第43話 鳴 動 す る 闇 の 蠢 き
「おま、えが―――」
目の前の空間、その先にいる紅の存在を直視しながら声を絞り出す。
痛みは消えたものの、圧迫感は消え去ることはない。
今まで感じたことのないほどの強烈な圧迫感が全身を襲う。
「くく、く…。何だ、震えているのか?」
「―――っ! なにをォ!!」
一気に【風】を呼び覚まし、真正面から疾風の如きスピードで迫る。
バシンッ
「くっ!?」
「―――弱いな。その程度で、何が出来る?」
最高速とも言えるスピードからの拳を、堕天使は容易く受け止めた。
頭一つ分自分より大きい堕天使の背、深紅の翼がバサリ、と広がる。
それを見た瞬間、ゾクリとした。腕を瞬間的に振り払うと、全力で横に跳ぶ。
ゴゥ
風が吹き抜けた。黒い風が。直線状に存在したモノを全て消し去りながら吹き抜ける。
「くそっ」
横に跳ぶことで何とか躱した身体を、無理な体勢にもかかわらず再度堕天使へと走らせる。
堕天使の横からの疾駆。堕天使が振り返ったのが祐一が到達する僅か前。
振り返ろうとしている堕天使を見た瞬間、祐一は【風】でさらに加速し、一気に後ろへと回り込む。
瞬間的な加速に、大抵の者はソレを見失うはずだ。
後ろへと回り込んだ祐一は、エネルギーを急速に両手に収束させると、それを堕天使の背に押し当てた。
「【風爆衝】ッ!」
ドンッ
空気が爆ぜた。祐一が押し当てた両の手と、堕天使の背の間で圧縮した空気が爆発したのだ。
爆発による衝撃が堕天使を吹き飛ばす。
吹き飛ばす、はずだった。
「この程度か?」
堕天使はその場から僅かにも動いていなかった。
むしろ吹き飛んだのは祐一の方だ。【風爆衝】によって後ろへと押しやられた身体、特に足が悲鳴を上げている。
「興醒めだ―――――」
「なっ!?」
気付いた時には既に遅い。
数メートルの距離を一瞬で詰めた堕天使が、右腕を引き絞る。
「――――その身体、頂く」
次の瞬間には。
―――――どぶり
祐一の身体を腕が貫き、鮮血を撒き散らした。
「が…ぁ…!?」
ごぷ、と口から血が零れる。ビクンビクンと四肢が痙攣する。目の前が霞む。―――なのに意識だけが覚醒している。
「貴様は其処で見ていろ」
そう堕天使が言って、祐一の身体を紅の空間に投げ飛ばした。
「Sacred Cross」
堕天使が呟いた瞬間、空中で祐一の身体が束縛された。その祐一の背後に広がるのは深紅の十字を描く光。十字架がまるでキリストを張り付けにした時と同じように、今は祐一を束縛する。
身体の感覚は既に無い。動かすことも出来ない。霞んでいた視界はそのままに、やはり意識だけはハッキリとしている。
「――――」
声を発そうとして、それも出来ないことを知る。
今の相沢祐一に、意識以外の機能はほとんど稼動していない。出来ることはただ見ていることだけ。
「さぁ――――」
堕天使が紅い空間の中央に立つ。
「―――始めようか!」
両腕を高々と掲げ、愉快そうに哂い声を上げ、瞳に狂気を宿らせる。
そして叫ぶ。
「消滅への宴を!!」
ガシャァァン、と窓ガラスが砕け散り、そこから人影が躍り出た。
2階という高さから飛び降りたとは思えない程、路地に軽やかに着地する。
その姿は、この純白に包まれた世界の中で唯一の色彩とばかりの深紅を飾った。
まるでそれは雪原に咲いた一輪の華。
華はそれとは正反対の凶悪な笑みを浮かべると、ゆっくりと歩き始める。
「力を持つ者は引かれ合う、か…」
凍結を促す白い結晶など無いに等しく、悠然と紅の者は歩く。
「く、くく…。はは、はははは………はははははははははッ!!!!」
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