□ 第 7 5 話 偵 察 任 務 / 2
「――さすがに、これは思い切りすぎだと思う」
祐一は誰に言うでもなく、呟いた。
「む、悪かったわね」
誰に言うでもなかったが、夏杞は反応した。祐一も恐らくは、心のどこかで文句を言いたい、という思いがあったのかもしれない。
「悪いと思うなら、こんな行動を選ぶなよ……」
祐一がそう言うのも仕方がないだろう。佐祐理も不安そうな顔をしている。
考えてみれば、祐一は夏杞の行動を予測できたはずだった。突飛なことを平気でやってのける人なのだと……十数年も一緒に暮らしていたのだから知っていたはずなのに。
「……なんてこった」
後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。
祐一は力なく笑った。
緊張感がないのか、と問われれば間違いなく否と答える。
こんな状況で緊張しないのは頭がおかしいか、よほどの強者でしかない。
悪魔側の施設――つまりそこは拠点だ。いかに規模が小さかろうと、それでも数は圧倒されるだろう。下手をすればより強い悪魔がいるのかもしれない。そんなところにいるのだ。緊張と、不安は極限に近い。
「なによ、ただ
正面から 入っただけじゃない」
それが問題なんだろ、と祐一は毒づいた。
偵察の三つの要点を夏杞は述べた。だが、いまのこの行動はその内のひとつを間違いなく危険に晒している。
相手に見つからない、という根本的なことを。
「大丈夫よ。どっちみち浸入することに変わりないし。違う場所から入るのも、正面から入るのも同じ」
同じか? と祐一は疑問に思った。
どう考えても正面からの方が危険性を伴うのではないか。
「要は見つからなければいいのよ。正面からでも、誰もいないなら関係ないでしょ。それに、通路がハッキリしてる分、脱出には有利だし」
どこか釈然としないものはあるが、一応は納得できる物だった。
まわりは白い。白は清潔感や神聖さを醸し出す色だが、度が過ぎれば毒になる。酸素と同じだ。生きていくためには必要な酸素でさえ、過度の吸収は毒気を伴う。
それほどに白い。白で染め上げられた施設の中は、どこか禍々しかった。
窓はない。光を取り込むものがないためか、ライトが煌々と輝いている。真夜中だと言うのに、昼間かと思うほどの明るさを保っていた。窓がないために本当に時間がわからなくなる。
その色と光にぐらつく頭を押さえながら、祐一は夏杞に訊いた。
「でも危険なことには変わりないだろ」
「あったりまえよ。危険じゃない偵察なんて、偵察とは言えないわ」
当然、といった口ぶりで返す。
と、そこまで言った時点で佐祐理が静止の声を上げた。
「……誰かいます」
そう佐祐理が言うが、夏杞にも祐一にも感じ取ることはできない。だが疑いもしない。佐祐理の能力はもともとそういったものであり、だからこそ、今ここにいるのだから。
「……分かる?」
「えっと……はい。ハッキリとではないですけど」
充分、と夏杞は不敵に笑った。
次いで、分かる範囲での状態を訊いた。
「人が、5人ですね。他にはたくさんの小さい気配が……」
「猟犬たちね、恐らくは」
「あぁ、多分そうだ。あれだけ街に出るくらいだ。結構な数がここにもいるんだろ」
揃って頷く。
佐祐理が感じているのは通路の奥、扉の向こう側だ。
それくらいの距離ならば祐一たちにも普通なら感じ取れるだろうが、何故か今は感じ取る事ができないでいる。
そうなっている要因はいくつか考えられたが、エネルギーを外に漏れにくくする結界のようなものだろう、ということで納得をつけた。
「戦力補充の最中、ってところかな……」
ぼそり、と夏杞が呟いた。その声は祐一たちの耳には届かない。
「……よし、私はちょっと聞こえるところまで近付くけど、あんたたちは来ちゃダメよ」
「なっ……。おい母さん、流石にそれは」
「大丈夫。これでも秋子よりもエネルギーの抑制がうまいんだから」
そうは言っても、祐一には納得できる物ではない。だが、夏杞には何を言っても無駄だと分かっているために、言い淀むだけに留まった。
幸い、この通路には正面以外に扉はない。心配するとしても後ろからのみだ。
それに夏杞のエネルギーの抑制の技術は祐一たちも知っている。確かに、よほど近付かない限りは見つかることもないだろう。
結界のようなもののこともある。下手なことをしない限りは大丈夫だろう、と祐一と佐祐理は割り切ることにした。
「分かった」
「気をつけてくださいね」
りょーかい、と軽く夏杞は答えた。そのまま扉へと近付く。
扉の前に立て膝をつき、そっと、聞き耳を立てる。
声が聞こえる。
話し声。
佐祐理が言った、5人だろうか。さすがに強さまでは分からないが、どうやら男ばかりのようである。
(さぁ、私たちに有利なこと、話してよね)
周囲に気を配りながら、夏杞は息を潜めた。
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