第59話 塵 は 塵 に − D u s t t o D u s t −
「協力するわよ、久瀬くん」
蜘蛛から視線を外すことなく香里は告げた。
正直久瀬が
ここにいる という事実は驚愕に値するものだったのだが、あの戦闘能力を見てしまえばそれも消え失せた。久瀬も
ここ を調べに……或いは潰しに来たのだろう。
「……勝手にするがいい」
素っ気無く答え、久瀬は香里と美汐の能力について軽く考察した。
久瀬は美汐のことを知らなかったが、今はいちいち自己紹介をしてもらうような状況でないこともあって、取り敢えず
能力者である という事実だけで片付けた。
香里の能力…詳細は一見では知り得ないが
効果増幅 系の能力だろう。あの蜘蛛を殴り飛ばしたのだ。物理攻撃でそんなことをやってのけるには効果増幅系…とくに身体能力向上、もしくは与える衝撃を特化させるものとしか考えられない。
美汐の能力は簡単だ。防御壁の類。
その強度までは分からないが、蜘蛛の繭塊を防ぐことは可能。
見事に
攻撃系 と防御系 が揃っていた。
ダン、と地を蹴って香里が蜘蛛へと走った。
既に全身にエネルギーは行き渡っている。【衝撃】の能力も思い通りに使える…!
「はぁッ!」
気合いと共に、起き上がろうとしていた蜘蛛の腹に拳をぶち込む。
瞬間【衝撃】の能力が作用……打撃と共に物体に掛かる衝撃を跳ね上げた!
ドゴッ
鈍い音と共にさらに蜘蛛の躯が横滑りに吹き飛ぶ。
そこを久瀬が突いた!
「―――」
ひゅ、という鋭い呼気だけを残して久瀬が蜘蛛の躯ギリギリまでに滑り込む。
その瞬間、銃火が閃いた。
刹那に絞ったトリガの回数は4回。その全弾が蜘蛛の―――蜘蛛の脚の関節へと突き刺さった!
蜘蛛の右脚、その一番後ろがガクン、と崩れる。一番本体に近い関節を潰したのだ、動かすことも儘ならないだろう。
さらに次の一息で、抜き放ったナイフを左脚の関節に突き立て、そのまま捻る。
関節はどんな生き物だろうと一番脆い箇所だ。如何にこの蜘蛛が強固であろうと関節は脆い。人の力でも十分にナイフを突き立てることくらい可能だ。
後ろ両足を潰した久瀬はそのまま一旦間合いを取った。
バシュッ
「ッ!?」
失念していた。蜘蛛は元々口から糸を出すような生き物ではないのだということを。
予想外の事態に反応が遅れたが、それでもこれは久瀬に到達しない。
「私を忘れないで欲しいですね」
瞬間、甲高い音を伴って【障壁】が久瀬の眼前に張られ、糸を防いだ。
久瀬はそれを確認しながら、まだ弾の残っていた
弾倉 を敢えて落として、新たに違う弾倉 を再装填 。素早く
遊底 を引き、薬室 に弾丸を送り込む。そしてそれを障壁の向こうの蜘蛛に向けた。
耳を劈く轟音と、美汐が障壁を解除したのが同時。
久瀬の手元から解き放たれた銀の奔流が蜘蛛へと迸った!
福音弾 。錬金で合成した希少銀に極小単位の呪文を転写した弾丸……それは既に弾丸と言うよりもエネルギーの塊だ。
いくら悪魔に寄り切っていないとはいえ、圧倒的エネルギーを秘めた
これ は確実に効果を齎すだろう。
ジャァアアアアアアッ
蜘蛛が叫びを上げた。
それもそうだろう。一気に右の脚全てを
持って行かれた のだから。躯を支えられなくなった蜘蛛はその場に崩れ落ちた。
だが人知を超えた再生力と、肉を喰らい己の躯を修復するその特殊な構造を知っている香里たちがそのまま放置するはずがない。
地を強く蹴り、香里が動けない蜘蛛へと疾走した。
蜘蛛を再起不能に追い込むには、頭を潰すしかない。
そして自分はそれが出来る能力を持っている!
動けない蜘蛛は糸を吐き出した。
繭の弾丸を連続的に、走り来る香里へと撃ち出す。
だが、それほどまで高速に連射できるわけでもない。避けれるものは避け、避け切れないものは美汐の【障壁】が弾き落とす。
間合いが詰まる。
真正面から疾走する香里に向けて、蜘蛛はさらに繭塊を吐いた。
それを視界に入れた美汐が咄嗟に【障壁】を張ろうとしたが、
「…っぅ」
いきなり全身を襲った激しい疲労感に膝が崩れ落ちてしまった。
能力の過度使用によるエネルギー枯渇。それに伴う疲労。
結果……【障壁】は展開されない!
久瀬もどうすることも出来ない。
射線が開いていないのだから
福音弾 を撃つことも出来ない。いや……もし射線が開いていたとしても、撃つことは出来ないだろう。
「チ…っ」
それほどまでに久瀬の腕は言うことを聞かなかった。
福音弾 を撃った時の反動が、久瀬の腕を蝕んでいた。
だが、【障壁】も
福音弾 も最初からないだろう、と踏んでいた香里はこの蜘蛛に対しての行動を既に決めてあった。距離が縮まれば縮まるほど、判断から行動に移すまでの時間を短くする必要がある。
最終的には繭塊が吐き出されるのを見てから動いたのでは間に合わないのだ。
だから香里は、見極めた。
蜘蛛が糸を吐き出すとき、当然だが口を開く。
そして開いてから撃ち出すまでの時間に僅かなタイムラグが発生する。
だから……
ダンッ
蜘蛛が口を開いた瞬間、香里は強く地を蹴って上に跳びあがった!
思った通り、蜘蛛はワンテンポの間を置いて繭塊を吐き出す。だが、すでにそこに香里はいない。
繭塊を跳び越し、距離を詰め―――
空中から、自身を荒鷲と変えた香里が襲い掛かった!
「
衝撃 ――――」
それは己が
能力 。口から零れた静かで強い言葉はあらゆるものを噛み砕く、
「――――【
牙 】ッ!!」
轟ッと拳が唸りを上げ、空気を切り裂き、噛み砕く……!
爆音!
まるで爆発が生じたかのような衝撃音。
香里の拳が蜘蛛の頭部に突き刺さり―――衝撃を直接内部に叩き込んだ!
ザッ、と地に着いた香里がバックステップで距離を取った。
……蜘蛛の頭部は、既に以前の形を留めていない。
まるで内部から破裂したかのように醜悪な姿を晒す。
右脚は全てなく、頭部も潰れ……全身から異臭を伴う体液を撒き散らしていた。
―――完全な沈黙。
あの兇悪な化け物、蜘蛛は完全にその機能を停止させた!
「―――は、ぁ」
完全に蜘蛛が生命活動を停止したのを確認した瞬間、思い出したかのように息を吐いた。
戦闘における極度の緊張状態からの解放に、一気に全身の力が抜けるのが分かった。
「やりましたね」
「……そうね」
ん、と伸びをして、久瀬に向き直る。
「久瀬くん、あなた
ココ に何しに来たの…ってそれは愚問だとは思うけど」「思っている通り、調査及び機能の破壊さ。君達こそどうしてここにいるのか訊きたい所だが……まぁ今は不問としよう」
「あら、もしかしたらあなたの知らないことを聞けるかもしれないわよ?」
そんな香里の言葉に、ふっ、と軽く笑みを浮かべて。
「今回は止めておくよ。お互い、最優先の目的があるのだろう? ならばそれを優先しようじゃないか」
言って、久瀬は右肩を押さえて歩き出した。
まずはこの部屋から調べようというのだろう。まだ何の危害も及んでいない機器へとその歩を進める。
「あなたはどうするの?」
美汐へと向き直りながら、香里は訊いた。
「…真琴を病院へ運びます」
「…確かに、そうしないといけないわね」
「美坂さんは―――」
「あたしは最初に言った通りよ。
戻る わ」ハッキリと、即答した。
「…そうですか。あの、相沢さんたちに伝えることは」
「―――いいわ、何も伝えなくて」
「でも」
「……きっといつか、その時になったら―――話すから」
そんな香里の言葉に美汐は納得できなかったが、それでも、
「……はい」
香里の言葉に従った。
それからは三者ともに行動が分かれた。
久瀬は内部を調べ、
美汐は真琴を担ぎ、
香里は報告の為に
戻った 。
夜はもうすぐ明ける。
悪魔の強大な技術と恐ろしさを知った、そんな夜も。
もうすぐ明ける。
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