第20話   悪 魔 と い う 存 在

 

 

 

「――秋子さんは、あゆを守ってあげてください」

 祐一が、真剣な顔で言った。

「少なくとも、俺たちより秋子さんの方が能力者として上みたいですから…俺たちが付くより安全です」

「…確かに、私の方が能力的には上でしょうけど…祐一さん、大丈夫ですか?」

 それは、敵がかなり強大な力を持っている、ということなのだろう。

 

 数分前、水瀬家の住人たちは能力者の接近を感じ取っていた。

 例の、あの軍団だ。

 こんな夜更けに目が覚めたのは、秋子のお陰だろう。

 秋子は、一層強く感じたのか急いで皆を起こしたのだ。

 だが、あゆはまだ眠っている。

 あの学校での出来事の時に何かを飲まされたのか、それとも特殊な能力によるものか、それは想像の範疇を越えないが何かの外的要因によって眠り続けている。

 そして、この襲撃の狙いもあゆだということは確実だ。

 

 学校の襲撃も、あゆの拿捕が目的だった。

 それを仕損じたのだから、第二陣を引いたとしてもおかしくはない。

 むしろ、それが自然だ。

 

 敵方の…悪魔側にとって、あゆはかなり特殊で、そして重要な存在になるのだろう。

 そしてそのヒントとも言えるのが、あの男の口にしたという言葉。

 

 天 使 悪 魔 の 翼アンバランスウイング

 

 天使であり、また悪魔である、その翼。

 その意味は分からない。

 だが、渡してはいけない。それだけは確かな事実なのだ。

 あゆが悪魔の手に渡った時、それは覚悟を決めなければならない時なのだろう。

 ――今はその時ではない。

 今渡してしまえば、確実に負ける。

 何故か、そう言い切れる。

 だからこそ、今は守りに徹するしか方法はない。

 

「いいですか祐一さん、相手はあと数分でここに到達するはずです」

「はい、秋子さんにはあゆを連れて逃げてもらいますから、俺たちはここで時間を稼ぎます」

 祐一と名雪だけで時間を稼ぐ。

 それはなかなか無謀ではある。

 だが、それしか方法がないという事実が付き纏う。

 もし、あゆを連れて逃げるのが祐一だとした時、もし相手に見つかってしまったら撃退できるか分からない。

 ――いや、それは難しいのだ。

 祐一が能力に覚醒したのはつい昨日のことだ。

 まだその使い方などを完全に熟知したわけではない。

 名雪に至っては、攻撃する能力でもないのだ。

 そんな祐一たちがかなりの力を持った能力者に直面したら、あゆを守ることなど出来ないだろう。

 

 だからこそ、そのあゆを守る任に秋子が就いたのだ。

 

「無理だと思ったらすぐに逃げてくださいね。祐一さんの能力なら逃げることくらい簡単な筈です」

「分かってますよ」

 微かな笑み。だが、その心情は不安で縛られている。

 祐一は大きな敵と言うものに直面したことがない。

 だが、今攻めてきている敵は、大きな力を持っている。

 不安になるのも仕方がない。

「大丈夫ですよ祐一さん。祐一さんには天使が宿っているのですから」

「はは…、悪魔を打ち倒す天使の力、ですか」

 ふふっ、といつもと変わらない微笑を浮かべる。

 それを見て、祐一の不安は僅かに消えてくれた。

「――では、私はそろそろ行きます。祐一さん、気をつけてくださいね」

 はい、と返事を返す。

 それに頷くと、秋子はあゆを抱き上げた。

「あゆを…お願いします」

 今度は言葉を返さず、ただ、微笑だけを返し、秋子は夜の闇に身を投じていった。

 

 

「ねぇ、祐一。大丈夫、だよね…?」

 それは、一言の不安。

 そして、一番大きな、不安。

「大丈夫だ。なんとかなる…」

 なんとかなる…それは、名雪への言葉か。

 それとも、自分への言葉なのか。

 ただ、今はやれることをするだけだ。

 

 

 祐一は、自ら打って出た。

 待ちの戦いでは、家に被害が出ると思ったからだ。

 祐一が感じていたのは、7つの気配。

 内6つは、数だけの兵隊みたいなものだ。そう感覚のどこかで感じている。

 そう、真琴たちを襲った黒い人型、それと同じもの。

 それを祐一はどこかで感じ取っていたのだ。

 だからと言って、無視できる存在でもない。

 頭を潰せば指揮系統は狂い…という話はよくあるが、今はソレは間違いだ。

 頭を潰すにしても、そこに辿り着くまでにはやはり倒さなければならないし、潰れたとしても、指揮系統など関係なしに襲ってくるだろう。

 それは命令に忠実な機械に等しい。

 はじめにインプットされた命令が達成されるまで動き続ける機械。

 それが、6つの人型だ。

 

――なんとか、なるさ

 

 夜の道を走りながら、拳に力を込め――開く。

 生まれる【風】

 祐一の能力【風】は、変幻自在の眼に見えぬ武器。

 それを、眼前に向かって、解き放つ。

 

 シュパン、という空気を裂く音。

 

 祐一が人型を視認した瞬間に放った【風】

 それは【鎌鼬】

 

 真空の刃が、一瞬にして人型のひとつをズタズタに切り裂いた。

 続けて放つ。

 連続して放たれる【鎌鼬】が、残る人型を尽く切り裂いていく。

 反撃の余地さえ与えない。

 距離も十数メートル離れている。

 そこから放たれる真空の刃に、6つあった人型は残らずその機能を失わされた。

 

―――なんとかなる、じゃない。なんとか…する!

 

 目の前を睨むように、直視する。

 残るのはひとりだ。

 明らかに他とは違う空気を纏った、そのひとり。

 ソレに向かって、【風】を打ち出す。

 真空の刃は、触れるだけであらゆる物を切り裂く。

 その真空の刃を同時に3つ。

 三方向からの射線。

――避けれまい…!

 そんな、予想は、完全に、裏切られた。

 

 男が手を地に付いた、その直後に地面が隆起し、人形が生まれた。

 コンクリートから発生した人形。それはまるでRPGのゴーレムのようだ。

 その生まれたゴーレム。それが、【鎌鼬】を完全に遮断した。

 

「あまり俺を舐めてもらっちゃ困るなぁ…」

 男、というのは間違いだった。それは、少年。

 祐一と比べても、まだ年下。

 中学生といった風貌だ。

 だが、人とは思えなかった。

 鮮やかな金髪。真紅の瞳。

 

 そして、漆黒の翼。

 

「あく、ま…!?」

 驚愕から、そんな言葉が漏れる。

 天使と仇なす、黒き翼の者。

 破壊と混沌を望む、黒き一族。

 それが目の前にいる。

 

「なぁ、お前は俺を楽しませてくれるのか?」

 ニヤリ、と笑みを浮かべながらの言葉。

「楽しませてくれなければ…死ぬぜ」

 言って少年が手を再び地に当てる。

 それを見て、咄嗟に祐一の手が動くが、放った風は先ほどのゴーレムに阻まれ、通らない。

「さぁて、楽しい人形劇の始まりだ…!」

 バチッと空気のはぜる音。

 そして、生まれる人型たち。

 

 悪魔の少年、その能力は等価交換によって、人形を生み出すというのも。

 土から土の、木から木の、水から水の、人形を作り出す。

 それは、ゲームでよくあるゴーレムとなんら違いはないだろう。

 人の形をした化け物。

 そうとしか表現の仕方がない。

 

 

「舞台、開演だ――!」

 

 

 

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