第19話   相 反 す る 両 者

 

 

 

 こんな深夜でも、噴水は滴を空へ散らし続けていた。

 小さな、とても小さな水の飛沫が、月明かりに照らされ、キラキラと光る。

 ――そんな幻想的な光景も、今は眺めている余裕さえなかった。

 

「――もう、追いついてきましたか」

 ポツリ、と美汐が呟いた。

 美汐と真琴がいるのは公園の中心――噴水のすぐ傍だ。

 この公園は、言うほど広いわけではない。

 ふたりのいる場所から、全貌が目視できる…その程度の広さだ。

 

 だが、周りに及ぶであろう被害は、格段に低い。

 燃え移るものもほとんどなく、さらに噴水のお陰で火災にも発展しにくいだろう。――真琴が、惜しみなく、その能力を発揮することの出来る場所なのだ。

 

 

 あの男たちがこの公園に入ってくるまで、あと数秒といったところだろう。

 それを感じたのか、

 

 ――ボゥッ

 

 真琴が【炎】の能力を発現させた。

 両腕に生まれた紅蓮。

 それを目の前に交差させる。そして、

 

焔矢ホムラヤッ」

 

 振り抜く。

 

 ――――――!

 

 刹那に放たれた八本の炎の矢が、空を裂き、公園に跳び込んできた人型のひとつに、突き刺さった。

 ――発火。

 これに、残りの影が驚愕し、一瞬だが、動きを止めてしまった。

 

 ――そして、その一瞬があれば十分だった。

 

 黒い人型は、はじめ5体だった。

 それが、最初浸入しようとした時に2体。今、焔矢で1体が消え、残りは――

「二つ目ッ!」

 言うより前に、既に1体が炎に包まれていた。

 真琴は、相手の動きが止まるよりも早く跳び出し、向かいながらに焔矢で1体を貫いていたのだ。

 ――そして、近接しきった真琴は、残り1体となった人型を【炎】で包み込もうとしていた。

 

 一閃

 

 ほんの、ひとつの動作。

 炎を纏った腕で、人型を殴った。……それだけの、いたって単純な動作。

 だが、それだけで事は終わっていた。

 

 

 ザリ、という音を残して、真琴の動きが止まる。

 ひとり残った、リーダー格の男と、対峙するように。

 

「後はあんただけよぅっ!」

 真琴が言う。

 既に炎は発現済み。距離も遠くはない。…いつでも踏み込める距離だ。

「…そうだな」

 男が言う。

 表情はない。まったくの無表情で言う。

 だが、変化が起こった。

 男の表情が動いた。ニヤリ、と笑った。

 

 ゾクリ、と冷たいものが流れる。

 それに嫌な予感をただ感じ、バックステップで体を後ろに下げながらに、焔矢を放つ……が、

 

 ――キン

 

 空を響かせ、全てが、斬り落とされた、、、、、、、

 

「水の、刃…?」

 それは美汐の呟き。

 漆黒のコートに身を包まれた男の右手には、寒々と輝く、水のナイフが握られていた。

 

「…俺の能力は、水のナイフを作り出す」

 言って、左手にもナイフを生み出す。

 と、その両手のナイフをクルリ、と回し、刃の部分を指で挟むようにして持ち替えた。

 

「さて…」

 大きく、両腕を横へと振りかぶる。

「戦闘開始といこうか…!」

 

 瞬間、飛来するふたつのナイフ。

 肉を裂き、内臓すらも抉り出すほどの威力を秘めたナイフ。

 避けることは…不可能。

 ならば…打ち落とすしかない。

 

「えぇいっ」

 真琴が炎を帯のように巻き上げ、ふたつのナイフ、その両方を蒸発させる。

 が、それで事が済んだわけではなかった。

「!?」

 ふたつのナイフ、その後ろに、さらにふたつのナイフが迫っていたのだ。

 避けることも、打ち落とすことも、今の真琴に不可能。

 そのまま、肉を裂かれ、内臓すらも持っていかれる。

 

 パキィィン

 

 …ということにはならなかった。

 

 甲高い、音。

 キラキラと光る壁が、真琴をナイフから守っていた。

 美汐の、【障壁】だ。

 

「あ、あぅ?」

 今、自分の眼前にまで迫ってきていたナイフが、突き刺さることなく弾かれたことにそんな声を上げたが、

 それが美汐の能力によってのものだと理解し、意識を目の前の男に向けた。

 

 男は、完全に無表情だった。

 ただ、今の妨害に対する微かな憤りを感じているようではある。

 そんな男が、口を開いた。

 

「…水は火に勝るとは言え…その障壁は厄介な代物だな」

 邪魔だ、と付け加え、何の前触れもなくナイフを美汐に投擲した。

 ――瞬速。

 美汐は、真琴の前面に障壁を発現させていたために、すぐには自分の目の前に発現させられない。

 避ける、間もない。

 ――そんな恐怖に目を閉じた美汐の耳に、音が…飛び込んできた。

 

 それは、燃え上がる、炎の、鼓動 ―――

 

「蒸発…確かにそんなことも出来たな」

 男の言葉は、軽い。

 目の前で、自らが放ったナイフが気化されたというのに。

 それは、絶対的な余裕からか。

 それとも、別の何かの為か。

 そんなことは、分からない。

 

―――リィィン

 

 鈴の音が響いた。…強く。

 持ち主の、その意思を感じ取っているかのように、強く、強く。

「………」

 無言。

 だが、湧き上がる感情は、誰が見ても分かるほどに燃え上がっていた。

 …ただひとつ。確かな、怒り。

 美汐を傷つけようと…いや、殺そう≠ニした、この男に対する絶対的な怒りが、真琴の炎を燃え上がらせていく。

 地面までも焦がす紅蓮を纏い、真琴が立っていた。

 見据えるものは、男のみ。

 目的はひとつ。

 

 ――完全なる滅焼

 

「…美汐」

 真琴が、男を見据えたまま言った。

 とても、静かな口調で。

「真琴は大丈夫だから、自分に使ってて」

 刹那、真琴は跳び出した。

 

 男はナイフを両手に構え、迎え撃つ。

 真琴の炎が、男のナイフが、唸りを上げ激突する!

 

 その瞬間、互いが打ち消しあい、消滅する。

 だが、そう思ったときには既に新しい炎とナイフが生み出され、また、ぶつかり合う。

 その、繰り返しが幾度となく続く。

 これではただの消耗戦だ。

 そう判断したのか、男が後ろに跳び、間合いをつくった。

 

 すでに、言葉など意味をなさなくなっている。

 ひとつの行動で、意味が全てわかってしまう。

 

 ――決着をつける、か

 

 男が内心で笑う。

 もっと簡単だと思っていた今回の任務で、こんなに楽しい相手に巡り合えた。

 こんなに、命のやり取りを、本気で出来る相手。

 もう、楽しくて仕方がない。

 ずっと、こんなギリギリの戦いを楽しみにしていた。

 だからこそ…笑みが浮かぶ。

 

 ――そうだ、決着をつける

 

 本来なら、もっと楽しみたいトコロだが、あまり時間に余裕はない。

 今はコイツを…殺す。

 また、違う相手を探すだけだ。

 まだ強い奴はいくらでもいる。

 アイツが向かった、奴はもっと強い。

 だから…今は殺す。

 そう、殺す。

 完膚なきに、殺す。

 そして次、だ。

 

 可笑しい。可笑しい。可笑しくて仕方がない。

 目の前の餓鬼は今から殺されるというのに、そんな素振りも何もない。

 これから、俺に殺されるというのに。

 

 ――もう、考えるのも面倒だ。

 

 今はただ、目の前の命を消すことに集中しよう。

 まだある、次の為に。

 コイツは、此処で、死ぬ。

 

 

 刹那の跳躍。

 

 何の前触れもなく、男が真琴に向かって跳んだ。

 頭上から、その頭部を狙ってナイフを振り下ろす。

 

「今はただ、死ね―――!」

 

 男のナイフが、真琴の頭を捉える――

 その刹那の前に、

 

「死ぬのは、アンタよ」

 

 呟いた真琴の右腕が、

 炎を纏ったその腕が、

 男の腹部を撃ち抜いた。

 

 

 炎が舞い上がる。

 戦いを喜びに転化させた男の命が、炎の煌きとなって燃え上がる。

 真琴たちの姿もすでにそこにはない。

 

 この公園に残ったのは、黒くなった地面と、

 変わらずに水の花を咲かせ続ける噴水。

 

 

 

 まだ、夜は明けない。

 

 

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