第38話 邂 逅 、 そ し て
暗い。
暗い闇。
静かに…激しく。
燃えるように紅い闇。
凶々しく蠢く闇。
闇。
此処は闇。
そんな闇の中―――
自分だけが沈んでいく。
ココハドコダ?
ナゼコンナトコロニイル?
ふつら、ふつら、と疑問が浮かび上がってくる。
それは一瞬で浮き上がり、そしてまた沈んでいく。
答える声はない。
回答の帰ってこない問いは、ただ沈むだけ。
ココハドコダ?
ナゼコンナトコロニイル?
疑問は消えない。
分かることは自分が沈んでいると言うことだけ。
―――いや、それすらも定かではない。
沈んでいる、なんていうのはただの感覚だ。
眼に映るもの、なにひとつ変化しない。
これでは動いているのか、それとも止まっているのか、それすらも分からない。
でも、やっぱり俺は沈んでいるんだろう。
見えないのに。分からないのに。
それでも俺は沈んでいるんだ。
昏い昏い闇、紅い闇の奥底へと。
あぁそうか。ここは闇なんだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
此処は闇。光の対に存在する、すべてを飲み込む昏い場所。
そんな闇の中に、自分という不確かな存在が浮かび、だんだんと沈んでいる。
沈んでいる、というのは少し違うかもしれない。
言うなれば、そう―――浸食されている。
自分という確立されている存在が、闇に浸食され不確かになっていく。
完全に飲み込まれてしまえば、自己は完全に失われるだろう。
「―――ふざけんなよ」
ぴたり、と浸食が止まった。
世界が鮮明さを取り戻していく。昏い世界に色合いが混ざりだす。光が姿を現していく。
「ただ飲み込まれるだけで、終わってたまるか」
明確な意思が、沈んでいく世界から己を確立させる。
必要なのは意思の力。
そう、ここは、精神世界。
「好き勝手に、やらせ続けるわけにはいかない」
不確かだった己という存在は、今や形を取り戻している。
形があるのだから動けばいい。何故だか知らない。そんなことはどうでもいい。
ただ、ヤツは居る。
この闇を創り出している、紅のモノが。
己の内に棲むモノが。
ゴゥ
吹き抜けた風は進むべき道を指し示す。
おぼろげな世界で、足は地につく感触を得た。
さぁ、行くぜ。
身体中にエネルギーを行き渡らせる。
全身の細胞がエネルギーを取り込み、打ち震える。
ざわり、ざわり、と。
世界が鳴動を始める。
浸食は再会され、また再び世界に闇が満ちていく。―――だが、既に進むべき道も得ている。
ただ突き進む!
―――深みへ。
―――闇へ。
より深い、より昏い場所へ。
進めば進むほど、辺りは昏く。そして、圧倒的な圧迫感を与えてくる。
それでも走る足を止めることなく、深みへと進んでいく。
「っ!?」
圧迫感が最高潮に達した。頭がクラクラするほどの存在感。
目の前には扉。
大きく、そして古い。それでいてかなりの強度を誇りそうな扉。
「これ、は…」
覚えがある。それは―――記憶の奥底に刻み込まれたコトガラ。
紅を封印せし古の結界。
扉の奥に押し込め、その扉には錠がかけられた。
そして、今。
扉の前に立つ。
扉には錠がない。既にそれは外れてしまっている。あの時―――能力と引き換えに。
ギィィと重い音と共に、扉がゆっくりと開いていく。
誘って、いるのか。
一歩、中へと足を入れる。瞬間。世界が一変した。
赤 紅 垢 赫 朱
一面のアカ。
それ以外の色など存在しない。アカのみが支配した世界。
その世界を目の当たりにして、頭がハンマーで殴られたかのような痛みを発した。
―――ガン、ガン、
ガンガン―――
耐え難い痛みと、吐き気を伴って、
―――赤。赤い世界。
頭の中に、
―――赤い雪。女の子。
ひとつの光景が、
―――巨大な樹。冷たくなる身体。
おぼろげに、鮮明に、
―――動かない身体。零れる涙。
浮かび上がる。
「ぐ…ぁ…」
痛い。痛い。痛い。
絶えられない。視界が霞む。
ワケのワカラナイ痛みは、止むことなく自身を責める。
痛くて、痛くて。いっそ死にたくなる。
「ぎ、き…」
言葉など発せられない。口から漏れるのは、声にならない声。叫びにならない叫び。
そこに、
「―――はじめまして、かな。…ようこそ、相沢祐一」
いつか聞いた声が響いた。
その声を聞いた瞬間、あんなに激しかった痛みが、一気に消え去った。
まるで痛みなど最初からなかったかのよう。頭の中はまだ少し霞がかかっているが、思考はいたって正常だ。
「おま、えが―――」
目の前のアカい空間を直視する。
そこには。
深紅の翼を背に飾る、狭間の存在が鎮座していた。
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