第26話 鎮 魂 歌 を 唄 え
「ん…ぅ…」
名雪は目を覚ました。
どうやら祐一とリヴィルの戦いの余波に巻き込まれ、そのときに頭を打ったか何かで気絶していたようだ。
まず、目を覚ました名雪の目に入ったのは過去の姿をほとんど残さない、その路。
崩れ、抉れ、消失した路。名雪が気絶している間に、想像を絶するような戦闘が繰り広げられたことは明白だった。
そんな戦闘の中、ほとんど被害を受けなかった名雪は、かなりの強運だったに違いない。
「ゆういち…」
そんな、路の先に祐一が背を向けて立っていた。
悪魔の少年がいないところを見ると、おそらく祐一が勝ったのだろう。
祐一の全身は紅。体の節々から出血しているのだろう。着ている服はボロボロで、さらに朱に染まっている。
紅い翼は今も有り、風に揺れていた。
刳り貫かれたかのような空の真円の元、その紅だけが鮮明だった。
祐一は名雪が目を覚ましたことに気付いたのか、ゆっくりとした動作で振り返った。
「やっとお目覚めか」
何の思いも篭っていない、冷たい声。
その声にゾクリとした。
「――悪魔の、男の子は?」
やっとのことで出た言葉に、祐一はあの邪悪な笑みを顔に浮かべ、言った。
「消した」
ドクン、と心音が跳ね上がった。
消した――その言葉にある意味は、ひとつしか、ない。
「ころ、した…の――?」
「くくく…何をそんなに驚いている?
殺らなければ殺られる。ならば殺る。これのどこが間違っている?」
「でも――!」
殺す以外にも方法が――
「殺す以外にも方法があった、なんていう偽善ぶったことは言うなよ。
結局これは殺し合いなんだ。最後のひとりになるまで、これは終わらない。最後の勝利者が絶対≠ノなる」
そして―――
呟く間に、祐一は名雪の目の前まで近づいた。
「俺にあるのは敵≠セけだ」
バサリと紅い翼が広がり、祐一の右手に能力が収束する。
「敵は殺す。殺られる前に、確実に」
祐一が哂う。右手に収束しているエネルギー量は、簡単に名雪を飲み込むことが出来るほどだ。これが放たれる時、名雪の存在は消える。
恐怖からか、名雪が後ずさる。その身はガタガタと震え、怯えていた。
「―――死ねよ」
刹那、エネルギーが黒ノ風へと昇華し、解き放たれた。
「ぁ―――」
そんな、か細い呟きは名雪の口から発せられた。
そう、名雪から。
「どうした? そんなに意外か?」
祐一が放った黒ノ風は、名雪の脇を抜け、その後方を穿っていた。
外れたわけではない。――外したのだ。
「別に深い理由はない。ただ、
コイツ が五月蝿いからな」「…こいつ―――?」
「――本当に、何も分かっていないのか。
くくく…っ、なら教えてやる。俺は、
相沢祐一とは別人 だ」頭が、混乱してきた。
「いや、少し違うな。確かに俺は相沢祐一とは違う。だが、やはり相沢祐一だ」
つまりは――
「相沢祐一の身体を使っている、まったく別の存在。それが、俺だ」
同一人物にして別人格。
二重人格とはまた違う。人格が違うだけではなく、これは魂すらも違うと言える。
根底からの別人物。
ひとつの器に、ふたつの魂が共生している。
普段、表に出ている相沢祐一≠ニ入れ替わりに、その身を露にした別のモノ。
それが、いまの祐一だ。
「肉体の支配権が移ったに過ぎない。よって記憶は継承している。
―――まぁ、俺はその回路を閉じているから相沢祐一が俺の記憶を知ることは出来ないがな」
それに知らないほうがいい事もある―――という呟きは、名雪の耳には届かなかった。
「相沢祐一の意識は微かだが残っている。実際、お前を殺そうと思った瞬間に精神的な圧力でそれを止めようとしてくる」
「――元の祐一に、戻れるの…?」
「戻れる。ただし、俺にその気があれば、だが」
にやり、と表情が歪む。
「――返して。祐一を返して!」
それは悲痛な叫び。
「くくく…。返してやるから安心しろ」
え? と名雪は一瞬疑問に思った。どうして、せっかく手に入れることができた肉体の使用権をそうも易々と返すなんて言えるのだろうか。
「不思議そうだな。あぁ理由は簡単だ。
エネルギーが尽きかかっているのさ。コイツの風≠混ぜて使っていたから大分消費量は抑えられたが、それでもかなり喰う。休息しなければならない状態だということだ」
だから返す。それに、もう扉の鍵は失われた。
外に出るのは―――簡単だ。
「――だが、その前にやることがある」
言って、名雪へと近付く。
それを見て名雪が目に見えて警戒するが、
「危害は加えない。俺の為にもな」
名雪の後ろへと周り、そして肩に手を置いた。
「さぁ、この辺り一帯を復元≠キるぞ。さすがにこのままだと厄介なことになるからな。
俺のエネルギーで後押しする。存分にやってくれ」
確かに、ここまで無残になった路地をそのままにしておけば大ニュースになることは間違いない。人が出来るようなことではないのだ。出来る限り、その事実は消しておきたい。
「――分かったよ」
名雪が瞳を閉じ、自らの内のエネルギーを動かしていく。
モノを元に戻す。復元の能力が、名雪を中心に広がっていく。
淡い光が溢れ出し、すべてを包み込んでいく。名雪のエネルギーと祐一のエネルギーが混ざり合い、膨れ上がる。これならば、すべてを復元することも、不可能ではない――
「―――」
瞳を開けると、あれだけ無残だった路地は、いつも見慣れた路地へとその姿を復元されていた。
「よかったよー」
のほほんとした名雪の言葉に対し、
「…そうだな」
祐一は疲れを露にして、呟いた。
そんな声を心配に思った名雪が後ろを振り返るのと、その祐一が倒れ掛かるのは、ほとんど同時だった。
「――え? えっ!?」
名雪へともたれ掛かる形になってしまった為、名雪は当然のように混乱していた。
「ッ―――」
だが、祐一からのそんな苦しげな呻きに、名雪の意識は引き戻された。
「ゆ、祐一っ!?」
「く、くくく…。これくらい、どうってことは、ない…。眠れば、回復する…」
そんな苦しげに言われても説得力などまったくないのだが、自分にはどうすることも出来ないのも事実である。ここは、その言葉を信じるしかなかった。
「それじゃあ―――」
「あぁ、俺は、もう眠る…。
―――またな、名雪」
言って、目を閉じた。
「―――ぁ」
最後の最後、祐一とは違う祐一が見せたのは、穏やかな表情。いままでの冷たいイメージすべてを溶かしてしまう程の表情だった。
「名前―――」
訊けなかった。と名雪は少し残念に思った。今の人は、祐一だけど、祐一じゃない。あの人の名前、訊けばよかった。だって、向こうは名前を知ってるのに、こっちは知らないなんて不公平だから。
そんなことを思っていると、祐一に変化が現れた。
「羽根が、」
祐一の背に有った紅い翼が、パッ、と散った。
「なくなった…」
月の光に照らされて、紅い羽根は透き通り、神秘的な光景を創り出した。―――なんて、綺麗。
まるで夢。
ひらひらと舞う羽根は、光を通し、薄く輝いているように見える。その色は、血に染まった紅などではなく、本当に綺麗な、澄んだ赤。
「綺麗…」
散り行く羽根は、地面に付くと雪のように消えて行く。
その儚さ。
まるで、降り積もる紅い雪のよう―――
「な、ゆき――」
「祐一っ」
空いていた両手を祐一の背へと回し、力いっぱいに抱きしめた。
「祐一、祐一…っ」
「なんだよ名雪…泣く事ないだろ…」
今、やっと意識を取り戻した祐一は、何が起きていたのかを完全に知っている。
自分の中に棲む者の存在も認めている。
だが、実際はアイツのことはよく分かっていない。アイツが言っていたように、回路が開いていなかったのか、記憶と言うものはひとつも見ることが出来なかった。
アイツが誰で、何なのか。それはワカラナイ。
ただ、眠りにつく寸前、自分と入れ替わる寸前にアイツが言った言葉がひとつだけあった。
『俺は、お前の
対面に在る者 ≠セということだけは覚えておけ―――』
対面に在る者 、その言葉の真意は測り得ない。だが、そんなことは今はどうでもよかった。
ただ今は、この腕の中に感じる、確かな温もりだけを大切にしなければならないのだから―――
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