白き翼も全てが消えた。

 力を使い尽くし、消えたのだ。

 

 だが、白き翼は消える寸前…

 人間の一部に力を分け与えた…

 ひとつの言葉と共に…

 

 『始まりがあるように、いつか終わりが現れる』

 『封印がいつ解けるかも分からない』

 『だからこそ…』

 『力を…』

 

 それは白き翼の最後の力。

 希望を人間へと託し、消えていった。

 

 遥か昔の、戦いの記憶。

 白き翼と黒き翼。

 【天使】と【悪魔】そして【人間】

 

 

 

 … かつて、戦乱があった …

 

 

 

 

 

 

 

 

 …それが、秋子の話した伝承の概要だ。

「…じゃあ、もしかしてこの天使が残した力っていうのが…」

「はい、【能力】です」

「はは…なんか冗談みたいな話ですね…」

 笑みを浮かべようとするが、それは到底無理だった。

「…ですが、祐一さんたちが力を受け継いでいるのは確かなんです…」

 そう、実際に祐一たちは力を持っている。

 冗談では…ないのだ。

 

「天使の封印は、だんだん薄れてきています」

 秋子の口から発せられた言葉。

「悪魔が再び侵攻を開始しているんですよ…」

「………」

「以前まではまだ、ふらりと現れる程度でしたが…最近はその頻度が上がっています」

「…破れる寸前なんですか?」

「そう…ですね」

 重々しい雰囲気。

 天使が命をかけて封印した悪魔が、再びこの世界に侵攻を開始した。

 だが、今はもう…天使はいない。

 

 

 なら…

 

 

 

 

「俺たちがやるしかないのか…?」

 自室に戻るなり、祐一は呟いた。

 

 バカバカしい。俺はただの高校生だ。

 毎日学校に行って、つまらない授業を受ける。

 友達とバカな話題で盛り上がる。

 そんな、ただの高校生だ。

 

 …昨日までは。

 

「今の俺は…ただの人間じゃない…か」

 ぐっ、と拳に力を込める。それだけで、僅かな風が舞った。

「こんな能力チカラだって使えるんだ…」

 

「もう、もとの生活には戻れないのか…?」

 

「いや、そうじゃないか…」

 

 

「戻るんだ」

 

 

 

 力が自分にはある。

 異能の力が。

 天使の力が。

 

 再び悪魔が侵攻を開始したのなら、悲劇が繰り返される。

 

 それは、止めなければならない。

 

 はっきり言えば、恐い。

 自分自身がまだよく分からない。

 

 だけど…

 

 みんなを守ることだけは、したい。

 

 そしてきっと…

 

 

 再び日常を取り戻す。

 

 

 

 迷いはある。

 だけど、止まっていてはダメなんだ。

 

 

 

 進んだ先に、求めた答えがあるはずだから…。

 

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