第52話 こ の 世 に 在 ら ざ る モ ノ
夜。
昼間の明るく、活気に溢れた空気はそこにはない。
ただシンと静まった空気の中、蒼く輝く月だけが唯一の光彩とばかりに森を照らす。
――――ふたりは、そこにいた。
昏い夜に、街から離れた山の中、その奥地の森の中に美汐と真琴は身を隠すように身体を縮めていた。
「あぅー、祐一ぃ…」
ぽつり、と真琴の口から言葉が漏れた。
「大丈夫です真琴。相沢さんなら、絶対に」
それが気休め程度でしかないことは美汐にも分かっていたが、それでも言うしかなかった。
その言葉は自分に対しての言葉でもあったのだから。
祐一と北川が激突し、気を失った祐一がその祐一の母親である夏杞によって担ぎ込まれたことは当然知っている。
本当ならば今も祐一についていたかったのだが、そうも言っていられない状況だったのだ。
それもこれも、全ては秋子の言葉から始まった。
「このことを…知っていますか?」
水瀬家のリビングで美汐と真琴はソファーに座って祐一のことを考えていた。
そんな時に声を掛けてきたのは秋子。
「このこと…と言うのは?」
心配ばかりしていても何も変わらない、と自分に言い聞かせて美汐は秋子に言葉を返した。
それを聞くと、秋子はおもむろにビデオをセットし、画面を映し出した。
「そん、な」
有り得ない。こんなこと、現実に有り得ない。
画面に映し出されていたのは『未知の珍獣との遭遇!!』と銘打たれた、そういった類のよくある番組の映像だった。
レポーターがどこかの山の中をいろいろと言葉を交えつつ奥へと進んでいく。
そんな画面が十数分続き、そろそろ視聴者も飽きてしまう……そんな時に。
ソレは現れた。
ガサリ、という草木を鳴らす音に、すかさずレポーターが反応する。
カメラも音のした方を向き、それに合わせてレポーターもカメラに自分が映るように移動した。
次の瞬間にレポーターが漏らしたのは、え? という疑問に満ちた、あまりにも短い言葉。
そしてそれが……最後の言葉。
グチャ、とまるでトマトを潰したかのように、真っ赤な液体が周囲に飛び散り、頭を失った
ヒトだったもの が地面に倒れこんだ。未だに頭のない首からは勢いよく血を吹き出し続け、それはまるで噴水のよう。
そしてその噴水の傍には、黒い、黒い犬。
そのまま噴水の身体に喰らいつき、血肉を貪る。
グチュ、グチャ、と。吐き気を催すような音を立てて、辺りに血煙を充満させ、血臭を撒き散らし、空間を紅に染め上げ、ただ血肉を狂ったように貪り続ける。
その事実認めるまでにカメラマンも時間が掛かったのだろう。ここに至って、初めて悲鳴を上げた。
目の前でヒトが死んだという事実に直面し、それによって腰を抜かし、ただ言葉にもならない言葉を、叫びにならない叫びを漏らし続ける。
その黒い犬は、本当に犬と言っていいものなのか。
まず、こんなイヌを見たことのある者はいないだろう。
もし見たことがあるとすればゲームの中くらいか。
大きい。体長は2メートル程はあるだろう。
さらに異様なまでに発達した四肢。有り得ないほどに鋭い爪と牙。
そして何よりも……そのイヌには
頭がふたつ あった。
ゆっくりとした動作で、そのイヌは頭を上げた。
目の前にもうひとつ獲物がいることを知ってか、息を荒げる。
血で真っ赤に染まった口元をだらしなく開き、その中の凶々しい牙を濡らして。
そのイヌは―――地を蹴った。
瞬間、画面はブラックアウトし、悲鳴だけを残して……途切れた。
「う、ぐ…っ」
気持ち悪い。吐き気がする。
人が食べられる映像なんて、見て気分のいいものではない。
それがCGなどならまだしも、今のはどう見ても、紛れもない現実。
「ごめんなさいね…美汐ちゃん、真琴…」
そう言う秋子も、心なしか顔色が悪い。真琴にあたっては完全に震えていた。
「ぁ、あぅぅ…っ」
「大丈夫、だいじょうぶ……」
美汐が真琴を抱きしめて、お互いの恐怖心を消すように。
ただ抱きしめて。
「ケルベロス、ですか…」
えぇ、と美汐の言葉に秋子が答えた。
美汐は大分落ち着きを取り戻し、真琴は眠りに堕ちていた。
アレだけの映像を見たのだ。ここまで落ち着くのはかなり大変だった。
秋子と美汐はふたり、先程の映像についての話をしていた。
先程の映像の生物を呼称するならば、やはりその名しかないだろう。
ケルベロス。
魔犬にして魔獣。双頭の怪物。
紅蓮を吐き、敵と見なしたモノは徹底排除。
攻撃性と食欲を特化させた天性の化け物。
地獄を塒とし、その門を見張る番犬。
「―――あれはホントに化け物よ。普通の人じゃまず太刀打ちできないでしょうね」
ふと、後ろから聞こえた声に美汐は振り返った。
「姉さん…」
そこに居たのは相沢夏杞。秋子の姉であり、祐一の母親。
つい先程まで祐一についていたのだから、今降りてきたところだろう。
「…あの、夏杞さん。相沢さんは…?」
「まるで起きる気配なし。完全にエネルギーを使い果たしたみたいだし…あれはしばらく起きそうにないわね」
「そう、ですか…」
外傷のことを言わないところを見ると、傷はそんなに大した物ではないのだろう。
エネルギーが枯渇しただけならば、それは眠れば回復する。
安堵に息を吐き出す。
「秋子、それと美汐ちゃん…だっけ? あの犬っころは単純に身体能力が普通の犬を超越して凄まじいだけだから、別にどうとでもなるわよ。…まぁ直接攻撃しないといけないタイプの能力だと厳しいかもしれないけどね」
まるでケルベロスと戦ったかのように話す夏杞。
「美汐ちゃん、姉さんがカメラマンを助けたのよ」
不思議そうに聞いている美汐を見て、秋子がそう付け足した。
「まぁ遭遇したのに助けないってわけにはいかなかったしね」
それでテープを貰ってきたの、と付け足す。
「夏杞さんも、能力者だったのですか…」
「あれ? 気付いてなかった?」
「姉さんはエネルギーの波動を抑えるのが得意ですし…普通には感じ取れないですよ」
「お陰で情報収集に向いてるわねー。っと、そうそう。それで言おうと思ってたのよ」
一呼吸の間をおく。
その間に、美汐と秋子はこれから話される言葉を聞き逃さないように、しっかりと聞く体勢に入った。
「結論から言って、アレは創られたモノよ。多分悪魔ね。人為的に何らかの方法で作られた魔獣…それを使い魔として使役してるようね」
悪魔…その言葉に美汐が固唾を呑む。秋子は予想していたのか、顔色を変えない。
「…それと、これの研究施設みたいなトコロも突き止めてきたわ」
今度はさすがに、秋子も驚きの感情を露にした。
「さすがですね。…それで、場所は?」
「この街から少し離れた…山の奥。私も潜入したわけじゃないから完全には言い切れないけど、あそこにいる悪魔の数は少ないわ。きっと末端ね」
それを聞いて秋子が考え込むような素振りを見せる。
場所が分かっているのなら調査に行きたい所だが、生憎こちらも手が離せる状況ではない。祐一とあゆのことがあるのだ。それにまだいろいろと調べる必要もある。
夏杞もまだ調べることがあるようだ。こちらの調査には向かえない。
「…美汐ちゃん」
「は、はいっ?」
突然名を呼ばれて、美汐は正直焦った。
そして少し考えて、秋子が言おうとしていることも予想できた。
「行って…もらえないかしら?」
予想通り。
だから返す言葉も準備通りに。
「…はい。私でいいのでしたら」
ケルベロスを見て分かったように、創られた使い魔は身体能力だけであって、能力を持つわけではない。だが身体能力が優れているのでは遠距離からの攻撃は通じないだろう。
そうなると近接攻撃が出来る能力の方が都合がいい。
舞もそれについてはかなり優れていると言えるが、剣というものは超至近距離では使い勝手に困る。
一気に間合い以上に踏み込まれると対処しにくいという欠点だ。
あれだけのスピードを誇るケルベロスがまた出てくるかもしれないのだ。出来れば超至近距離でも対応できる方が好ましい。
そこで候補にあがるのが美汐…そして真琴だ。
真琴の能力は【炎】であり、剣などの媒介を必要としない為に超至近距離でも対応することが出来る。
そして炎は獣が本能で恐れるものであるために、高い効果を持つ。
ただし真琴自身が猪突猛進的な傾向があるために、そのストップ役、そしてサポート、指揮のできる美汐が適任なのだ。
そして、今に至る。
昏い森の中、視界に映る研究施設らしきものを前にして美汐と真琴は身を潜めている。
その研究施設の前には見張りだろう人型の使い魔がひとつ。
ひとつだけの、ルビーのような真紅の瞳を点滅させながら周囲を警戒している。
なるべく戦闘は避けたい。消耗しては後で不利だ。
ガサッ
その音に、すかさず使い魔が反応する。
だがしかし、その方向にいるのは美汐たちではない。そこで音を鳴らしたのは、美汐が投げたただの石だ。
何もない、と使い魔が判断したのと、真琴が飛び出したのは同時。
使い魔が振り返るよりも速く、一瞬で真琴が肉薄する!
「えいっ」
赤の軌跡を引いて、真琴の拳が使い魔に突き刺さった!
瞬間、使い魔が燃え上がる。
一瞬で全身を炎が包み込み、灰にする。
これで見張りもいない。
遅れて茂みから出てきた美汐と真琴が顔を合わせ、お互い頷くと、
駆け、研究施設へと潜入した。
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