第53話   研 究 施 設

 

 

 

 研究施設の中は思っていたよりも、ずっと静か。

 気配を押し殺して、慎重に中を進んでいく。

「……」

 ふたりとも一言も発しない。

 普段の真琴ならここまで静かにすることは難しいかもしれないが、天性の直感、感性、予感。その全てがこの状況での己を認識させ、最も相応しい行動を強制する。

 

 それにしても、本当に静かだ。

 

 そろそろ見張りがいないことに気付いて、警報でも何でも鳴り響かせていいくらいではないのだろうか。

 それどころか音ひとつしない。

 誰かの話声も、例えばキーボードを打つような音も、機械が稼動するような音も。

 

―――まるで、誰もいないみたいですね……。

 

 いや、そんなことがあるはずがない。

 美汐は一瞬浮かんだ思考を打ち切る為にかぶりを振った。

 これだけの研究施設に誰もいないなんてことあるはずがない。それに見張りもいた。もしこの研究施設が既に捨てられたモノならここまで完璧な形で残しておくはずがない。

 さらに奥へと足を進める。人がいるか、いないかなど、この際関係ない。

 ここが研究施設なら調査して、可能ならばその機能を破壊する。

 

 だが、

 もしここに佐祐理がいたら…【感知】の能力を持つ佐祐理が居たならば、きっとこう言っただろう。

 

―――ここにいるのは、ひとりだけみたいですね。あとは、人ではない生き物です

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 無機質な駆動音が狭い箱の中に響く。

 ふたりだけを乗せたエレベーターはゆったりと下へと降りていく。

 長いようで、実は僅かな時間。

「美汐…」

「…分かっています。この先に、何かが」

 時間が経過するにつれ…段々と下へ降りていくにつれ、気配が強くなっていく。

 先程まで何も感じなかったのに、今はハッキリと感じている。

 

 エレベーターが音もなく停止した。

 

―――この先に、人智を超えた何かが、居る。

 

 

 ゆっくりと開いた扉を抜けて、その部屋に入り込む。

 部屋の中は薄暗く、あまり視界がいいとは言えなかった。

 目が慣れるまでじっとしていた方がいいだろう。

 そう考えて、取り敢えずは壁に背を預ける形で部屋を眺める。

 所々で光る、緑と赤の光。きっと何かのランプの色だろう。

 こぽ、こぽ…、という気泡の音。

 ウゥゥンと低く唸る機械音。

 

 その全てを感じながら、目が慣れるのを待つ。

 

 ビュ…ッ

 突如聞こえた風を切る音に、危機感を覚えた美汐は強く地面を蹴って前へ跳んだ。

「美汐っ」

 真琴がそんな美汐に走り寄る。

 …目は、やっと慣れたところだ。

 

 音の発生源を知る為に今まで自分のいた方に視線を向ける。

「そんな…っ」

「あ、あぅ…」

 身体が竦むのが分かった。それほどまでにソレは自分の理解の範疇を逸脱していた。

 

 蜘蛛。

 それは蜘蛛だ。

 八本の足。ずんぐりと、黒ずんだ胴体。

 ただし大きさは3メートル近く、八本の足の先端は刃のように鋭い爪。

 

 カキキ……

 

 人では理解できないような音で啼き、ずるり、と壁に張り付いたまま頭だけを美汐と真琴に向ける。

 朱く爛と輝く複数の瞳にフタツのエモノが映る。

 

「っ!?」

 美汐は瞬間で全身を襲った悪寒に、【障壁】を創り出した。

 その刹那の後に視界が白一色に染まった。

 蜘蛛の糸だ。

 繭塊とでも形容すればいいだろうか、人ひとりを飲み込むほどの糸の塊が吐き出され、それが障壁に阻まれたのだ。

 重力に従って繭塊が地面に落ちる。

 障壁は物質の壁ではない、エネルギーの壁だ。物理的なものも、そうでないものも遮断することが出来る。

 あまりにもの強打撃、高密度のエネルギーによる攻撃を受ければ貫かれるかもしれないが、この程度の糸を止めるくらいならば造作ない。

 

 障壁はまだ保つ。今のうちに現状を認識しなければ。

 ぐるり、と周りを見回す。

 既に目は慣れているのだから先程まで見えなかった部屋の全景が今度は見えた。見えたが、為に。

「…くっ」

 軽い吐き気に襲われた。

 部屋の各所には培養カプセル、とでも言えばいいのだろうか。そんなものが並んでいた。

 中身はデキソコナイの生物。

 イヌだったりトリだったりトカゲだったり…そう認識するだけでも少し苦労してしまうようなデキソコナイ。

 ひとつの生物として生きられず、ただ実験の結果としてそこに有るだけ。

 醜悪なオブジェと成ってしまっているソレ等が立ち並ぶ室内、機械だけが稼動していて人影はひとつもない。

 今ここで生きているのは、美汐、真琴、そして…蜘蛛。

 

 バシュッ

 再び繭塊が吐き出された。

 ネチャネチャと音を立てる繭塊は粘質。足場を埋められてしまえば、蜘蛛の餌食だ。

 巣を広げられるまえに何とかしなければ。

 

「真琴…っ」

「分かってるわよぅ!」

 名を呼び、真琴が両の手に炎を宿した。

 ボゥ、と周囲が赤に照らされる。

 その炎に蜘蛛が怯んだ。

 どれだけ巨大であろうとも、蜘蛛は蜘蛛。火には弱いに違いない。

 それにこの糸を何とかするには…

「えぇーっい!」

 燃やし尽くすしかない!

 

 真琴が腕を振り上げる直前で障壁を解く。

 炎は一瞬で閃光へ。下からすくい上げるように描かれた軌跡を伴って、炎が地を奔った。

 炎はそのまま糸に絡まり、燃え上がる。

 広がりつつあった巣を赤に染め上げ、全てを抹消する。

 

 炎が治まるまで数十秒。

 その間蜘蛛は何もしてこなかった。炎を本能的に恐れたのか、それとも単なる戯れか。

 どちらにせよ、これが美汐と真琴の反撃の足がかりとなる。

 

 燻る炎を踏み躙り、真琴が前に出た。

 炎をその身に巻き敵意を剥き出しにする。

 

 コイツは倒さなければならない敵だ。

 紅蓮が猛る。

 エネルギーを燃え上がらせ、敵意が炎をより赤く、より激しくする。

 

 

 ドン、と踏み込みの音だけを響かせて。

 真琴が一気に蜘蛛へと疾った!

 

 

 

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