第45話 羽 根
「―――そこまでよ」
圧倒的な敵意を含んだ声が廊下に響いた。
あまり大きな声ではなかったが、それでもよく通る声。
その声は舞と栞は当然として、名雪の耳にまで届いた。
「え?」
と名雪を声を上げた。
どうして、とその後に続きそうな、そんな疑問に満ちた声。
そんな声を不意に上げてしまったのも―――――――聞こえた声のせいだ。
覚えがあった。聞き覚えがあったのだ。
この声を知っている。
間違いなく、この声を知っている。
そう、確かこの声は――――――――
「何ですか、あなたは」
ゆっくりと歩いてくる女性に向かって栞は言った。
この女性が能力者だということは確かだ。
纏っているエネルギーがその証拠。どれほどの実力なのか、どのような能力を持っているのか。それは分からない。だが能力者には違いない。
――――邪魔をするなら、消すまでです。
舞は既に致命傷を受けて動ける状態ではない。放っておいても支障はないだろう。それにその内出血多量で命も消える。
そう考えて、栞は上に被さっていた舞を押しのけると、ゆっくりと立ち上がった。
「……」
無言。
栞が無言のままに能力を発動させた。エネルギーを能力として変換し、それを前方の女性へと解き放つ!
解き放たれた能力は凍結の雪。
触れたものを一瞬のうちに凍りつかせる、その能力に対してその女性は、
「ぁうッ!?」
栞の能力など物ともせず、一瞬で開いていた間を詰め、掌底で栞を吹き飛ばした。
吹き飛ばされ倒れている栞に注意を払いながら、その女性は舞を抱き起こした。
「大丈夫、じゃなさそうね…」
見た傷は思った以上に深すぎた。
腹部を完全に貫通。血は止まらず流れ続け、だんだんと顔色も悪くなってきている。
逸早く治療をしなければ絶望的だということは誰の目にも明白だった。
「夏杞さん!?」
教室の中から驚きの声が上がった。
その声に顔を向けると、そこにいたのは名雪。舞が空けた壁の穴の向こう、氷付けになった佐祐理の隣に名雪が表情を驚愕の色だけに染めて立っていた。
夏杞がここにいる、というその事実。そして夏杞が能力者であるという事実。
その両者に驚愕する。
「―――名雪ちゃん。この子の事、お願い」
夏杞は大して驚いた表情もせず、冷静に言った。
目の前にはまだ敵意、殺意を携えた栞がいる。だが、舞の治療はすぐにでもしなければならない。
栞は易々と見逃そうとはしないだろう。ならば相手をする必要がある。
相手は自分しかできないのだから、舞の事は名雪に任せるしかない。
「な、夏杞さん…?」
夏杞から溢れ出すエネルギーの波動に、名雪が顔を強張らせた。
目の前の伯母は敵意に満ちている。
それも圧倒的な能力のエネルギーを携えて。
ゆっくりと身を起こす栞を前に夏杞がエネルギーを高めていく。
「この子は取り敢えず出来る限りの応急処置。そっちの子は――――」
名雪の顔を見て、
「【復元】を使って」
え、と名雪が声を漏らした。
【復元】は物質を再生させる能力ではないのか、ということからだ。
普通に考えて、佐祐理の状態は何かを直すといったものではない。氷を溶かすほうが重要のはずだ。
夏杞はそんな名雪の心情を読んだのか、
「大丈夫。やれば分かるから」
そう言った。
こんな時までふざけたことを言う人ではない、と名雪は分かっている。
だから、今はその言葉に従うことにした。
それに、望みがあるのなら、自分に出来ることを精一杯やる。
そう誓ったのだから。
「―――うん。わかったよ」
名雪が舞を背負って教室へ入った。
そしてそれとほぼ同時に栞が完全に立ち上がり、夏杞を見据えた。
栞がエネルギーを高めていく。完全にやる気だ。
それに相乗するように夏杞もエネルギーを高めていく。
ピリピリと痺れるほどの威圧感。
両者の間でぶつかり合う敵意が空間を圧迫していく。
そんな中、夏杞は悠然と微笑む。
「――――――――――さて、始めましょうか」
ぶつかり合うエネルギーを感じながら名雪は舞の傷をどうにかしようと必死だった。
腹部を貫通するほどの傷だ。応急処置もどうすればいいか分からない。出来ることは傷を抑えてやることくらいだった。
早く病院に連れて行かなければならない。そうは分かっているが、それを実行に移せない。
あのふたりが戦っている中を舞を背負っていくなど無理だ。
能力者同士の戦いはかなりの激戦となる。まわりになどに気を使ってなどいられないほどの激戦。
そんな中を突っ切って行こうとすれば、巻き込まれてしまうことは目に見えている。
そんな時、夏杞の言葉を思い出した。
「そう、だ」
確か夏杞は【復元】を佐祐理に使えと言っていた。
どうなるかは分からないが、やるだけやってみたほうがいいに違いない。
凍り付き、動きも何もない佐祐理へと歩き、手を触れる。
冷たい。
氷の冷たさが手のひら全体に広がった。
じんじんと痺れる手の平に意識を集中させる。
「―――」
ぽぅ、と緑の光が溢れた。
名雪の手と、氷付けの佐祐理との間に緑の光が生まれ、溢れる。
【復元】は物質を再生させる能力。そう名雪は認識していた。
溢れた緑色の光は佐祐理の全身を包み込んだ。
発揮された能力が【復元】を行使する。
【復元】の能力が、溶け始めていた氷を完全に凍った状態にまで再生させた。
それを見た名雪が能力を停止させようとして―――――――
驚愕した。
能力が再び、溶け始めていた氷を凍らせたことに愕然とし、その能力を停止させようとして、その瞬間に名雪の目に映ったもの。
それは【復元】の能力。その真の力。
完全に凍結した状態へと再生された氷は、
そのまま段々と、
その氷を消失させた。
溶けていったのとは違う。
はじめからなかった かのように消失させたのだ。【復元】の能力。それは物質を再生させる≠フではなく物質の時間を戻す≠ニいうもの。
この氷が消失したのは、元が能力のエネルギーによるものだからだ。
能力のエネルギーによって生み出された氷は【復元】によって形なきエネルギーにまで時間が戻ったのだ。
生物に【復元】が作用しない理由もここに関係している。
実は生物に【復元】が通用しないわけではない。時間を戻す≠フだから、当然生物にも通用はする。
ただし生物は次々と細胞が変化し、死滅していくために【復元】が追いつかないのだ。
だから効果が見られない。もっとも、傷の進行を緩めるくらいなら出来るだろうが…。
光が消える。
佐祐理を包み込んでいた緑色の光がまわりに溶けるようにして消えていく。
そして光が完全に消える。
その光の中心にいた佐祐理は【復元】によって氷を排除されて、奪われた体温を少しでも補おうと身体を抱くように眠っていた。
「よかった…」
安堵の息を吐き、名雪は廊下へと目を向けた。
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