□ 第 6 9 話
絶 対 零 度 の 狼

 

 

 

 ――― それは、まるで曲芸を見ているかのようだった。

 

 

銃技ガン・アクション―――――!」

 

 左手のP90を投げ捨て、一瞬でその手に新たにリボルバを【練成】する。

 空中から落ちてくる、青い弾丸。

 その弾丸をまるで曲芸かのように空中でシリンダーに叩き込む。

 すかさず振入スイングイン

 そして両の手を真横へと伸ばし、撃鉄を――― 起こす。

 その姿はまるで今にも羽ばたこうとしている鳥のようでもあった。

 瞳を閉じ、全神経をひとつのことのみに集中させる。

 

 意識を、銃に。

 

 昏い視界の奥、その先の光景を浮かび上がらせた。

 銃撃が止んだことを切欠に、今とばかりに踊り出てくる悪魔の姿。

 その踏み込みの速度は惚れ惚れしてしまうほどに速く、だからこそ直線的になりがちだった。

 刀を握り込む。

 眼前まで踏み込み、一太刀を浴びせる。――― それで終わる。

 そう、だからそんなことを北川が許すはずがない。

 

 瞳を見開く。

 

 その瞳に映ったのは、もはや予想済みの光景。

 一直線に真正面から迫ってくるのは絶対の自信からか。

 あの刀身は確かに一撃必殺の力を持っている。あの踏み込みから振り抜かれる刃は石など簡単に断ち切るだろう。

 

 ――― まぁ、触れられれば、の話だが。

 

 にぃ、と笑って銃を目前へと向けた。

 その銃口の奥には悪魔の姿が。全てが直線に並び、全ての準備も整った。

 あと、やることは―――

 

「引き鉄を引くだけッ!」

 

 鼓膜を揺さぶるほどの轟音。

 両の銃口から迸った蒼と青の螺旋は光の尾を引き、悪魔へと迫った。

「その程度―――!」

 叫ぶ悪魔、されどその叫びも最後まで続かない。

 光の螺旋は悪魔の持つ刀に弾かれ――― その真の力を発揮する。

 

 

――――― 氷狼フェンリル―――

 

 

 それが告げるは絶対の名か。

 着弾と同時にフロアに広がった能力の波動。

 その波動はお世辞にも絶大と呼べるものではなかったが、それでも効果は絶大だった。

「すごい―――

 そんな呟きが漏れるほど。

 北川の切ったのはジョーカーのそれであり、切り札の名に恥じないものであった。

 フロアに溢れた波動は水気と冷気。

 ふたつの弾丸の、それぞれがもたらした属性、、は瞬間凍結を促した。

 もとよりそれを目的とした組み合わせ。その他多くの目的が為の【属性弾】だ。

 現代科学に頼らねばならぬ北川が、現代科学では証明できない力を用いれるようにと思案し、思考し、考察し、挫折し、混迷し、数々の努力の上に完成させた。

 能力エネルギーの固定化という悪魔の技術を以て成し得たこの弾丸は、自分だけが成立させた唯一の切り札―――

 

「っく……!」

 

 波動が治まったそこには、頭を残して全身が凍り付けとなった悪魔の姿があった。

 それほどまでの効果はあったのだ。

 あの小さな弾丸に込められたエネルギーは、単体では然程の効果を示さないとしても併用すれば絶大な効果を発揮する。

 

「チェックメイト、だな」

 

 北川の声に油断はない。

 両手にあったリボルバは既に消失してはいるが、もしここで悪魔が何か動きを見せればその瞬間に撃ち抜くことは当然のように出来るだろう。

 

――― 殺しなよ」

 

 それは悪魔にとって当然のことなのか。

 敗者にあるのは等しく「死」のみ。

 その言葉に香里が驚きの声を上げ、北川を止めようと名を叫んだ。

「少し黙っててくれ、美坂」

 だが北川はそんな香里の言葉を一蹴し、悪魔の目前まで近付くと無言で懐から銃を抜き、額へと押し付けた。

――― 引かないのかい?」

「……そうだな」

 引き鉄は一切の躊躇もなく、あっさりと引かれた。

 

 ――― カチ、ン

 

 乾いた、音。

 それだけを銃は奏で、本来の役目を果たすことなく懐へと戻った。

「なんのつもりだ?」

 明らかに変わった口調からも分かるように、その声にはハッキリとした憤りが込められていた。

 だが北川は溜息を吐き、言った。

――― わりぃけど、無抵抗なヤツをいたぶる趣味はないんでな」

「な――― っ。貴様、情けのつもりかッ!」

 そうじゃない、と北川は言葉を返した。

「殺すってことに意味が見出せないだけの話だ。死にたければ自分で死んでくれ。逃げ道を俺に求めるな」

「逃げ、だと……!」

 違うのか、と北川はさらに問いで返す。

「自殺でも何でも出来るのに、わざわざ俺に殺されようとする理由は何だ? 単に自分で死ぬことが怖いだけの話だろ」

「っ―――

 その北川の言葉は意識していなかった核心を突いていた。

 

 他者を殺すことに躊躇いはない。

 弱者は見下すものであり、敗者は踏み躙るもの。

 故に他の死は身近なものであり、自らの死は最も遠いものだった。

 殺す、殺される、は受け入れている。

 受け入れているからこそ戦場に立ち、多くの命を奪ってきた。

 命を奪うことなど既に感傷もなにもない。

 だが、確かに。

 その命を奪う、、、、対象の中に、自分は入っていなかった―――

 

「くっ……どちらにせよ、お前は甘い。今殺さなかったこと――― 追って後悔することになるぞ……!」

――― 勘違いするなよ」

 北川は、刃のような声色で悪魔の言葉を打ち消した。

 

「もし殺すしかない状況ならば、俺は躊躇いなく引き鉄を引く」

 それは確かな覚悟だった。

 殺すことになろうとも、自分の意思を曲げることはしない。

 自分自身が渇望している、たったひとつのために北川は銃を取った。

 だから――― 躊躇わない。

 

「そういうことだ。――― じゃあな」

 

 行くぞ美坂、と香里に告げて北川は悪魔の横を走り抜けた。

 慌てて香里が栞を担いで北川の後を追う。

 出口は既に目と鼻の先。

 まだ追手はいるに違いない。あれだけ時間を取られたのだ。下手をすれば既に包囲されている可能性もある。

 だけど、きっとなんとかなる。

 包囲されていたなら突破するだけの話。

 後は人の多いところを通るように、逸早く街へと向かうだけ―――

 

 

 

 ――― 人のいなくなった闇の中、刀の悪魔はひとり咆える。

 

 次は負けぬ、次こそは殺す――― と。

 

 

 

 

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