第57話   共 闘

 

 

 

「―――これで大丈夫よ」

 真琴に包帯を巻き終え、香里が美汐に言った。

「ありがとうございます…」

 真琴は大怪我なことに変わりはないが、それでも何とかなるレベルだった。

 応急処置を施せるほどのモノがあったことと、香里がここにいたことはかなりの幸運だったようだ。

 

 尋ねられ、美汐は香里に事情を説明していた。

 どうしてここにいるのか、何をしにきたのか等を、だ。

 それを説明し終えて、美汐はずっと思っていたことを香里に訊いた。

 

「あの……悪魔に連れて行かれた、と聞いたのですが……」

 北川の話を聞いていた名雪によると、香里と栞は悪魔に連れて行かれたということだった。

 その香里がひとりでここにいるという事実が美汐には不思議だった。

 連れて行った天使側の人間を、見張りも何もつけずにひとりで置いておいていいのだろうか、ということだ。

「……連れて行かれたというのは、少し違うわ」

「え?」

「自分の意思よ」

 その言葉に自分の耳を疑った。

「今、なんて……」

「言葉通りよ。あたしは自分の意思で―――悪魔について行ったのよ」

「そんな、それでは、何故」

 何故、敵に相当してしまう自分達を助けるようなことをしてくれているのか。

「……助けたのか、って訊きたいんでしょう?」

 胸のうちを読まれたかのような、その香里の言葉に美汐は何も言えない。

 

「簡単な理由よ。あたしは確かに悪魔について行ったけど……悪魔の仲間になったつもりはないわ」

「それなら、どうして」

「―――そうするしかなかったのよ。あの子を助ける為には、そうするしか」

 言って、目を伏せる。

 その言動からその子―――栞に何かがあったのだと予想することは簡単だった。

 大方、栞を人質に取られたといったところだろう。

 そうなったら確かに悪魔について行こうとも思う。

 自分が真琴を人質に取られでもしたら……きっと同じ道を選ぶに違いない。

 

「協力……してもらえませんか?」

 全てを理解し、考えて、美汐は香里に言った。

「―――蜘蛛を倒すのを、ってことかしら?」

「えぇ」

 真琴に応急処置を施したとは言っても、逸早く医者に見せる必要のあるダメージであることは明白だ。

 そのためには何としてでもここを脱出する必要があった。

 香里は立場上は悪魔側だ。手を貸すことは憚れるかもしれない。

 だが……それでも今は協力を乞うしかなかった。

 それだけあの蜘蛛は兇悪で兇暴。香里の協力なくしては突破は不可能だろう。

 いや、香里の協力があったとしても、難しいに違いない。

 

「……いいわよ」

 少しの間をおいて香里は答えた。

「いい加減ここに留まるのも嫌気がさしてたところだし―――蜘蛛を再生不能まで陥れてやれば、それを理由に報告に戻れそうね」

 香里の言う戻れる、、、ということは、栞の傍に帰れるという意味合いが強いのだろう。

 香里は栞のために動いている。

 少し前まであんなことになっていたのだから……今はその反動で栞を何よりも大切にしようとしていた。

 だからこそ、今は少しでも早く戻りたい。

「それならどうしましょうか? あの蜘蛛に対抗するには明らかに戦力が足りないと思いますけど……」

「そうね……。あの蜘蛛は創り出された中でもトップクラスの力を持っているわ。創った方が手におえないほどに…ね」

 だから放し飼い状態なのよ、と付け加えた。

「勝算は……あるのですか?」

 そんな美汐の疑問に香里は苦い顔をして、

「難しいわね。頭さえ潰せれば勝ったも同然なんだけど……あたしの能力じゃ一気にそこまで接近出来るほどの速度が出ないわ」

 香里の能力なら頭を粉砕するくらいは簡単なことだろう。だが、身体加速系の能力でもないし、もともと真琴のようにそこまで身体能力がずば抜けているわけでもない為、あの蜘蛛の懐まで跳び込むことは難しいのだ。

「私が【障壁】で蜘蛛の攻撃を防げば―――」

「無理よ。あなたの【障壁】は同時に複数創れないんでしょう? 多方向からほぼ同時に襲ってくる攻撃を防ぎきれないわ」

 それに美汐のエネルギー疲労度もかなり高い。幾らか回復したとはいえ、それでも消費しきったエネルギーを全快させるには至っていない。

 

「………」

 考えても、有効な手段は見つからない。

 それほどに今の状況は厳しかった。

 あと一歩……あと一歩及ばないのだ。何か、もうひとつの要因があれば。

 

 ドン、――――――ッ

 

「っ、今のは…!?」

 そんな時だ。今居る部屋の外側―――蜘蛛の居る空間から銃声が響いたのは。

 

 

 そう、これが反撃の狼煙。

 

 

 

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