第44話 悲 哀 の 片 翼
くすくす、と。
目の前で栞ちゃんが笑みを浮かべている。
悪魔にさらわれたと思われていた栞ちゃんが今目の前にいるのだから本当は嬉しいはずなのに―――
どうしてこんなにも、嫌な感じしか受けないのだろう。
「えっと、栞…さん? あなたはどうしてここに?」
佐祐理が目の前の栞に声を掛けた。
舞を下ろし、廊下の壁に凭れさせるようにして座らせると、再び栞に向き直る。
「どうして、と言われても…。ここに居るべくして、居る。という感じですね」
くすくす、と。
さっきから浮かべているあの笑みが、怖い。
冷たくて。どこまでも冷たくて。その笑みが氷のようで。
ふと、その笑みが消えた。
「佐祐理ッ」
舞は沸き起こった嫌な予感≠ノ応じて、叫んだ。
「―――え?」
だが、佐祐理は舞の叫ぶ理由が一瞬では分からなかった。反射的に舞の方向へ振り返り――――――――――
全身を凍りつかせ、その動きを停止させた。
「佐祐理!?」
「佐祐理さん!?」
舞と名雪が叫び、佐祐理へと駆け寄る。
佐祐理は動かない。完全に凍りつき、動くことが出来ない。
「どうしてっ」
名雪が栞へと顔を向け、疑問を叫びに乗せた。
「どうして栞ちゃんがこんなことするのっ。さっきは舞さんの止血をしてくれたのにっ」
そんな名雪の叫びに栞は、くすくす、と哂った。
「どうして? そんなことは簡単です」
愉快そうに哂い、そしてすぐにその哂いを消して。
「―――どうせみんな死ぬんですよ。だからせめてもの慈悲です」
直感と行動の間は1秒にも満たない。
舞は栞の言葉と、その雰囲気から感じた何か≠ノ佐祐理を抱え、名雪を引っ張り、一気にその場から離れた。
そしてその判断は正しい。
つい今さっきまで舞たちがいた場所で氷の針が弾けた。
無数に、細かい針と成った氷が空気を切り裂き、廊下に突き刺さる。
「―――」
無言で栞を睨みつける。
どう考えても、やはり栞なのだ。この雪を降らせているのは。
見る限りでは栞の能力は【凍結】だろう。その能力は空間にも干渉し、そこにあるもの全てを凍りつかせる。
エネルギーが舞たちの周囲に収束する。
それを敏感に感じ取り、咄嗟にすぐ近くの教室へと佐祐理を抱えて飛び込む。名雪もその後に続いた。
「鬼ごっこですか? でもそれだと教室に逃げても、次がないですよ?」
廊下から栞の声が響く。
舞は佐祐理を教室の奥に下ろすと、剣を右手に、廊下側へと近づく。
「舞、さん…」
名雪が心配そうに声を上げ、
「名雪は、佐祐理を」
そう一言だけ告げて、剣を構えた。―――廊下と教室とを隔てる、壁へと向かって。
栞が何の理由もなく攻撃してくるはずがない。
きっと何かがあるのだ。
それが自分の意思によるものなのかは分からない。
栞自身の意思で攻撃してきているのか。
それとも操られるか何かで攻撃してきているのか。
それは分からない。
ただ、今確実に言えることは―――――
彼女は敵だということ。
カツ、カツとリノリウムの床を靴底が叩く音が廊下に響く。
栞は慌てることもなく廊下を歩いて、教室の入り口へと向かっていた。
カツ、カツ
カツ、カツ
壁へと向きながら、舞は慎重に栞との距離を測っていた。
タイミングを外したら終わりだ。
遅くても、早くても、自分が不利になる。
腕は何とか動く。これは栞の止血のお陰だろう。感覚はかなり痺れているが、それでも何とかなるくらいには動いてくれる。
数回なら問題あるまい。
カツ、カツ
カツ、カツ
タイミングが迫る。
慌てるな。慎重になれ。これを逃せば次はない。
あと二歩。
――――カツ
剣を下段に構える。能力を解放し【断裂】が剣へと伝わる。
エネルギーが活性化し、昂ぶる。
じっとりと汗ばむ手の中の剣のみが、今は頼り。
あと一歩。
――――カツ
瞬間。
刃が奔った。
壁を刳り貫くようにして一閃。【断裂】に斬れぬ物質はない。一瞬で壁を切り裂き、そこを思いっきり蹴り押す!
ガコッ
と音を立てて壁が廊下側へ倒れる。
「え?」
そしてそこにいるのは栞。突如倒れ掛かってきた壁に困惑し、それでいながらも反射的に能力を解放、倒れ掛かってきた壁と周りの水分を凍らせ廊下の他の壁から支えさせるようして固定する。
だが。
その固定された壁に光芒が奔った。
一瞬で何閃奔ったか。奔った閃きは壁を一閃ごとに切断し、バラバラにして、散る。
次の瞬間に栞の目に映ったのは倒れ掛かってきた壁、ではなく―――剣を携えた舞!
視界がまわった。
「ッ!」
床に栞を押し倒し、その上に馬乗りになる。
両腕を押さえて固定してから、
「栞!」
名を叫ぶ。
だが、その叫びに栞は何の反応の示さない。
押し倒され、その上に押さえつけられていると言うのに、その表情は――――哂っていた。
くすくす
浮かび続けている笑みに不吉なものを感じながらも、舞は栞の名を叫ぶ。
何度も名を叫び、身体を揺さぶっても、反応も示さなければ、表情も変わらない。
そんな中、ふと栞が声を上げた。
「言いませんでしたっけ? みんな、死ぬんですよ」
瞬間――――
ドス…
背から、腹へ。つららが―――氷の槍と呼べるようなソレが、いとも容易く舞を貫いた。
「ご…ぶ…」
口から血が零れる。
完全に失念していた。栞は空気中の水分をも凍らせることが出来るということを。
霞みだす視界の中で、舞の下で栞が氷の槍を作り出していた。
下からさらに突き刺すつもりか。
これを貰ってしまえば、確実に、死ぬ。
そう頭は理解しているのに、身体は自分のものでないかのように動こうとしない。
栞が氷の槍を舞へと向けた。後はそれを突き出すだけ。
一回だけ、くすり、と栞が哂って。
上へと氷の槍が上げられた。
――――だが
その氷の槍は舞に突き刺さることはなかった。
上へと向けられた氷の槍が突如、下へと引き寄せられるようにして、落ちた。
栞がそれを疑問に思ってもう一度持ち上げようとして、それが適わないことを知る。まるで、地面に押し付けれているかのように腕が上がらない。
「―――そこまでよ」
廊下に声が響いた。
その声に舞と栞が顔を向ける。
そこには、
青く、長い髪を後ろで束ねたひとりの女性が、
圧倒的な敵意を向けて、
悠然と立っていた。
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