□ 第 6 6 話
思 い も し な か っ た 希 望

 

 

 

――― ファング―――――――!!」

 

 落下速度をも味方に付け、最大のエネルギーを以て放たれた一撃はまさにファング

 その鋭い牙は空気を裂き、そして噛み砕く。

 それは自らが持つ、最高にして最強の破壊。間接的な破壊ではなく、物理的な威力による破壊。

 衝撃を特化させ、ぶち砕く必殺の一撃。

 だが、それでも―――

 

「甘いよ」

 

 背中から地面に叩きつけられた。受身も何も考える前に叩きつけられた為に全身を激しい衝撃が駆け抜け、痛みが蹂躙した。

「か、ふ……っ」

 息を吐き出す。呼吸は背中から叩きつけられた為に狂っていた。

 だがそれもまだ許容範囲だ。少し、僅か少しの時間があれば呼吸は回復するだろう。

 それよりも問題は、

「っ……栞…!」

 自分からは動くことの出来ない、栞だ。

 いきなり過ぎて受身が取れなかったのだ。あの状況で、あの状態の栞が受身などを取れているはずがない。

 きっと背中から落ちて、苦しげに息を吐き出しながら、それでも動かずに横たわっている。

 

 身を起こし、身体は刀を携える悪魔に向ける。そして、そのまま視線だけを左右にやって栞を探した。

 その目的の姿はすぐに見つかった。

 自分から見て真横――― 左の方向に約5メートル先。思った以上に距離が開いていた。

「くっ……」

 栞の周りには狩人イェーガーがすでに円を描くように群がっていた。

 恐らく命令ひとつで殺しに掛かる。あれだけの狩人に囲まれれば骨の髄まで食い尽くされるのにきっと1分も用いまい。

 今すぐ助けに行きたいところだが、目の前にいるひとりの悪魔の為にそれさえも至難だろう。

 どうする、と思考回路を組み始めたところで、その悪魔が口を開いた。

 

「もう終わりかい? まさか諦めたなんてことないだろう? 早く来なよ。さっきから待っているんだから」

 

 舐め腐った言い振り。穏やかな口調の中に込められた確かな嘲り。

 ――― 確かに、及びはしないだろう。

 あの瞬間、殴りかかったあの瞬間に何をされたのかも分からなかったのだ。きっと刀を抜かれたらそれに太刀打ちすることは出来ないだろう。

 だがそれでも。

 やるしか、ないのだ。

 

「嫌な性格ね。そこまで痛めつけたいのかしら?」

「いや、そうじゃないさ。ただ純粋に、君と戦ってみたいんだ」

 嘘、と声に出さず呟く。実力差などハッキリしすぎてるのに、なにがただ純粋に、だ。

 それっぽい言葉を並べているだけで結局アイツも悪魔だ。ただ人が苦しむところを見て、それを快楽にする。

 ――― 腐ってる。

 心の中で毒吐く。本当に腐ってる。

 そこまで言うのならいいだろう。やってやる。どの道そうするしか手はないのだ。今は敢えてその話に乗ってやろう。

 そう決めて、立ち上がる。

 

 呼吸は既に回復した。身体にはまだ僅かに痛みが残っているが、それも許容範囲。ただ今はその邪魔な痛みも忘れ去れ。

 右手、左手。指一本一本の感触を確かめ、力強く握り締める。

 

 ――― さぁ、

 

 瞳を閉じ、全身から力を抜き、その力と入れ替わるように全身を巡るのは不可知領域エネルギー

 熱く、うねる様な鼓動が五感を一瞬だけ支配し、そして以前よりもクリアに透き通る。

 鼓動は高まり、エネルギーは全身を巡り、力は満ち溢れる。

 

 ――― 解き放とう。

 

 瞳を見開くのと脚が動いたのとの間は刹那にも満たない。爆発的な加速で数メートルしか離れていなかった悪魔へと突進する。

「すごい踏み込みだ……!」

 言いながら悪魔がバックステップで身を後ろに投げる。速すぎる踏み込みに落ち着いて反応できる距離を取る為の措置だろう。だが、香里の踏み込みはそれすらも凌駕する。

「!?」

 息を呑む音。それは悪魔から発せられた。

 それもそうだろう。距離を取る為にバックステップを行ったと言うのに、香里は更に加速して、、、、、、間を詰めてきたのだから―――

 

「はァ!」

 踏み込みの速度をそのまま威力へと転換した右の拳打。フェイントもなにもない、最も原始的なスピードのみの一撃。

 それを悪魔はガードはせずに、流すようにして躱した。

 きっとそれは破壊力が高すぎる為だろう。如何にガード出来たとしても、恐らく今の香里の一撃はそのガードごと打ち抜いて衝撃を叩き込んだに違いない。

 だから、力の流れに逆らわずに軌道を逸らすことで躱したのだ。

 だが香里にはそんなことどうでもいい。関係があるのは、当たった、、、、当たらなかったか、、、、、、、ということだけだ。

 右足を強く地面に叩きつけて軸足とし、左の脚を跳ね上げる。

 鋭く弧を描くような軌道をとった左の蹴りはまたもや捌かれ、捌いた瞬間に後ろに再び下がった悪魔を、左足が地面に着くと同時に踏み込んで間を詰める。

 そんな猛襲の繰り返し。

 いくら攻撃を繰り出してもそれは全て有効打にならず、初めは渋い顔をしていた悪魔も今は余裕の表情で攻撃を捌いている。

 速度に慣れたのだろうか。如何に速いとは言え、これ以上の速度は出せない。エネルギー的な問題もあれば、肉体強度の問題もある。これ以上の速度を出す――― エネルギーを絞り、肉体強度を超えた動きをすれば当然自身が崩壊する。

 よってこれが今の最高の速度。

 これ以上を求める事が出来ないのだから、如何にこの速度を以て相手を打倒するかが最大のポイントとなる―――

 

 先ほどから幾らか時間が経過しているというのに、狩人は動く気配をまったく見せなかった。

 まったく動いていないというのでは語弊があるが、狩人たちは栞を襲うこともしなかったし、ふたりの激突に介入することもなかった。

 それはこの使い魔たちが刀の悪魔に従っているモノで、その悪魔が指示を出していないからなのか。

 それとも逆に手を出さないように指示をしてあるのか。

 香里にはそれを知る由もなく、知る気もない。

 香里の視野にも使い魔たちの姿は入っていた。そしてそれが襲って来ていないことも理解している。

 必要なのはそんな事実だけ。

 因果における結果のみ。原因は二の次であり、優先度は格段に低い。

 だから今は邪魔者がいないという事実だけを受け止め、ただ目の前の悪魔を打倒することのみに集中する。

 

 純粋な速度のみでは埒が明かない。

 このまま捌かれ続ければ体力が先に尽きて、その瞬間にやられる。

 そうならない為にも一策を講じるしかないのだが、あからさまな行動は逆に自身の命を縮めることになりかねない。

 だから問われるのは、如何に“相手の意表を衝き”必殺の一撃を“叩き込むか”ということ。

 

 思案するのはほんの数瞬。元々身体を動かすよりも頭を使う方が得意なのだ。それくらいは容易。

―――

 猛攻を繰り返しつつ、追い込む。

 この策を講じるのに必要な状況を作り出すために、それに最も適した位置まで追い込む。

 相手には気付かせないように自然に、ただ我武者羅に攻めているように見せかけながら、それでも頭は冷静に距離を把握していく。

「はァ!」

 正面から思いっきり拳を叩き込む。

 だがそれも今まで通り捌かれ、その瞬間悪魔はバックステップを踏んだ。

 

 ――― だが、ここからは違う。

 

 香里は何の躊躇もなく、前へ距離を詰めずに真横へと跳んだ。

 その速度は悪魔よりも速い。跳ぼうとした距離が短いこともあるだろう。悪魔が両足を地面につけるよりも早く香里は目的の位置に辿りつき、その策を講じた。

 弧を描く、下段からの蹴り上げ。

 鋭い蹴打に短い悲鳴が上がる。香里が蹴り飛ばしたのは一体の狩人。【衝撃】を極限まで高めた一撃は軽々とその使い魔を吹っ飛ばした。

「っ―――!?」

 それに驚愕したのは悪魔。

 それもそうだろう。脚が着いたと思った瞬間、目の前に使い魔が蹴り飛ばされてきたのだから―――

 

 そしてそれが、香里の狙っていた――― 唯一の勝機。

 

 地を蹴った香里は弧を描くように一瞬で悪魔の背後へと廻り込んだ。

衝撃インパクト―――――

 囁かれた言葉は力へと連鎖する。渇望するのはまさに必殺。

 一点集中。一撃粉砕。その願いを込めた衝撃の、

――――― ランス】!!」

 

 無防備な背中に襲い掛かる、全てを穿ち抜く必殺の槍。

 衝撃をただ一点のみに集中させたこの一撃。

 それを、放ちながら。

 香里は――― 聞いた。

 

 キ、ちぃぃぃ……ン

 

 残響する、鋼の軌跡オトを。

 

 驚愕と同時に気付く。それが、鞘鳴りと鍔鳴りの音なのだと。

 視認さえ許さない白銀の軌跡は使い魔を真っ二つに断ち切り、一瞬で鞘へと舞い戻る。

 ――― 居合い。

 返し技であるが為に自ら攻める時には使えないが、太刀筋を見切り辛く躱すことが困難な剣術。

 抜く手も見せなければ返す手も見せない。

 それほどまでに高速の一撃を、如何にして躱すと言うのか。

 

 ダメだ、と思った。

 

 あれ程までに鮮やかな一撃は迅く、自分の予想を遥かに上回っていた。

 それを前に、自分の一撃は通じない。

 居合いは元々奇襲に備えるための剣術。だからきっと、この奇襲は相手にとっても必殺の好機―――

 

 勝利の確信に次ぐ敗北の確信。そしてそれすらも撃ち抜く、銃声オト

 

 それは希望だった。

 まったく思いもしなかった希望。

 だからこそ、その希望は自分でも信じられないくらいで。

 

 ――― まるで夢のようだった。

 

 

 

 

 

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