□ 第 7 2 話 天 使 悪 魔 の 翼
「香里ちゃん、もういいの?」
「はい。ご心配をお掛けしました」
階段から降りてきた香里に声を掛けた夏杞は、この先の展開を少なからず予測していた。
夏杞は香里が話す内容の中に、必ず核心に近付く事柄が含まれるであろう、と。
「怪我は? もういいのか?」
祐一も声を掛ける。
怪我をしていたと夏杞から聞かされていたのだからそれも当然だった。
「ええ、もう普通に動けるわよ。何の問題もないわ」
そっか。と祐一は嬉しそうに頷いた。
その顔を見て、香里は少し申し訳ない気持ちになりながらも、まずは美汐の疑問に答えることにした。
どうして逃げ出そうとしたのか。その、理由を。
「――― さて、それじゃまずはあたしが逃げ出してきた理由だけど」
そこまで言って、香里は一拍おいた。
その中でちらりと美汐を見る。
「殺されそうに、なったから。栞はひとり置いていくなんてできるはずがないから、連れて来たのよ」
香里の言葉に人員が息を呑んだ。
殺されそうになった、なんていう非現実的でありながらリアルな発現が、一瞬思考を縛り付ける。
「でも、よく逃げられたな。敵の本陣の中からだろ?」
そうね、と返して。
「協力してくれた人がいたから、かしらね。これだけの怪我で逃げられたのは」
協力者。それは夏杞だけが知っている。
そしてその夏杞は伝えないことを選んだ。だから香里も伝えないで欲しい。そう思いながら、夏杞は事の行方を見守った。
「協力者?」
当然のように疑問の声が上がった。
その疑問に香里は、
「ええ。その人の頼みだから名前は言わないけど、あの人がいなかったら、あたし達は間違いなく死んでたわ」
祐一たちはそれを聞いて誰を思い浮かべたのか。
きっと北川潤なんて名前は微塵にも浮かばなかっただろう。特に祐一は、浮かぶはずがない。
悪魔の誰かが助けたのだろう、と。誰もが納得できる内容に決め付けた。
「でも美坂さん、これでよかったのですか?」
美汐は聞いた。栞の為に悪魔側についたのに、その悪魔側から離れても良かったのか、と。
「いいのよ。結果的には上手くいったから。それに、悪魔達の目的も……分かったから」
悪魔達の、目的。
その言葉に全員の表情が変わった。今までほとんど変わらなかった秋子の表情までもが一変した。
「目的……。目的、ってなんだ……っ?」
祐一が搾り出すように言った。あれだけ非道な……虐殺一歩手前まで行ってきた悪魔達の目的。
それを知ることになる。知れば……きっと何かが変わる。
「
天使悪魔の翼 」
その言葉は、皆が忘れかけていた、それでも最初に知った要因。
それを香里は口にした。
「天使悪魔の翼、って……あゆちゃん?」
「そうよ。悪魔達の今の目的は間違いなくあの子よ」
でもなんで、そんな疑問に香里ははっきりと答えを返した。
「悪魔達の目的、それがこの世界への侵攻だってことは知ってるわよね?」
全員が頷く。
「その悪魔達が今すぐ攻めてこないのはどうしてか。――― これもみんな知ってるわね。封印よ」
昔。悪魔達がこの世界に攻め入った時、天使たちが最後の力で封印を施した。
その封印で全ての悪魔を別世界に封じ込めることに成功したが、近年その力が弱まりつつあるという。
その弱まった封印から抜け出してきたのが、今この世界にいる悪魔達。
だがその悪魔でさえ抜け出すのは多大な苦労の上だろう。弱まってきたとはいえ封印は封印だ。
その封印がある限り、巨大な力を持つ邪悪そのものの悪魔は通過できない。
だから悪魔達はその封印を解こうとしている。
「封印は天使が施したものだから、悪魔にはそれを解く方法がないのよ」
天使と悪魔は相反する。故に天使の力は悪魔に多大な影響を与え、その逆も有り得る。決して相容れない存在。
封印はより強力な力で打ち消すものではなく、同調して解除するものだ。
だから悪魔には天使の封印を解除することができない。
「そこで必要なのが、悪魔でありながら、天使の力を行使できる存在」
そこまで聞いて、皆が理解した。
天使悪魔の翼、その言葉の意味を。
「――― そう、天使悪魔の翼っていうのは、名前どおりなのよ」
天使、そして悪魔。その両者の翼を有する者。
天使でありながら悪魔。悪魔でありながら天使。
異端であり矛盾。出鱈目であり反則的。
そんな存在が、悪魔達にとって必要な鍵であり。
そしてその存在は――― あゆだった。
「聞いた話では、天使と悪魔、その両端の力を持つ存在は過去にも存在していたらしいわ。そう、有り得ないほどに強力な力を持って……ね」
香里の聴いた話では、その力を持った者は決まって強力だったらしい。
天使や悪魔が敵わない、それほどの力を秘めていた。
ただ、その者は大概第三者的立場に立つ。
両端の力を持つが故に、その両端から別離する。もしくは隔離される。天使でありながら悪魔であるが故に天使は隔離し、悪魔でありながら天使であるが故に悪魔は隔離する。
相容れない。相容れられない。受け入れられるのなら傷付きはしない。受け入れられないから傷付くしかない。
だから最初から拒絶する。
どちらにも深入りせず、どちらにも協力しない。
第三者。傍観者。
「そんな存在を、悪魔達のいいように扱えるか分からない。だから悪魔達は栞を実験台にしたのよ……」
実験。
天使としての存在を、自分達の意のままに操れるかの、実験。
栞は天使側の能力者ではあるが、その力は完全に覚醒していないだけに弱い。
完全に覚醒したとしても天使悪魔の翼よりは劣るのだろう。
だからそんな栞でまず実験した。
如何にすれば天使としての存在を操る事が出来るのか、と。
「そしてそれが……成功したわけだな」
「――― えぇ、そうよ」
香里が苦々しく呟いた。
「栞で証明されたわ。天使の意識を操作できる、ということが」
天使は操作する事が出来る。
そう分かってしまった悪魔達は、今度こそ間違いなくあゆを……天使悪魔の翼を狙ってくる。
今すぐではなくても、近いうちに必ず。
「なんにせよ、それが分かっているなら何もしないわけにはいきませんね」
「? 秋子、何か考えがあるの?」
夏杞の疑問に秋子は頷き、
「まずは、相手の動向を知る必要がありますね。ですから」
「――― 偵察に何人か出す、かな」
そうです。と秋子は返した。
「聞いての通り、相手の動向を知らないうちは動く事が出来ません。そこで悪魔の本陣を偵察に行ってもらおうと思います」
「それでも全員はダメよ。皆行ったら、こっちに残ることになるあの子達を守れないからね」
ならば誰が、そんな考えは秋子の次の言葉で消された。
「偵察には祐一さんと佐祐理さん。それと姉さんにお願いします」
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