第15話 黄 昏 に 染 ま る 公 園
「虚しいもんだな…」
少年が、ぽつりと呟いた。
少しはねた感じの髪が特徴的な少年だ。
いつもは明るい彼も、今はそんな雰囲気などどこにもない。
あの学校での事件の後、祐一たちと別れた北川は家に帰るわけでもなく、ひとりブラブラと歩いていた。
「――何も出来ない、ってのは…」
あの時、体育館で自分は何ひとつ出来なかった。
戦うことも、守ることも。
ただ…見ていただけだ。
自分には、力がない。
皆にはある、力がない。
そのことが、北川を責めていた。
「力、か…」
そう呟いた時、いつの間にか、自分が外れの公園まで来ていたことに気づいた。
「はは…、何してんだろ…」
不意に笑みが零れる。
哀しみに満ちた笑み。
今は、何とも関わりたくなかった。
なのに
運命とは、いったい何なのか。
少年は遭遇した。
「お兄ちゃん…♪」
その声は、上の方から聞こえた。
「誰だ…?」
言いながら見上げた先――ジャングルジムの上にひとつの影があった。
「お兄ちゃん、何してるの?」
ジャングルジムの上から、ひとりの少女が見下ろしていた。
おそらく、小学校の低学年。
赤毛の髪と、深く澄んだ緑の瞳が特徴的な少女だった。
辺りは夕闇。
そんな年齢の少女がひとり出回っていい時間ではない。
「何、って…さぁね。自分でもわからないんだ」
いつもなら聞き流すところだが、何故か受け答えする自分がいた。
「ふぅん…あっ、もしかして迷子?」
屈託なく笑う少女に視線を注いだまま、
「そういう訳でもないけどな…」
まるで知り合いかのように話をする。
「じゃあ、どうしたの?」
少女が小首を傾げながら訪ねる。
「いや――」
そしてその疑問に答えようとして、
硬直した。
「あぁっ、
何もできなかった んだっ」ポンっ、と手を打つようにして少女が言った。
まるで、北川の心の内を見透かしたかのように。
「な、なんで…」
「えへへ…
潤お兄ちゃん 悔しいんでしょぉ〜?」「な…っ」
全てを見透かされている。そう思った。
「しょうがないよぉ〜、だって潤お兄ちゃんは
能力 を持ってないもの」少女が、本当に、悪意も何もない、屈託のない笑顔で、
「戦えないのも無理ないよぉ〜」
次々と北川の心の内を語っていく。
「何なんだ、お前は……!」
「わたし?」
北川の言葉に、少女が自分を指差しながら小首を傾げる。
「わたしはねぇ…」
「 悪 魔 だ よ 」
ゾク…っ
何か、冷たいものが背筋を流れた。
逃げろ
心の中で、何かがレッドシグナルを示していた。
逃げろ
心の中で、何かがサイレンを鳴らしていた。
逃げろ
指先の感覚が麻痺していた。
逃げろ
体がまるで自分の体ではないように言うことを聞かなかった。
逃げろ
全ての精神が、全ての肉体が、危機を訴えていた。
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ・・・・・!
恐怖が、全身を縛っていた。
「今日、お兄ちゃんたちが会った男の人、あの人も悪魔」
ジャングルジムの上から声が響いた。
「お兄ちゃんのお友達は天使」
耳からでなく、頭に直接語りかけられているかのように感じた。
「
能力 が欲しいんでしょ?」
ドクン…っ
胸が高鳴った。
「戦える
能力 が欲しいんでしょ?」
ドクン…っ
「…あげるよ」
ドクン…っ
今までで一番大きく、胸が鳴った。
チ カ ラ ヲ ア ゲ ル ヨ
それは、悪魔の誘惑。
「お兄ちゃんの
能力 、呼び起こしてあげるよ」「天使の
能力 よりも、もっと強くして」「潤お兄ちゃんに
能力 をあげるよ」
声が染み渡っていく。
まるで麻薬のような中毒性。
他のことが考えられなくなっていく。
だが…北川の中にある理性と呼べるものが、最後の決断を押し留めていた。
悪魔は人に害を成す、悪の象徴たる存在
それが北川の認識。
そして、それはあながち外れてはいないのだろう。
だからこそ、北川は素直にYES≠ニは言えなかった。
…この言葉を聞くまでは。
「そうそう、潤お兄ちゃん」
「お姉ちゃんたちも預かってるから」
ドクンっ
悪魔と称する少女の言葉に、胸が鳴った。
何か、とてつもなく嫌な予感がする。
「栞お姉ちゃんと香里お姉ちゃん、だよ」
ドクン…っ!
今までで最も強く、胸が鳴った。
まるで頭を殴られたかのような衝撃。
その言葉をきっかけに北川の理性が、
「そうだよ、潤お兄ちゃん♪ ふたりともね、とっても
役に立ちそうだった し」
音を立てて、
「だって、【天使】側の能力者だもん。そんなに
簡単に壊れたりしない からね」
崩れ去ろうとしていた。
「お前…美坂に何をするつもりだ…!?」
少女相手とは思えないほどの敵意を剥き出しにして、北川が詰め寄る。
「…分かってるくせに」
少女が、むくれたように言う。
「…っ」
そして、その言葉は北川の最後の壁を壊すのに事足りるほどの力を有していた。
ココでコトワれば、フタリとも、コロされる。
北川の胸が鳴った。
それは確実な事柄。
そして、どうしようもないほどの恐怖。
だが、断るわけにはいかなかった。
北川の想いはひとつだったから。
それは最初から持っていたものだったから。
美坂を守る。
今の北川の心にあるのは、それだったら。
だから…
夕闇に染まる公園からふたりの姿が消えたのは、このすぐ後のことだった。
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