第39話   降 る 雪 の 異 変

 

 

 

 まる一日、祐一は目を覚ましていない。

 ただ、ただ…昏々と眠り続けている。

 

「ゆういち…」

 それを心配しないはずがない。

 水瀬家の、その中の祐一の部屋に3人。祐一の眠るベッドの傍で心配そうに瞳を揺らして。

 

 ここにいるのは名雪、舞、佐祐理の3人だけ。他には誰もいない。ここに祐一を運んできた夏杞ですら、いない。

 

「なんで、こんなことになっちゃったんだろうね…」

 ぽつり、と。

 誰もが思い、そして誰もが結論に辿り着けない問い。そしてそれ故にいつまでも胸の奥で燻り続ける嫌な靄。

 全員、北川や香里、栞のことを聞いている。

 北川が悪魔側へつき、香里と栞までもが悪魔の手に渡ってしまった。

 そして祐一が…眼を覚まさない。

 

「―――大丈夫ですよ…きっと祐一さんは目を覚ましますから…」

「…うん」

 

 目に見えて落ち込んでいる名雪を、佐祐理が励ます。

 名雪が落ち込むのも仕方がないだろう。

 名雪は―――唯一の、その場に居合わせた人間なのだから。

 あの時、祐一を止めることが出来ていれば。北川くんを止めることが出来ていれば。あの時、自分があの場から離れずに傍にいてあげた

ら―――祐一はこんなことにならなかったかもしれない。

 そんな自分自身を責める思いが内で渦巻き、後悔の念を膨らませ、そんな何も出来なかった自分に憤りを感じてしまう。

 

 今一番不安定なのは名雪だ。

 責任を感じすぎて―――それ故に自身が押し潰されそうになっている。

 もし、あの場に名雪が残っていたとしても結果は変わらなかっただろう。―――下手をすれば、さらに事態は最悪な展開になっていたか

もしれない。

 あの戦いの中、名雪の能力は何の役にも立たない。

 黒ノ風と、銃弾と、銀の飛び交う空間で身を守る手段すらない。

 

 戦いにおいて、自身の能力がどれだけのことができるか。そんなことは名雪にも分かっている。

 でも、それでも―――だからこそ。悔しくて、悲しいのだ…。

 

 ガチャ…

 

「舞?」

 佐祐理の声に、今丁度部屋を出ようとした舞が足を止める。

「どうしたの?」

「―――特訓」

 短く、ほんの一言だけで簡潔に答え、そして部屋を出る。

 佐祐理もそんな舞に驚きはしたものの、引きとめようとはしない。舞の気持ちも、分かるから…。

 

 悔しくて、悲しくて―――何も出来ない自分自身に腹が立つ。

 舞も同じだ。

 学校で祐一と別れたとき、どうして自分は気付くことが出来なかったのか。

 名雪は気付いたのに、どうして自分は何も気付けなかったのか。

 名雪が戻ったとき、どうして自分は戻ろうとしなかったのか。

 あの時気付いていれば、あの時戻ってさえいれば―――何かが変わったかもしれないのに。

 

―――分かっている。

 

 今更そんなことを言ったとしても、既に過ぎたことはどうしようもないことくらい。

 だけど…それでも後悔の念は消えない。

 眠っている祐一を見ているのは辛い。眠っている祐一の傍らで何も出来ない自分が悔しい。

 

「…」

 庭へ出ると無言で特訓の準備をしていく。

 台を置き、その上に空き缶を間隔をあけて並べていく。

 

 並べ終わると、台から距離をとる。その距離約5メートル。

 剣を居合いのように構える。

「―――ふっ!」

 鋭い呼気と共に、剣が振り抜かれる。

 

―――キィン

 

 甲高い音がしたと思った瞬間には左端の空き缶が左下から右上へと逆袈裟に分断され、次の瞬間にはその隣の空き缶に上から下へ斬閃が

走る。

 さらに舞が一歩踏み込むと同時に剣を左から右へ薙ぎ、その動作を刺突へと転換する。

 その動作と同じく、空き缶が切り裂かれた。ひとつを左から右へ横一文字。ひとつを中心を外すことなく貫く。

 そして最後に―――剣を大上段から振り下ろす!

 ピシリ、と最後の缶に亀裂が走った。

 上から、下へ。一直線に中心を走り、左右を完全に切り離す。

 

 寸分の狂いもなく空き缶を切り裂いた能力は、【断裂】の能力の派生―――【閃】。

 物理特性に関係なく物体であればどんな物であろうと切り裂く【断裂】のエネルギーを打ち出す技が【閃】だ。

 この技により、剣しか持たぬ自分でも離れた相手を攻撃することが出来る。

 今の特訓はコレのコントロールを確かなものにするためだ。

 台の上に置いた空き缶、という所にポイントがある。

 横への斬撃ならば関係ないが、縦の場合はこの要素が大きく影響してくる。

 【断裂】は全てを切り裂く。つまりは、空き缶を置いている台とて例外ではない。

 5個の空き缶を切り裂く上で、縦の関係してくる動作を行ったのは3回。

 その3回の動作を行っていながら―――台は切り裂かれる所か、傷ひとつ付いていない。

 かなりのコントロールだ。

 台を切り裂かない為には、台に【断裂】のエネルギーを当てないようにするしかない。

 縦の動作でそれをする為には、まずエネルギー量の調節。エネルギーを解放するタイミング。そしてそれを止めるタイミングだ。

 エネルギー量が多すぎれば否応なしに切ってしまい、解放するタイミングが遅ければ完全に切り分けられず、止めるのが遅ければ台ごと

切ってしまう。

 そんな厳しい条件を、舞は自分に課し、そして成し遂げている。

 

 だが―――

 

「まだ…遅い」

 舞自身は納得できていなかった。

 まだ足りない。もっともっと上へ上らなければ。

 みんなを守るために。祐一を守るために。―――戦うために。

 

 そのためにも。

 

 もっと速く、もっと強く―――!

 

 

「―――!?」

 舞が急に表情を強張らせた。

 空からひら、ひら、と。

 小さな白い結晶が舞い降りてきた。

 

 ひら、ひら。

   ひら、ひら。

 

 白く幻想的な雪。

 白く、白く、どこまでも白く。想い出までをも覆い尽くして行く雪。

 だが、これは―――

 

 新たな事態の幕開けを示していた。

 

 

 

 

 

「―――祐一さんは絶対に大丈夫ですよ。ですから、そんなに自分を責めないで下さい…」

 佐祐理の言葉に名雪はかすかに頷くだけ。

 まだ心に整理が出来ていないのだろう。

―――だからと言って、佐祐理も整理が出来ているわけではない。

 悲しいし、悔しい。

 それは名雪や舞と同じ。だが、佐祐理は前を向こうとしていた。

 確かに祐一を助けられなかった、というよりも気付くことも出来なかった事実はかなりの衝撃だ。自分自身が許せないほどの。

 だけど、だからと言ってそこで止まって、自分の殻に潜ってしまうわけにはいかないのだ。

 祐一には何度も助けられたことがある。

 舞のこと。一弥のこと。

 だから―――自分は前を向かなければならないのだ。

 そうしなければ祐一に申し訳がたたない。

 本当は止まりたい。泣きたい。

 でも、止まっているわけにはいかないのだ。

 

「いつまでも―――泣いているわけにはいかないんですよ」

 ぽつり、と呟く。

 誰に聞かせるわけでもなく呟いた言葉だったのだが、ビクリ、と名雪が反応した。

「…佐祐理、さん…?」

 どこか驚いた表情で佐祐理を見る名雪。

「あははー。聞かれちゃいましたか」

 笑い、次の瞬間にはその笑みを消して。

「―――逃げていても、何も始りません。今やれることを、精一杯やらないと…きっと後悔します」

「あ…」

「祐一さんならきっとそう言いますよ。だから、泣いて止まっていないで、自分に出来ることを探さないと」

 佐祐理の言葉に、名雪が息を呑む。

「ゆう、いち…」

 佐祐理から祐一へと目線を向け、名雪が涙を堪えながらに話しかける。

「私、これじゃまた祐一に心配かけちゃうね…」

 零れそうになる涙を必死に堪えながら、

「…私、ダメだね。がんばらなきゃいけない時に…こんな風に止まってるんだから…」

 祐一の手を握って、

「―――私、がんばるよ。祐一に笑われないように。一生懸命…」

 最後に一滴だけ涙をこぼして。

 

「だから祐一…早く起きてね」

 

 

 

 

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