第21話   何 も 出 来 な い ま ま に

 

 

 

「舞台、開演だ――!」

 

 悪魔の少年が言い放った瞬間、ゴーレムが一斉に襲い掛かってきた。

 数にして6体。

 すべてがコンクリートから生まれた白い人形。

 白い表面は、月明かりに照らされ美しい。

 だが、見惚れることはできない。

 それは、殺人人形なのだから。

 

 眼前に迫った一体に幾重にも【鎌鼬】を放ち、粉砕する。

 だが、ひとつ潰してもまたその後にいる。

 ひとつ目を潰したとほぼ同時に、バックステップで身を下げる。

 すると、さっきまで祐一がいたところに石の拳が突き刺さった。

 避けていなければ、全身の骨が粉々になっていたに違いない。

 地面は砕け、沈下していた。

 

 その動きが止まった一体に【鎌鼬】を撃ち込み、腕と体を分断。

 さらにバックステップで間合いを広げた。

 

「ハァ―――」

 

 軽く息が上がっている。

 

 能力は、能力者のエネルギーを介して発現させる。

 つまり、能力を使えば使うほどにエネルギーを消費するのだ。

 舞や香里のような補助的な能力なら、そのエネルギーの消費量は少ないが、

 祐一や真琴のように何かを生み出す#\力は、その消費量が大きい。

 エネルギーは、スタミナのようなものだ。

 浪費すれば、その分身体が不調を訴える。

 …祐一は、まさにその状況だ。

 さらに、祐一が能力に目覚めたのが先日のことだ。

 能力の使い方を完全には熟知していないし、調節が完全ではない。

 エネルギーの内包量もまだ少ないのだ。

 

 そんな祐一があれだけ【風】、しかもそれを真空にして刃として撃ち出す【鎌鼬】を連射しているのだから、疲労を招いても仕方がない。

 まだ動けないまでではないし、なんとかなるかもしれないが…長期戦はまず、無理だ。

 

「――っ」

 目の前を睨むように見据えるが、短期で決着をつけさせてはくれそうにない。

 少年は、愉快そうにクスクスと笑っている。

 その周りには五体のゴーレム。

 守るように、それでいて好戦的に取り囲んでいる。

 短期で、一気に事を片付けるのは、無理に等しい。

 

(どうする…?)

 突破する手段をいくつ組み立てても、確実な手はひとつもない。

 だからと言って、成功の可能性が高いものがあるわけでもない。

 可能性は低いものしかない。

(どうする…?)

 同じ問いかけ、そして、それに答えは出ない。

 

「…はぁ」

 少年が、溜息を零した。

 笑みは消え、落胆している。

 その少年が、目を瞑り、がっかりしたように呟いた。

 

「役不足」

 

 気付いたときには、既に手遅れだった。

 突如発生した気配に後ろを振り向くと、そこにはひとつの人形。

 生まれたての石の人形が、腕を振り上げていた。

―――やられる…!?

 反射的に目を閉じた。

 その瞬間、広がるのは闇。

 全てを映さぬ、無の闇。

 そして、衝撃は襲ってきた。

 ただ、上からでなく、横から。

 ざしゃぁ、という地面を滑る音と、自分にかかる重みを確かに感じ、祐一は目を開けた。

 

「ゆういちっ」

 自分の上に乗っていたのは、石の人形はなく、見慣れた幼馴染の少女――名雪だった。

「な、ゆき…?」

 言いながら身体を起こし、立ち上がる。

 先程の衝撃は、名雪が横から押したものだったようだ。お陰で押し花にならずに済んだらしい。

「だ、大丈夫? 怪我とかしてない…?」

「あぁ…今のところは、な。けど名雪、お前なんで此処に――」

 確か、待っていろ、と言って飛び出したはずなのだが。

「祐一が心配だったから、じゃ…いけない?」

「いや、だめなことは全然ない、って言うか嬉しいと言うか…」

「でも祐一、本当に大丈夫なの? 何か、すごく辛そうだよ?」

「――これはな、多分能力の使いすぎ。力がしっかり入らないんだ」

「それって、かなり大丈夫じゃないんじゃないの…?」

「いや、そうでもない。まぁ、激しい運動して疲れたのと同じ感覚。しばらくすれば回復するから」

「それならいいけど…」

「なぁ名雪、俺の心配してくれるのはいいけど、お前は大丈夫なのか?」

「私は平気だよ」

 そっか、と安心すると同時に、存在を思い出した。

 

「ダメだぜ? …舞台はしっかり観ないとなッ!」

 

 ふたりの会話を打ち切る声に、祐一と名雪が離れるようにそれぞれ後方に跳んだ。

 瞬間、降ってくる石の人形。大きさは拳大ほどしかないが、その形は鋭利だ。

 刃物と何ら違いのないものが上から降ってきたのだ。もし避けていなかったら――

 そこまで考えて思考を切った。

 取り敢えず、降ってきた人形――6体もあった――を避けたのだから、次の行動に移らなければならない。

 少年を見る。相変わらず、ゴーレム級の人形が4体。

 周りを見る。名雪は無事。他には何もない。

――やるしか、ないか。

 ぐぅっ、と両手に力を込める。力を込めるのは能力を発現させる為。

 そして、その能力は風。

 それは、軽く、迅く―――鋭い。

 左手を前に突き出し、右手は後ろに引き絞る。

 それを見て、名雪が不安そうな表情を浮かべ、

 少年がその眼を細くする。

 しかし、祐一にはそれすらも見えていない。

 ただでさえエネルギーが残り少ないのだ。ギリギリまで集中しないことにはしっかり収束しない。

 両手にさらに力がこもり、祐一の周囲を風が巻き始める。

――前兆。

 それはエネルギーが能力へと昇華するへの階段。

 地を離れ、空へと舞い上がる風の鼓動。

 俯瞰の風景を感受せし鳥の羽ばたき。

 

 軽く、迅く、鋭い。

 それは―――風。

 

 右手をさらに引き絞る。

 少年は別段動きも見せず、そこにずっと居る。

 それは余裕の表れか。

 名雪は、動けずに動向を見ていた。

 そこに余裕など微塵もない。

 そして祐一は、その両者の状態など気にしていられず、ただ目の前の目標物だけを見据えていた。

 

 瞳を絞り、右手を前に突き出した。

 刹那。断線が走った。無数に。粉々になるまでに。悪魔の少年…その眼前の地面に。

「っらァ!」

 祐一がさらに左手を、まるで逆袈裟を引くかのように振り上げた。

 それで、視界は一変した。

 

――祐一はすごい。

 私たちじゃ考え付かないようなことを平然とやってのけてくれる。

 いつも、その考えと行動に驚かされてばかりで、すごいなぁ、と思ってた。

 本当に、祐一はすごいと思う。

 だって、私は考え付かなかったから。

 祐一がしようとしていることが。

 最初、地面を粉々にした時は意味が分からなかったけど、そういうことだったんだ。

 まさか、粉々にした地面を【風】で巻き上げて即席の煙幕をつくる、、、、、、、、、だなんて。

 

 祐一は煙幕を作り出すと同時に地を蹴っていた。

 煙幕というものの使用理由などふたつしかない。

 1つ目。それは相手の動きを鈍らせ、逃げる為。

 2つ目。それは視界を塞ぎ、相手の懐へ気付かれる前に接近する為。

 ――そして、祐一が選択したのは、後者。

 

 地を蹴った祐一は迷わずに砂煙の中に飛び込んだ。

 自分の周りを薄い風の膜で覆っている為に、砂煙の中でも眼を開けていられる。

 この煙幕に、対象物は動きを止めてしまっているだろう。

 そこを――撃つ。

 一直線に駆ける。【風】を用いての移動は、佐祐理の【加速】に引けを取らない速度を見せた。

 僅か数秒の距離―――

 右手に出来うる限りのエネルギーを収束させ、確かな気配を感じさせる其処に飛び込んだ。

 ―――どすん、という重い衝撃。

 かはっ、と血を吐く音。

「馬鹿だな」

 砂煙巻く空気の中で、悪魔の少年が悠然と立っていた。

 

「人形たちが眼で見てると思ったのか? そんなわけはないだろう。コイツ等は分かってるのさ。お前の動きが」

 全長2メートル弱もある石の人形の豪腕を腹部に受けている祐一に向けて言い放つ。

「――、――、」

 何かを言おうとするが、上手く口が動いてくれない。

 そんな祐一を、心底落胆した眼で見て、

「もう鬱陶しいだけだ」

 ゴーレムが、祐一をそのまま投げ飛ばした。

 

 どしゃ、とあまり聞く機会のない人の落ちる音を聞いて名雪の意識はバーストした。

――祐一が、死んじゃう。

 それだけしか、頭が考えてくれない。

 その事実が分かっているのに、自分の身体はまったく動いてくれようとしない。

 すべてがスローに映る。

 何も考えられない。

 身体も動いてくれない。

 ただ、砂煙が晴れていく。

 祐一の決死の一撃を、なかった事にするかのように、

 砂煙が晴れていく。

 そして、

 じゃり、じゃり、と地面を鳴らして悪魔の少年が姿を表した―――

 

 ぁ、と名雪がか細く声を零した。

「まったく…面白くない。人に期待だけさせておいて結局――」

 横目で祐一を見る。その眼はどうでもいいものを見るかのように、冷たい。

「面白くない」

 そして名雪へと向き直り、一歩踏み出す。

 それを見て、名雪がビクリ、と震えた。

天使悪魔の翼アンバランスウイングがいないなら、もうここに用はないしな。取り敢えず…眠ってもらうか」

 名雪に少年が、祐一に人形が近づいていく。

 能力者を連れ帰るのも任務のひとつなのだろう。その為に、近づいてくる。

 祐一は既に気を失っているのか、動かない。名雪も圧倒的恐怖に、動けない。

「――!」

 名雪が瞳を堅く閉じた。

 その名雪に手を伸ばす悪魔の少年。

 手が、名雪に触れようとして―――

 

 ―――すべてが、止まった。

 

 

 ドンッ、という爆発に近い音。

 横の方から突如響いた空気が破裂したかのような音に、少年の手が止まった。

 否、それは空気が破裂したのではなく――消滅した音。

 少年が慌てて振り向くと、そこには、

 

 悠然と、相沢祐一が立っていた。

 

 

 

 

 ―――その身に、漆黒の風を纏わせながら。

 

 

 

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