□ 第77話
逃 走
 
 
 
「ふぅん……、なるほどねぇ」
 舌なめずりしながら夏杞は壮絶な笑みを浮かべた。その様は標的を追い詰めた豹に酷似しており――故に、恐怖を煽る。
 
「期限は二週間。奇襲ではなく数押しの力押し。だが奇襲の線は捨て切れられない為に思考には入れておく。指揮者はガルスと言う名の悪魔。考えるまでもなく上級悪魔。統率力はかなりのものと予測。主戦力は猟犬……いつものアレか」
 
 つらつらと、ただ今しがた得た情報を再確認するように呟く。
 そこにいつもの空気は纏われていない。本当に本人かどうかを疑うほどに、異質。
 だが、その彼女に一瞬。
 惜しげもない敵意、殺意が湧き上がった。
 
「巫山戯ないで」
 
 びり、と空間に痺れが走った。
 それは明確な怒りだった。彼らは自分達の目的に忠実であり、なんの疑問も杞憂もない。だからそれが混乱を、破壊を、死を運ぶということを――それが当然のように受け入れている。
 だからそれを許すことが出来ない。
 理不尽な死を。何も知らない人が危険に晒される、その行為が。
 夏杞には許しがたく、怒りを招いた。
 
 空間を走る痺れは一瞬で霧散した。
 空間を一瞬でも支配した、怒りによるエネルギーの余波は祐一たちを竦み上がらせ、それ故に行動は早かった。
「母さんっ」
 ギリギリ夏杞に聞こえる程度の声だった。
 その声に彼女ははっとした。まったくの無意識のうちにエネルギーを放ってしまった事実を一瞬で理解する。そして理解は次の行動を指示した。
「っ……。今すぐ、此処を出るわよ」
 怒りを押し殺す。
 こんなところで怒り狂っても何にもならない。それを理解しているからこそ今は一刻も早く此処より逃げ帰ることに専念しなければならない。
 仕入れた情報は期待以上、満足できるものだ。ならば、無理をして留まる必要はまったくない。
「夏杞さん、まだ誰も気付いた様子はありません。急ぎましょう」
「そうね。こんなところにいつまでもいられないわ」
 なら行動しろ。
 今考えることは限定しろ。ただ、何事もなく帰還する。そのためにも今は急げ。
「静かに急いで行動するわよ」
「了解っ」
 その応えに頷き、走り出した。
 
 浸入に気付かれていないということは、脱出もまた、気付かれてはいないということになる。
 故に偶然以外では発見される可能性がないに等しい。
 浸入と同じ経路を辿ればその可能性はさらに減らすことが出来るだろう。
 この建物の特性もまた助けになっている。能力のエネルギーを外に漏らさない構造は、確かに助けだった。どういった原理なのかは知る由もないが、事実だけが重要なのであり、別にどうでもいいことではある。
 建物の中はどこも白く、また静かだった。
 防音の機能までも兼ねているのかと疑うほどに音がない。だが音がないということは、新たな音が響くということに他ならない。
 足音は最小限。走ることは足音を否応にでも立てることになるために控える。
 角があればその寸前で曲がる先を確かめ、何もなければ進む。何かあればそのときに手段を考える。
 それ以前に佐祐理の能力によって安全かどうかは確認できているのだから問題はない。
 そう細心の注意を払っての脱出劇だ。
 当然、目に見える障害などなく、浸入と同じように正面からの脱出を成功させた。
 
「っし、外!」
 闇に躍り出る。
 途端、世界に音が満ちたかのような感を受けた。
 建物の中は何ひとつの音がしなかったのに対し、外は数多くの音が満ちていた。
 風が通り抜け揺らす、木々の音。数多の虫が鳴く。
 月は煌々と輝き、闇の森に蒼い光を注いでいた。
 普段ならばこの闇夜は不安を煽るものだっただろうに、今は逆に癒されるような感覚。
 祐一は大きく息を吸い込み、そして吐いた。
 あの白い壁と比べれば、この闇は何倍もマシだったからだ。
「こんなとこ、さっさとおさらばしようぜ」
「そうですねー。早く帰りましょう」
 夏杞もそれに頷く。
 一度、今まで自分のいた建物を振り返った。月明かりを受けるその建物はどこか朧気であり――まるで現実と非現実とを曖昧とさせるかのようだ。
 夏杞はかぶりを振ってその考えを払った。
 如何に朧気で現実味が薄かったとしても。それは、紛れもない事実としてそこに在るのだ。
 そしてその事実は明らかな危機と、余裕のなさを物語っている。
 二週間。
 二週間しか時間はないのだ。いや、その二週間という言葉さえ確実とは言えない。
 それほどに曖昧な情報しかない中で対策を立てなければならないと言うのだ。
 気分は重くなる。
 これからは間違いなく、激化する。それだけは確かだ。
 
 ――安心するのはまだ早い。
 
 まだ建物を出ただけだ。
 帰り着くまでが偵察なのだと、入る前に夏杞は告げた。
 つまりまだ偵察は完了していないし、今の状態では何の意味も持たない。
 報告を終えるまでが偵察ならば気を抜くには早すぎる。
 
「……よし」
 歩を進める。
 その先にあるのは闇をより深くさせる――暗すぎる樹海。
 
 
 

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