□ 第 6 4 話
追 わ れ る 身

 

 

 

 息が切れる。

「はぁ、はぁ、はぁ…っ」

 白々とした壁を白い光が照らし、不気味なほどにシロく見せる。

 病院の病室でもこれほどの白さはないだろう。どんなものでも行き過ぎれば醜悪になる。本当は酸素に毒性があるように、白という色にもそれと同じような毒気があった。

 そんな建築物の中を走る。

 全力で。それはそう、死に物狂いで。

「はぁ、はぁ、はぁ…っっ」

 呼吸は荒れる一方だ。左手に確かな温かみを感じながら、ただ走る。

 目の前に障害が現れれば押し通る。どんなことがあっても、絶対に生きてここから逃げ切る―――

 

 そう再び心を決めなおして。

 香里は大切な妹の手を引いて走る速度を速めた。

 

 

 

 

 ―――

 

 あの研究施設での一件の後、報告のために戻ってきた悪魔側の施設のひとつ。

 そこであたしに待っていたのは、ただひとつの言葉だった。

 

 裏切り者には死を。

 

 そんな何処かのマンガやアニメで見たような台詞。現実味を帯びなかったその言葉も、今はどんなものよりも確実な現実だった。

 元より信用などされていなかったのだろう。

 確かに悪魔側には付いた。

 だけど、それは上辺だけ。いつか抜け出そうと思っていたのも事実。

 そんなこと悪魔達にはお見通しだったに違いない。

 あんな末端の研究施設を任された時に何となく理解した。自分は信用されていないからひとり飛ばされたのだと。

 その時に一番思ったことは栞のことだった。

 自分の、ただひとりの妹。

 それを悪魔達の中にひとり残す。その事実は耐え難いものだった。

 だけどだからと言って命令を無視するわけにもいかなかった。無視すればそれは即、死に繋がる。だからそうするしかなかった。

 

 研究施設。

 そこはまるで幻想世界ファンタジーだった。

 ゲームでしか見たことのないようなイキモノがいた。あの大蜘蛛なんて、悪い冗談かと思ったほどだ。

 とにかく。そんな研究施設の管理を任されて数日。

 ――― 彼女たちがやってきた。

 

 それは死と隣り合わせの死闘。

 見た時、それはふたりが管理室の中に入ってきた時だった。

 ふたりとも血に染まり、異臭が室内に充満していた。

 その血の量。今までに一度も見たことのないほどの紅い光景に一瞬吐き気を覚えた。

 だけど何とか平静を装い、応急処置をしながら話を聞いたのだ。

 その話を聞いて、自分が思ったこと。それは、

 

 ――― 同じなんだ。

 

 ということ。自分の大切な人を助ける為に、身を張って守った。

 誰かを守る為に戦う。それは自分と同じ。

 きっと、栞が同じ目に合おうとしたならば、後先考えずに飛び込んでいたに違いない。

 だから、だろうか。

 乞われた協力を、受けたのは。

 

 確かに、あの時言ったように栞のもとに早く戻りたいという願いはあった。

 でもそれ以上に。

 ふたりの手助けをしたい、と。心の奥底で叫んでいた気がする。

 それが下手をすれば裏切りとされて報告されるかもしれないという事実。だけど、それを上回ってしまった想い。

 だから今更にそれを後悔したりはしない。それすらも考えての行動だったのだから、後悔する理由がない。

 

 そして、気付けば今に至っていた。

 

 ひとり飛ばされたと思っていた研究施設。それもやはり監視の目はあったようだ。

 お陰で彼女達に自分が協力したこと。さらに研究対象の大蜘蛛を排除したことすらも全て筒抜け。

 しかも大蜘蛛に最終的に手を下したのも自分なのだから始末が悪い。

 当然のように悪魔達は自分を切り捨て、裏切り者には死を、なんていう時代錯誤めいた言葉に則って本当に殺しに掛かってきた。

 悪魔達の慢心、だったのだろうか。

 前もって少なからず予想していたこともあってか、何とかその場を逃げ遂せることに成功したあたしはそのまま栞がいる所まで走った。

 もう、こんなところにはいられない。

 だから栞を連れて逃げる。置いていくことなんて出来ない。そんなことしたらきっと栞はあいつ等の操り人形になってしまう。

 そんなことは許さない。

 あたしは栞と一緒に、絶対にここから逃げ切ってみせる―――

 

 栞はベッドに寝かされていた。

 

 それを見てあたしは、

「栞……っ」

 震える声で名前を呟いていた。

 栞は確かにベッドの上に寝かされていた。別に全身を医療用のチューブで繋がれていた訳ではないし、状態が悪化している訳でもない。

 

 ただ―――

 ――― それは見るに耐えられないほどに、虚ろだった。

 

 瞳は開いていた。

 ベッドの上で、生気などもなく、ただ朧気に天井を眺める瞳。

 栞は、すでに。

 ……もう、壊された後だった。

「…っ、ぅ」

 短い嗚咽。その数瞬の嗚咽だけを零して、覚悟を決めた。

――― 行くわよ、栞」

 手を引く。

 すると栞は朧気な瞳のままで、それでも確かに自立して足を動かした。

 それに僅かに安堵をしながら走り出す。幸い栞は走る足について来れたから、そのギリギリの速さで施設の廊下を駆け抜ける。

 

 この施設内にいるのは全て敵。そう考えても間違いではないだろう。

 裏切ったことを知らない悪魔もいるだろうが、そんなことこちらからは判断できない。全て敵と見た方が確実だ。

 だからなるべく悪魔のいるところは避け、どうしても通らなければならないのなら押し通る。

 

 絶対に逃げ切る。

 

 求めるのは友人達の姿。

 その為にあたしは栞の手を引き、ただ安全へと走る―――

 

 

 

 

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