第24話   圧 倒 的 な 紅 の 力

 

 

 

 迫りくる人形たちの中心で、

 

 祐一は、本当に可笑しそうに、哂った―――

 

 

 

 古来より、人は自らの死に直面した時、己の過去を垣間見るという。これを一般的に走馬灯≠ニいうが、まさに祐一の今の状況はそれに近いものだ。

 逃げ場のない上、一撃で死に至らせる豪腕が迫っている。そんな中で、絶望の念を少しも感じない者があるのだろうか?

 普通に考えれば、それはありえない。

 誰もが死に怯え、出来れば穏便に過ごそうと考えるだろう。君子危うきに近寄らず、そんな言葉があるくらいなのだ。考えることができる人間ならば、危険なモノは極力避けようとするし、巻き込まれてしまえば後悔する。

 そして祐一の状況はその中でも極めつけのモノだ。絶望しなければおかしいような状況。―――その、はずなのに。

 

 

 祐一は、哂っていた。

 

 誰もが絶望に拉がれそうな中、まるで玩具を前にしているかのように哂っていた。

 なんて楽しそうな笑み。

 祐一はこの絶望的な状況の中で、ひとり楽しんでいた。――そう、宴は今はじまる。

 

 豪腕が間近に迫る。あと数秒で到達するという距離だ。このまま何もしなければ、間違いなく死に至る。

 そんな状況を見て祐一が、ニヤリ、と表情を歪めた。

 祐一と人形の距離がさらに詰まる。

 

 ――――――3秒。

 ――――2秒。

 ――1秒。

 

 そして、嘲りと共に祐一が呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「  消  え  ろ  」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬。

 そう、一瞬の出来事だった。

 おそらくこの場で理解できている者はいないだろう。それほどまでに一瞬であり、驚異的であった。

 

 祐一が呟いたその瞬間、風が吹いた。

 どこまでも黒く、深い。そんな風が螺旋を描いて巻き起こった。

 

 漆黒の風が祐一を中心に、すべての人形を包み込むように吹き荒れた―――!

 

 

 

「くくっ、くくく……っ」

 

 風の中心で、笑い声が上がる。

 風の音の中、その笑い声だけが確かに響く。他に音はない。人形が走って発せられた地面を鳴らす音も、その人形の豪腕が捕らえた時に発せられるはずの音も、そのどちらもがない。

 

―――ゴゥッ

 

 と、風が一際大きく広がり、そのまま霧散した。

 何もない。

 そこには何もなかった。

 人形の姿など、ひとつもない。それどころか地面は抉れ、周囲の壁や電灯すらもその姿を消滅させていた。

 そして、その中心に、相沢祐一が立っていた。

 

 全身ボロボロだ。身体の節々からは血も滲み、服を紅く染めている。

 能力の使用による疲労、さら相当の傷を負っているに違いないはずなのに、

 

 それでも祐一は愉しそうに――哂っていた。

 

「く…っ!」

 悪魔の少年が地面を砕いて細かい石片とし、それを多数抱えると能力を込めて投げ放った。

 ばちっ、と紫電が走り、石片がナイフのように鋭くなる。それが一直線に祐一へと疾る。

 それを見て祐一が右腕をぶん、と振るった。

 気だるそうに、何の力を込めたようにも見えない。そんな腕の一振り。

 そしてそれが能力の発動を促した。

 黒ノ風が腕の軌跡を通って帯のように巻き起こる。―――そして、両者が激突した!

 

 ナイフと化した石片と、黒ノ風がぶつかった瞬間、石片は跡形もなく消滅する。

 しかしそれは悪魔の少年にも分かっていたことだ。祐一の放っているのは全てを消し去る黒い風。それは自分自身にまでも影響するほどの強大な力であり、多用すれば自身が崩壊するということ。

 余波で全身から血が滲むほどのダメージを負うのだ。至近距離――ドッグファイトでの能力の使用は自らを消すことになりかねない。そうなれば能力は使用できないだろう。ならば、その通りに距離を詰めればいい…!

 

 悪魔の少年が疾走する。

 石片を投げたときには既に走り出していたのだ。もはや祐一との距離は2秒と空いていない。

「――しッ」

 祐一の目の前に到達すると同時に軸足を強く地面に叩きつけ、その勢いのままに肘を突き出す。

 ダンッ、と地面が鳴り、繰り出された肘うちは腹部へと突き刺さる――前に、祐一はその身を横にずらしてそれを避けた。

 追撃の、右足を軸にした回し蹴り。祐一はそれを手で捌くと間髪いれず悪魔の少年が軸としていた右足を鋭く払った。そして、そのままの勢いに蹴り上げる!

 

 蹴りを繰り出した左足は地に付いておらず、さらに地に付き軸としていた右足が払われ、悪魔の少年は地から離された。浮かされてしまえば、身動きができない。つまりそれは――絶対的な隙となる。

 

「ぐ――ッ!?」

 悪魔の少年に戦慄が走る。

 見れば、祐一の右手には能力が収束していた。祐一の今の能力は消滅を促すモノ。この身動きの出来ない状況でそれは絶望的だ。

 ニヤリ。表情が歪む。間違いなく、祐一は消す≠ツもりだ。

「く…っそがァァア!!」

 叫び。祐一を前にして、悪魔の少年の能力が限界の域まで酷使される。

 限界まで高まった能力のエネルギーが、バチバチ、と悪魔の少年を中心に紫電を走らせた!

 祐一が打ち出そうとしていた右手を止め、舌打ちして振り向きざまにその能力を開放し、その開放された能力――黒ノ風が、現れた人形の腹部を撃ち貫く。

 祐一の真後ろに現れた人形。それは悪魔の少年が限界まで高めたエネルギーによって生み出したものだ。エネルギーを込めれば込めるほどに、その型は大きく、そして強くなっていく。

 実際今生み出された人形は、辺り一帯のコンクリートを飲み込み巨大と呼べるほどの大きさになった。その腕から繰り出される一撃は装甲車といえ打ち砕くだろう。

 

―――腹部を撃ち貫かれた巨大な人形は、何もなかったかのようにその巨腕を振りあげた。

 

 人形に痛みなど存在しない。痛みが存在しなければ恐れも存在しないのだ。痛みを、恐れを知らぬモノはただ純粋な機械だ。

 祐一目掛けて巨腕が振り下ろされる。

 それを横っ飛びに回避、そのまま黒ノ風を連続的に放つ。

 ボシュ、という音を立てて、黒ノ風の弾丸が人形に穴を開けていく。だが、その穴もすぐに塞がってしまった。

「ハァ、ハァ、ハ―――」

 悪魔の少年は何とか地面につくことが出来ると、その息を整えながらも休みなくエネルギーを人形に送っていた。

 穿たれた穴くらいなら、少量のエネルギーで再構成させることが出来るのだ。この人形を作り出すのに多大なエネルギーを消費したが、まだ尽きた訳ではない。この調子ならば、まだまだ穴を塞ぎ続ける事ぐらいは出来る。

 恐らく、先にエネルギーが切れるのは向こう。という考えなのだ。確かに祐一の能力は多大なエネルギーを消費するのだろう。物質を消す≠ネどという非常識なほど強力な能力、それのエネルギー使用量が少ないなんて事はありえない―――

 

――ボンッ

 

 人形の左、二の腕が消失する。二の腕の先は地面に落ち派手な音を発した、が、そう思った矢先にソレが修復される。  

 次は右足。横薙ぎに放たれた黒ノ風が右足と胴体とを切り離す。それにより人形が前のめりに倒れるが、すぐに修復され立ち上がる。

 

―――面白い―――!

 

 知らず顔の筋肉が弛緩する。祐一はこの狂劇を愉しんでいた。穴をあけようと、分断しようと、すぐに修復されまた襲い掛かってくる。まるで玩具。それも壊れない最高の玩具だ――!

 

 そうなってしまえば、手加減などする必要など、まったくもって皆無だ。

 

 紅の翼を、血で更に紅く染め、祐一が哂う。

 

 

 

 

「壊してやるよ――徹底的に――――!」

 

 

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