□ 第 7 6 話
内 部 / 2

 

 

 

「さすがガルスだな」

 部屋を出た後、施設内を見てまわっていたヴェルは感嘆とともに呟くように言った。

「統率が取れている。あいつの信頼も大したもの、ということか」

 事実、侵攻のための準備はかなりの進みだった。ガルスの言った一週間、という期間が多すぎると感じてしまうほどの統率の取れた他の悪魔たち。

 だが規模の問題からか、猟犬の数がまだ充分とは言えなかった。一週間とはこれのことかもしれない。

 そういえば、と過去の事実を引っ張り出した。

「……本当の、一番近い生産施設が襲撃されたんだったか」

 本来、この施設は天使悪魔の翼がいる街から二番目に近い施設である。それが今では最前線とされているのは、その一番近いはずの施設が天使側の襲撃を受けたからだった。

 その襲撃された施設は、猟犬の生産施設でもあった。その施設が麻痺したことで準備に余分な時間を取られているのが現実だ。

 噂程度に聞いた話ではあるが、飼われていた実験体が暴走した、というものもある。

「何にせよ、余計な時間が掛かっていることは変わらないか」

 ため息混じりに吐き出す。

 耳朶を叩くのは駆動する機械の鈍い音。気泡の音と、培養液の中の奇怪なオブジェは気分を重くさせる。

 

 休憩とばかりにメインホールとも呼べる広さを誇る空間の壁に凭れかかるようにして立っていると、5人ばかりの悪魔が何かを話しているのが聞こえてきた。その悪魔のまわりには多くの猟犬の姿が見て取れる。

 周りにある機械の為に多少聞き取りにくくはあるが、まったく内容が聞き取れないということはなかった。

 ただ、それとは別に気になることがあった。

「……エネルギーくらい、断てないのか?」

 呟きは誰の耳にも届かない。

 悪魔も天使にしても、能力と呼ばれる力を行使するに当たりエネルギーを消費する。

 このエネルギーは普段は使われるものではないが、力と直結するそれは意識しなければ溢れてしまう。

 それが相手が能力者かどうかを判断する一番大きな要因となりはするのだが、溢れて得をすることはない。

 普段から意識し、一度掴めてしまえばそのエネルギーの波動を抑えることくらいは簡単なはずだった。

 どれほど押さえられるかはバラつきがあり、ヴェルはほぼ感じられないほどに抑制することができる。ガルスは大雑把なところがあり、気休め程度でしかない。

 

 はぁ、とため息が零れた。

 

 結局は何を言っても無駄だろう、と盗み聞きになるが、話を聞くことにした。

 5人の悪魔たちはヴェルに気付いているのか、いないのか。気にも留めずに話している。

 どれもヴェルからは見たこともない――恐らくは名の通っていない兵隊に過ぎない悪魔だろう。腰に下げている一丁の銃がそれを物語っていた。悪魔は総じて何らかの能力を持っているが、多くは戦闘に主として用いられるほどの力を持っていない。銃を持つのは必然と言えた。

 

「猟犬の方は調整できたか?」

「まだだ。この施設だけじゃ数が揃えられない」

 やはり、生産施設の襲撃は多大な影響を与えている。あの施設が襲われていなければ、既に数も揃っていたのだろう。

「聞いた話だと、奇襲を止めて、数を整えることを優先したらしい」

「そうか……。ということは、時間がさらに掛かるな」

「あぁ。だけどこっちにも余裕ができる」

 確かに、と頷きあうのが見えた。

「そうすると……二週間くらいになるか?」

「そうだな。それくらいは掛かるかもしれない」

 ガルスの話とも一致する。誰もが現状を認識できているようだ。ガルスの統率には感心する。

「上の立場なのにあそこまで見てくれるのはあの人くらいだ。しっかり、応えなければ」

「そうだな。……よし、作業に戻るか」

 

 話は終わり、らしい。

 ヴェルは聞き耳を立てていたのを、やめた。5人が動き出したのを見れば話が終わりなのは確実なようだ。

「これだけ統率が取れているなら問題ない、か」

 言って、自分も本陣に帰ろう、と踵を返そうとした時。

「――?」

 何か、異質を感じ取った。

 ほんの、簡単には気付かないほどに微弱な――エネルギーの波動。

 そのエネルギーはどこか、覚えのある、そう、どこか。

「っ、そうか……っ」

 思い出した。

 思い出せばやることは決まった。

 この施設の要員を動かすわけには行かない。そんなことをすればバランスが崩れてしまう。

 やるなら、ひとりだ。

 

 踵を今度こそ返した。

 向かうのは正面ではない、出口。

 ガルスに報告することも考えたが……それではガルスまで同行しかねない。ここで司令塔を動かすわけにはいかなかった。

「まぁいいさ。やれるだけ、やるだけだ」

 力強く呟く。

 

 闇に躍り出る。

 夜の森は相変わらず、全てを包み込むかのようだった。

 

 

 

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