□ 第 7 1 話 喜 び と 悲 し み 、 疑 惑
月が煌々と輝いていた。
昏く寒々とした闇に、
針 と身体が冷える。静かで。全てが眠りにつく。そんな丑の刻に、皆が集まっていた。
場所は水瀬家。ここに集まったのは能力者として分かっている――― 病院にいる舞と真琴、あゆを除いた――― 全員だった。
集められた全員の表情は、不安。突然集められた理由を知らないのだから仕方ないと言える。
そんな雰囲気を察したのか、秋子が全員分の飲み物を持ってきて手渡した。
紅茶だった。穏やかな香りと温かさが、固まりきっていた緊張をいくらかほぐしてくれたようだった。
「さて、と」
そう言って夏杞が立ち上がった。
今回皆を呼んだのは夏杞だった。その理由は――― すぐに語られることになる。
「あの、夏杞さん。どうしてこんな夜中にいきなり?」
佐祐理が疑問符を浮かべながら訊いた。本当なら今も舞についていてあげたいのだが、どうしてもと言われてしまっては断ることは出来なかった。普段は軽い口調で話す人だが決してふざけて事を起こす人ではないと、佐祐理を含めた全員が承知していたからだ。
「そうね、わざわざ遠回りに言う必要もないか」
うんうん、と自己完結したかのように頷いてから夏杞は全員を見回して、言った。
「香里ちゃんと栞ちゃん、保護したわよ」
一言で、本当に簡潔だった。
だからか、全員が硬直した。その言葉の意味を一瞬で理解してしまったが故に、突拍子もなさすぎて思考がついていかない。
「え、あ、母さん……一体、いつの間に?」
祐一が狼狽しながら訊いた。同じ家にいながら全く知らなかったのだからその疑問も当然だった。
だが夏杞はしれっと。
「あんたが帰ってくる前よ」
またも簡潔に述べた。
実際、このことを知っていたのは夏杞を除けば秋子だけだった。
祐一は夏杞よりも後に戻ってきたし、名雪は寝ていた。佐祐理と美汐は病院にいたのだから知るはずがない。
「祐一、あなたと別れた後にね、追われてるあの子達を見つけたのよ。で、ね。流石に放っておけないでしょ?」
夏杞は完全でない真実を言った。
そこに北川が関わっていること、彼が彼女達を連れて脱出したのであろう事実を、夏杞は言わなかった。
別に大した理由があるわけではない。別に言ったところで構いはしないだろう。
ただ――― 後は頼む、と言った彼を尊重して、今は述べなかっただけで。
それに祐一とのこともある。……真実を告げることが最良ではないだろう。
それに北川は何かすべき事があったのだろう。だからこそ単独で行動することを選び、夏杞にもその覚悟を伺わせることを言った。
だから夏杞は言わない。
覚悟が中途半端ではない事が分かったから。必ずやり遂げようという意思が感じられたから。
だから、夏杞は言わなかった。
「それで、ふたりの様子は?」
美汐の言葉に全員がハッとした。
夏杞が言ったのは保護した、という事実だけ。その詳細をまだ何も聞いてはいない。
「無事。怪我はあるけど……そう酷いものでもないし。ただ」
「栞ちゃん、だね?」
そうよ、と夏杞は返した。
あの場所にいた名雪と佐祐理、そして夏杞は事実を詳しく知っている。
栞がまるで違う人になったかのように――― 残虐性を持っていたことを。
祐一たちも話の上だが聞いていた。だから症状が気になる。一体、栞は今どういった状況なのか。
「で、どうなんだ母さん」
「それは私よりも秋子に訊いた方がいいわよ。こういったことは断然詳しいから」
そんな夏杞の言葉に全員の視線が秋子に集まった。秋子はそうですね、と呟いてから。
「外傷はほとんどありませんね。
憑依 や( 催眠 でもないです。どちらかと言えば……精神操作の類でしょうか」( 精神操作。それは憑依や催眠とは違い、己を変革させるものだ。憑依ならば憑くものが操り、催眠ならばまったく自己に関係しない。
だが精神操作は違う。己の内に秘めるものを具現させ、変革させる。まるで別人になったような感覚を受けながらも、それでも口調や意識などが明確だったのはこのためだ。
「精神操作を治療することは難しいものですけど、しっかりと調べた後でなら、きっと」
きっと、治療できるのだろう。
こればかりは言い切る事が出来ない。精神操作は既に自己を変革させたものだ。それを元に戻すという作業は――― 憑依や催眠に比べ格段に困難だ。
困難故に、その効果は絶大である。
精神操作を受けた人格は、例えば栞の場合、他者を傷つけることを疑問にも思わず、さらにそれを悦びに感じ取る。
だがそれはあくまで自分自身の感情でもある。普段ならば思えない事実を、変革した自己は思ってしまう。
精神操作を受けた者は自己の常識が覆り、行う全ての行動が当然の行為になる。
――― だから精神操作は効果が高く、治療の困難さがあるのだ。
「取り敢えず栞ちゃんは明日か明後日あたりに病院に預けることになるわね。流石にここではどうしようもないし」
夏杞の言葉に全員の表情が沈んだ。
自分たちにはどうすることも出来ない無力感。仕方のないことだと理解していながらも、それは酷く重く圧し掛かってきた。
「でも」
突然、思い出したかのように美汐が口を開いた。
「でも?」
呟き程度の声だったのだが、祐一には聞こえていたらしい。聞き返してきた言葉に美汐はいえ、と返してから。
「美坂さんは、どうして逃げ出そうとしたのでしょうか?」
「どうして、って。そりゃ悪魔に捕らえられたからだろ? 逃げようとするのが当然じゃないか」
そう祐一は言うが、実際は異なる。そのことを美汐だけが知っていた。
香里は言ったのだ。あの研究施設で。自分の意思で悪魔に同行したのだ、と。
それは妹を助けるため。それ以外の道がなかったから。
その香里が、何故逃げ出そうなどと考えたのか。それを美汐は予想する事が出来ない。
だからこそ口にした疑問だったが、生憎それに答えられる人間は今この場にいない。
――― そう、たった今までは。
「――― 全部、あたしが話すわ」
トントンと階段を下りてきた香里が、そう言った。
クリックだけでも嬉しいので、気軽に押してやってください。完全匿名です。メールや掲示板に書き込むより断然お手軽。
◆◇ 人気投票実施中。好きなキャラクターに投票してやってください。 ◇◆
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||