第55話   兇 刃 に 掛 か り

 

 

 

 ブン、と空気を切って兇刃が振り下ろされた。

 それは鋭利にして強靭。

 人の身体など簡単に貫き、絶命させるに違いない。

「美汐ぉ!」

 真琴が叫ぶ。

 

 真琴は蜘蛛を止められる距離まで届いていなかった。

 全力で走っても元からの距離の差、それとリーチの差がものを言う。

 今は元の距離、それとリーチも真琴の方が劣っていた。

 

 最悪の状況、最悪の光景、最悪の未来。

 それが明確に鮮明に、目の前に予想と予感の上に浮かび上がる。

 そして――――

 

 目の前の現実は全てを打ち消すほどの希望だった。

 

 パギィィン!

 甲高い音を立てて、兇刃が弾かれた!

 【障壁】

 真琴も失念していたが、美汐の能力は【障壁】という、目に見えない壁を創り出す能力だ。

 如何に身体の自由が利かなくとも、能力だけを発動させることなど造作ない。

 だが、気が動転し、焦っていたためか……発現できた壁はあまりにも小さく、時間差をおいて迫る別方向からの二撃目を―――

 防ぐには至らなかった。

 

 その二撃目に気が付いた時には既に遅かった。

 【障壁】を解除し、新たに張り直すにしても時間が足りな過ぎた。

 既に目の前にまで迫っていたふたつ目の兇刃を前にして……

 美汐は恐怖と絶望に瞳を閉じた。

 

 ―――ブシュ…ッ

 

 肉を裂き、鮮血が噴出す…そんな音が響いた。

「―――え…?」

 音、だけ。痛みもなにも、自分にはない。

 …瞳を、開けた。

 

「ま、こと…?」

 ぴちゃり、

「え、へへ…みし、お…。だいじょう、ぶ……?」

 ぴちゃり、ぴちゃり、

 

 目の前に広がっていた光景は……

 赤くて……

 眩しくて……

 夢のようで……

 そして……

 

 絶望だった。

 

 

「まこ、と…まこと…ッ!」

 温かい鮮血が、刃を伝って美汐の顔に落ちる。

 落ち続ける。

 蜘蛛が振り下ろした兇刃は美汐に到達する前に、美汐と蜘蛛の間に割り入った真琴を……貫いていた。

 

「待ってて…今、その糸燃やす、から…」

 言って、血に塗れた手を美汐に向けて軽く降った。

 ポゥ、と火の粉が舞い、美汐を束縛する糸へと落ちると、一瞬で広がり糸を燃やしていく。

「ま、真琴…」

 名前を呟くことしか出来ない。目の前で真琴が貫かれ、鮮血を流し、それでも自分を助けようとしてくれているのに……。

 

 ぐ、っと。真琴が自分を貫いている蜘蛛の足を両手掴んだ。

 力をそのまま込めて蜘蛛を睨みつける。

「……捕まえたんだから…っ!」

 真琴が握った手の内にエネルギーを収縮…能力として発動させた!

 

 ゴゥ!

 

 爆発に近いほどの炎!

 真琴が全力で振り絞ったエネルギーが爆炎となり蜘蛛を一瞬にして包み込んだ!

 

 ジャァァァァアアアアッ

 

 炎に焼かれ蜘蛛が絶叫を上げた。全身を炎に包まれ、躯を振り乱す。

 ドサリ、と真琴の身体が足から抜け、崩れ落ちた。

「真琴、どうしてそんな無茶を…!」

 炎で糸を焼き脆くなったところを断ち切り、起き上がると慌てて真琴を抱き起こした。

「美汐を…守らないと、いけない、って…」

「だからって…!」

「…怒らないでよ、美汐…。真琴、がんばったん、だから……」

 力なく笑う真琴を、美汐が抱きしめた。

 自分のせいで傷付いたその少女を……。

 

 ジャァアアッ!

 

 蜘蛛が怒り狂ったかのように、美汐たちに向かって走り寄って来た。

 炎は消えかけている。あれだけ暴れて、培養カプセルをも幾らか砕いた為に中に詰まっていた培養液が消化を促したのだろうか。

 蜘蛛は巨体からは想像できないほどの機敏な動きで美汐たちに迫った。

 だが、血を流している真琴だけでなく美汐も、蜘蛛の方を見ようともしない。

 真琴だけが今の世界。蜘蛛のことなど視野にないのか。真琴を抱きしめたまま微動だにしない。

 蜘蛛と美汐たちとの距離が詰まる。

 十メートル近くあった間は既に数メートルにまで至った。

 狂気と異臭を振り撒く蜘蛛の接近を前にして、真琴を抱きしめている美汐はその蜘蛛を見ようともせずに―――――

 

 

「 近 付 か な い で く だ さ い 」

 

 

 パギィイイイイイン、と一層甲高い音が空間に響き渡った!

 蜘蛛足が止まる。…否、止められた。

 巨大な空間とも呼べるこの部屋の…天井から床までを完全に遮断、壁から壁までを封鎖。

 超巨大な【障壁】が美汐たちと蜘蛛との間を完全に―――隔離していた!

 

 カ、キキ、キ

 

 蜘蛛が先に進もうと何度も試みるが結局は完全な無駄足。

 部屋を二分した【障壁】を突破する手段など蜘蛛は持ち合わせていない。

「真琴…」

 美汐が真琴を背負い、蜘蛛とは逆の方向にゆっくりと歩く。

 その先にあるのはひとつの扉。

 気付いたばかりだったが、今この場に居るよりは幾分もマシだった。

 自分の服が血で塗れようと、そんなことはどうでもいい。

 今は真琴のことだけが自分の全てだったのだから。

 

 キィ

 

 と軽い音を立てて扉が開いた。

 扉の外からは分からなかったが、中は随分と明るい。

 機器が並んでいるのだからコントロールルームとか、そういった類の部屋なのだろうか。

 扉を閉め、真琴を壁に凭れ掛けさせるように座らせる。

「大丈夫ですか、真琴…」

 言いながら、気休めにしかならないだろうがハンカチを傷口に当てる。

 傷は深い。貫かれたのだから致命傷に近いほどの傷だ。

 能力者であるがために治癒能力は高いが、それでもかなり危険な傷であることにかわりはない。

 

 は、ぁ

 

 辛くなって、息を吐き出す。

 エネルギーの限界使用による反動。あれだけの巨大な【障壁】を張り、しかも自分たちがここに入るまで維持したのだ。全て、とは言わないがかなりのエネルギーを使ってしまった。

 

 軽い眩暈に襲われて、片手で頭を抑えた。

 自分もかなり限界のようだ。

 

 と、そんなところに。

 

「あ、あなたたち―――」

 

 聞き覚えのある声。

 その声に美汐が振り返った。

 

「どうしてこんなところに―――」

 

 美坂香里が……そこにいた。

 

 

 

 

 

 

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